グッドでオゲーでK.O.される
「それで…どち、ど、ど、どちら様でいらっしゃいますでしょうか」
結局、リバースしたものは自分で片づけるはめになった。こんな事は大学のコンパ以来だ。
背中をさすって頂いたのはとてもありがたいんだけど、リバースしてドン引きするのはやめていただきたいのですが…。というか、人の家に勝手に上がり込んでるっていうのが問題だ。どうやって入ったし。
「虎だ」
「いや、さっきの見たら誰でも分かりますよね。そういうことを言ってんじゃないんですよ。どうやった入ったのか。どういう目的で入ってきたのか聞いてるんです」
「そういう事か。早く言えよ」
「いや、いや、この場合警察に訴えてもあなた勝ち目ないからね。なんで上から目線なの」
「お前、細かいのな」
ぶん殴っていいかな。何様なんだろう。腕を組んで胡坐をかいたその足の間には私の猫が何の心配もなさそうに眠っている。
私はてっきり、連れてきた猫がこの得体のしれない虎なのかと思ったんだけれど全く違うようだ。
「それで」と相手に話を促した。
「俺は、こいつを迎えに来たんだよ」
すると、眠っている黒猫を優しくひと撫でした。
「ああ、そうですか。で」
「でとは?」
「どうやって入ってきたんですか?!」
「あそこから」
男が指さす方を見るとカーテンがそよ風に揺られていた。立ち上がってカーテンをめくると、無残に割れているガラスがベランダに散らばっている。
「おいこら!!!何してくれちゃってんだ!!!!」
男の頭を思いきりはたいてやった。
「ねえ、何してくれちゃってんですか。不法侵入にもほどがあるだろうがっ。ねえ、弁償して。ガラス一枚いくらすると思ってんじゃゴラァ。なめてんのかてめぇ。人んち勝手に上がり込んだうえに、ガラス4面全部割る馬鹿がどこにいる!泥棒だったら泥棒なりに、鍵のとこだけ割って入ってこいや!!!」
「いや、俺、体でかすぎて入ってこれなかったんだよ。分かるだろ」
虎ね。あのでっかい虎の形じゃあ入ってこれないけ・れ・ど。
「だったら、今の姿で入ることは出来なかったわけ?!」
「あ~この姿若干窮屈なんだよ。何て言うか、ぴちぴちの水着来てる感覚?そんな感じ」
「舐めてるんですかてめぇ様よ。窮屈だからって普通ガラス割るか?!」
「しょうがないだろう。爪当たったら勝手に割れたんだよ」
「どんな怪力!?あ~・・・頭いた。死にたい。何の冗談。幻覚だ。疲労困憊だ。仕事のやりすぎなんだ」
こめかみを揉んで思考を巡らせる。どうしてこうなったかは、私がこの黒猫を拾ってきたせいだということは分かった。
このガラスをどうするか、値段はいくらだったっけと悩んでいると呼び鈴がピンポーンとなる。
この大惨事に誰だよ。無視だ無視。本当勘弁して。宅配頼んでないし、どうせ宗教団体勧誘のおばさんに違いない。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
ピピッピッピピッピッピンポーン。
「ねえ!!やめて!こんな時にマリオのBGMやめて!!!」
ダッシュで玄関のドアを開けると、そこには、きっちりとブレザーを着こんだ女性がメガネをくいっとあげて待ち構えていた。
「誰ですか?宗教の勧誘なら結構です」
「初めまして、異世界移住仲介業者のフルメルドと申します」
「はい?」
「勝手ながら失礼いたします」
女は体をねじ込ませて勝手に家に上がり込んだ。
「ちょちょちょ待ってくれます?!勝手に上がらないでください」
女は私を置いてさっさと部屋に侵入し「こちらであってましたか。まったく困りますよハルダリオル様。規定のルートから逸れてはいけないとあれ程言ってありましたのに。こちらの世界に着たら、こちらも探すのに時間がかかります」と言って虎男に言う。
「すみません。つい弟がはしゃいじゃいまして」
「大事に至らなかったのなら結構です。こちらが、パートナー様でしょうか」
女が私の方を振り向て見つめる。
「そうそう」
「では、こちらにご記入をお願いいたします。
男は、どこからか出てきた白い羽ペンを持ち紙にサインした。
「ちょっと、待ってください。どういう事ですか?」
女は男に何の説明もしてないのかという顔で睨みを聞かせると再び私の方に向き直った。
「わたくしは異世界移住仲介業者、ニューライフワークの社員です。わたくしたちニューライフワークはここではない異世界の者を異世界に仲介する会社でございます。簡単にいうと長期のホームステイ先をお客様に提供しているのです」
「じゃあ、つまりこのサインは、この家をホームステイ先にするってこと?」
「はい。さようでございます」
びりびりびりびりびり。
紙を何重にも重ねて破いた。
「こんなの無効だ!!なんの権利があって!?私は認めてないし、サインしてないし、ていうか、これって私に一つも得なんてないよね!?」
「しかし、田中様はこちらのハルダリオル様のご兄弟を家族としてこの家にお迎えしたではありませんか。その時点で契約は成立しました。契約前ならば色々と条約も付けることは可能でしたが、無償でということでしたので」
女が羽ペンを一振りすると青く輝く魔法陣が出現し私がさっき破いたはずの紙が元の姿に復元した。
「えええええ。ねえ。ナニコレ。魔法!?」
「ええ。まあ、そんなのはどうでもいいです。契約は正常に結ばれたので、私はこれで帰らせていただきます。ハルダリオル様。こちらのビザは1年でございますので更新の際は、役所にご足労お願いいたします」
「普通にスルーなんですけど…。まって、本当待ってくれない?!私、そんなに裕福じゃないわけよ。それにこのわけわからん虎男の兄弟迎え入れた記憶もないしさ」
女の腕を掴んで行かないでと足を止めさせた。
「何をおっしゃいますか。こちらにいらっしゃいますでしょう」
女が向けた視線の先には、連れてきた黒猫が足元で私を見上げてきた。金色の光を放ちながら黒猫は人間の姿に変え足にしがみ付いてくる。
「田中・・・駄目?僕・・・田中と一緒にいたい」
ひゃああああああああ。ショタの猫耳萌えええええええええええ。揺れる尻尾かわええええええええ。
「グッドでオゲー」
右の鼻から垂れる鼻血を押さえつつ、一発オッケーを出してしまったのは、私が生粋のショタ好きであったからだ。一生の不覚。
こうして、私は、虎の獣人兄弟との共同生活がはじまるのであった。