第八曲 「よう、へたっぴ!」
「……ソイツラ、何ダ?」
パンはティロに、他の妖精達についてたずねます。
「ジブンの恩人であり、仲間であります」
ティロがそう答えると、シュラードがパンの前に進み出ました。
「我々は盟王の城にいるという、春の女王を迎えに来たのだ。パンよ、それについて何か心当たりはないか?」
「盟王ノ城ニ?」
パンは不思議そうにしています。
「この森に住む何者かが、女王様を連れさったのだ! お前は何か知らないのか? それともお前もその連中の仲間か?」
ユリファスの詰めよるような問いかけに、パンはたじろぎました。
「お前、そういう聞き方はどうかと思うぜ……」
ティロはパンをかばうように、間に入りました。
「何も知らないなら、それでかまわないのであります。ジブン達はパンに城まで案内してもらいたくて、呼んだのであります」
「ソウイエバ……」
パンは何か思い出したようです。
「チカゴロ、城ノマワリニ、変ナモノガ、ウロツイテンダ」
「……変なもの?」
ティロ、シュラード、ユリファスの表情に緊張が走ります。
「魂ダ、邪悪デイテ、強力な魂……」
それを聞いて三人は息をのみました。
「邪悪で強力な魂……盟王のものだろうか?」
「亡くなった盟王様が亡霊になって、この森に戻ってきたのでありますか?」
「……とにかく先を急ぎましょう! 女王様が危険なのは確かです!」
一行はパンの案内で城へ向かいます。
しばらく歩き続けましたが、その途中、パンは大きなあくびをしました。
「眠クナッタ……少シ休ム……」
パンはその場で寝そべり、コテリと眠りこけてしまいました。
「あ、おい!」
ユリファスが揺り起こそうとしますが、パンはまぶたを閉じたまま、微動だにしません。
「こうなっちゃ、こいつは起きねーぜ……」
「では、我々もこのあたりで休むとしよう。ここでは時の感覚がなくなるが、おそらくもう夜通し歩いているのだ」
シュラードがそう提案しました。
「それではジブンが見張りをしていますので、騎士様と従者殿は是非ともお休み下さい!」
ティロが元気に名乗り出ます。
「心配は入りません! 盟王は妖精王と“人間に手を出さない”かわりに“天上の妖精は森に立ち入らない”という盟約を結んだのであります。その“不可侵の盟約”によって、盟王は人間であるジブンに、手を出せないのであります!」
もっともらしくそう言って胸をはるティロに、ユリファスはパチン!と指をならしました。
たちまち、眠りを誘うような安らかな香りがティロの鼻先をくすぐります。ティロはうとうとし始めました。
ユリファスはさらに、両手を叩いてパン!とならします。
すると、どこからか大きなやわらかそうな葉っぱがあらわれました。
それは倒れこむティロに巻きつき、すでに寝息をたてているパンと共に、ふとんのようにくるんでしまいました。
葉っぱのふとんはポカポカで気持ちが良いらしく、ティロもパンもスヤスヤと眠っています。
それは全て一瞬のことでした。
「ほう……さすがの手際の良さだ。じゃじゃ馬と名高い、春の女王を扱っているだけのことはある」
シュラードが関心しました。
「キサマ、花の妖精か? いまいましい能力だな! ティロを暖めて寝かせるのは、いつもオレサマの役目なんだぜ!」
グラウシがユリファスに食ってかかります。
「子供が生意気を言うからだ!」
「お前らケンカをするな……我々も体を休めようではないか」
シュラードとユリファスはその場に腰を下ろしました。
「グラウシ、お前に尋ねたいことがある。ティロは先ほど、我々のことを“恩人”と言ったな?」
「それがなんだよ?」
「それにティロは私を一目見て、“冬将軍”と呼んだ。どこか見覚えがあるような気が……やはりティロは、かの国の軍楽隊にいた者か」
「━━軍楽隊ですって?」
ユリファスの瞳が揺れます。妖精を呼び出すために結成された音楽隊のことは、彼もよく知っていました。
「冬将軍は、とある地上の雪原の国にて呼ばれる名だ。かの国はかつて、その雪原の国へ軍楽隊をひきいて攻め入ろうとしたことがあった。しかし、見通しの悪い吹雪の中、軍楽隊は高台から弓兵に待ちかまえられ、強襲を受けたのだ。見かねた私は、大太刀で弓矢を振り払った」
「まさか、あんなに小さい子供にそんな過去が……」
ユリファスはショックを受けているようでした。
「知らねーよ……。ティロのことはティロに聞けってんだ」
グラウシはそっけなくそう答えます。
シュラードはそんなグラウシに微笑みかけました。
「ならグラウシ、お前のことを聞かせてくれるか?」
「……なんだよ?」
「お前とティロは、一体いつどこでめぐり合い、親しくなったのだ?」
「……ふん。つまんねー話になるけどな」
グラウシは地面に下り、たき火のように燃えながら、昔のことを語りはじめました。
とある王国の城の敷地は広大でした。
城の中央に閉じ込めるように建てられた、宿舎の周りには野原が広がっています。
みんなが寝静まった月夜の晩、ティロは野原で一人、ホルンの特訓をしていました。
しかしどんなに頑張って特訓を続けても、出てくるのはおかしな音ばかりで、ティロのホルンは一向に上達しません。
ティロの小さな指では、どんなにめいっぱい広げても、大きなホルンの穴をふさぐことが出来ず、ティロの小さな肺では、どんなにめいっぱい息を吹き込んでも、ちゃんとした音が出せませんでした。
「ニヒヒヒヒ」
グラウシはある晩、そんなティロに話しかけました。
「お前、へたっぴだな!」
「き、きみは妖精でありますか?」
おどろくティロの目には、大粒の涙があふれていました。
「どうして、そんな泣きべそをかきながら楽器を弾いてやがるんだ?」
「……城でうわさを耳にしたのであります。早く楽器が上手くならないと、王様に首をはねられてしまうのであります」
「どうして、早く楽器が上手くならねーといけないんだ?」
「良い演奏をしないと、妖精が来てくれないからであります」
「ははーん……」
グラウシは含んだように笑い、面白そうにティロの周りを飛びまわりました。
「だったら心配すんな! たとえお前が、どんなへたっぴな演奏をしようが、オレサマだけは聴きにきてやるよ!」
「……本当でありますか?」
ティロは目を丸くしてグラウシを見つめました。涙はすっかり引っ込んだようです。
グラウシはティロに約束し、ティロがホルンを弾くたびに「よう、へたっぴ!」と声をかけるようになりました。
「……それから、ティロのホルンはみるみる上達したぜ。だけどオレサマは、いつも泣きべそかきながら、ぶさまに弾くティロの音色も好きだったんだ」