第七曲「久シブリダナ!」
夜想ノ森はノイエンの国からはるか東へ、歩けばいくつもの山と谷を越えたところにありました。
天馬はひじょうに早いですが、さすがにひとっとびというわけにはいきません。
たどり着いた頃には、すっかり太陽がしずみ、まん丸い月が空に浮かんでいました。
「ジブンの生まれた国では、森にすむ妖精と迷い込んだ詩人が、恋におちるお話があるのです」
いつ訪れようが、森の中は夜と霧におおわれています。そんな森の入り口の前で、ティロは仲間達に語ります。
「それから詩人は森に訪れるたびに、恋人への合図として、たてごとをならすのであります」
フォロロリリー♪
ティロがホルンをかなでました。
「今、友に来訪をつげました。彼に案内してもらえれば、ジブン達は無事、盟王の城にたどりつけるのであります」
「友とは何者か?」
シェラードがたずねました。
「パンという者であります」
「パンだと?」
ユリファスがおどろいた声をあげました。
ヒョロリーロ♪
森の奥から楽器の音がしました。
「今のが、パンからの返事か?」
「そうであります」
フォルルルー♪
ティロはさらにホルンでこたえます。どうやら、楽器で会話をしているようです。
やがて森からの音はとぎれることなく、一定のメロディーをかなでるようになりました。
「詩人が恋人にかなでたという、“小夜霧”という曲であります。この音をたどれば、パンと合流ができるのであります」
「パンというやつは、ほんとうに信用できるのか?」
ユリファスはうたがっているようです。
「パンは気のいいやつでありますよ。前に森に来たとき、いろいろ助けてくれたのであります」
「かつて妖精と人間の間に生まれた不義の子と同じ名前ではないか。何より、この森は無法ものの住む地。 お前をたばかろうと友をかたる者がいてもおかしくはないだろう?」
ティロはユリファスの目をまっすぐに見つめ、言い返しました。
「ジブンは友達のかなでる音を、聞きちがえたりしないのであります」
「文句あるなら、ついてこなくていーんだぜ」
グラウシもめんどくさそうに言います。
「従者殿。今はティロとその友を信じるしかあるまい?」
シュラードもそうたしなめます。
「……分かりました」
ユリファスはしぶしぶとうなずきました。
森に入ると深い霧と闇ばかりで、歩くことも困難でした。
グラウシがキラキラと進む道を照らします。
空を見上げれば、風に流れる霧のすきまから銀色の月がひっそりとのぞきます。
やがて地面に足あとが見つかりました。子供のような大きさで、ひづめのような形をしています。
グラウシの光が遠くまで照らしてやれば、それは音の方向へと続いていました。
「パンの足あとだな」
「そのようであります」
ティロは嬉しそうでした。
しかし、分かれ道までくると、足あとが続く方向とは違う方向から音が聞こえてきます。
「……これはどういうことだ?」
シュラードとユリファスがといると、ティロは足あとのある道へ小石をなげました。
パチンと音がなり、地面から火花がちりました。
「ワナであります」
「……あいかわらず、たちわりいぜ」
「人間の耳は妖精ほどすぐれていないので、みやぶるのも一苦労なのであります。昔、仲間が何人かくらいました」
「おい。人間の子供! どこが気のいいやつなのだ!」
ユリファスがティロに怒ります。
「ちょっとしたイタズラなのであります……」
さすがのティロも気まずそうに目を反らしました。
そこへ、前方からしわがれた声がしました。
「これはめずらしい。天上の方がたがおこしだ」
現れたのは老人のような見た目の、小さな妖精でした。生気が感じとれないほどに弱々しく、目はぽっかりと空いた穴のようにうつろな闇の色でした。
「シーオークか……」
シュラードが太刀に手をやり、かまえました。
「人間の赤子をつれさって、この森におとされたやつか」
ユリファスも彼を知っているようです。
「昔のはなしである。今は人間に手だしなんぞしていない」
「どうだかな」
グラウシはふんっと鼻をならしました。
「ご心配なく。あなたがたさえ、こちらの生活をおびやかさなければ、我らは静かに過ごすのみ……」
シーオークはそれだけ言うと、たちまち煙のように消えていきました。
「ま、待て!」
ユリファスは追いかけようとしますが、すでにその姿はありません。
「……あいつは無関係じゃねーのか?」
「うむ。底知れない気配ではあったが、こちらに敵意は感じられなかったな」
「この森に住む者はだいたいがそうであります。他者とかかわらず、時が止まったように生活しているのであります」
そこへ、先ほどまで森に響きわたっていた楽器の音がピタリとやみました。
「ティロ!」
同時にモジャモジャの髪で角を生やした、子供の姿の妖精がかけよってきました。
動物の角をつなぎ合わせたような不思議な楽器を持ち、両足ははだしで足あとと同じ、ひづめの形でした。
彼がティロの友達、パンでまちがいなさそうです。
「久シブリダナ!」
「パン! ごぶさたなのであります!」
ティロも友達に向かってかけよります。
二人は手をとりあい、再会を喜びました。




