第六曲「行ってはなりません!」
塔の中はらせんの階段が続いています。
冬の女王様がいるお部屋は、その階段をのぼった先の最も上にあり、ティロとユリファスはそこに通されました。
あらわれた女王様の美しさといったら、うっとりとため息が出てしまうほどです。
白銀の長い髪に雪のように白い肌、すんだアイスブルーの瞳は、冬の海のように穏やかやかです。身にまとったドレスは、雪の結晶をちりばめたかのようにキラキラときらめいていました。
「はじめまして。わたくしはエレスタといいます。冬を司るものです」
冬の女王様は鈴のようにひびく声で、あいさつしました。
「お久しぶりです。ユリファス、戴冠式いらいですね」
「ごぶさたしております。冬の女王様」
ユリファスは女王様の前で背すじをのばします。
「そんなにかしこまらなくていいのですよ」
冬の女王様はにっこりと笑いました。とても親しみやすく、気さくな笑顔です。
「あなたのことは春の女王ルシルからよく聞いております。幼いころから仲が良いそうですね」
「い、いえ、仲が良いなんて、そんな……おそれ多いことです!」
ユリファスはうつむき、熟した野いちごよりも真っ赤になって否定しました。
女王様はそれを見て、口に手をあてながら、ころころと笑います。
「ルシルはきっと、あなたのことを待っていますよ。わたくしもあの子のことは妹のように大切に思っています。なので、少しでも力になりたいと、そう思っているのです」
女王様は今度はティロに話しかけました。
「あなたがティロですね?」
「はい。冬の女王様、お会いできて光栄であります!」
冬の女王様はティロにもにっこりと笑いかけます。
「シェラードの言っていたとおり、とても元気がいいのですね。あなたに受けとってもらいたい物があるのです」
「ジブンに、でありますか?」
ティロが小首をかしげると、目の前にカラカラとカートが運ばれてきました。
カートを引いているのは塔の中は女王様につかえる白いとんがり帽子の小人です。
「季節を司る女王にはそれぞれ力があります。春の女王は“復活”、夏の女王は“予知夢”、秋の女王は“千里眼”、そしてわたくしの力は“救援”です」
カートの上には手のひらくらいの大きさのものがのっていました。くすんだ灰色で、うずまいた形をしています。
「モールフの角笛です。わたくしの力をそそぎこみました。これをあなたにさしあげます」
これは大変貴重なおくり物のようです。
ティロは目を丸くしながら、喜んで受けとりました。
「ありがたき幸せであります!」
その頃、シュラードとアードルフは塔の前で話し合っていました。
「シェラード様、森へは行ってはなりません!」
アードルフは強い口ぶりでそう伝えました。
シェラードは眉をひそめます。
「それはどうしてだ?」
「“盟約”があるからです。妖精はあの森に立ち入ってはならないのです。それをやぶれば大変なことになります」
この世界には守らなければならない、三つの大きな約束のかたちがありました。一つは、人間の間で結ばれる“条約”、もう一つは人間と妖精の間で結ばれる“契約”、そして最後に妖精の間で結ばれる“盟約”です。
その中でも戒律にきびしい妖精の間で結ばれる“盟約”はやぶれば命を失うような、重いばっそくがある場合がほとんどでした。
かつて妖精の国をおさめる妖精王と、夜想ノ森をおさめる盟王の間で結ばれた“不可侵の盟約”も、守らなければ命を落とすという、ひじょうに危険なものなのです。
「しかし、盟王はもういない。“盟約”はもはや無効のはずなのだ。おそれるのは分かるが、今はそのような場合ではない」
シェラードにそう言われても、アードルフは引き下がりませんでした。
「おそるべきは、春の女王様の“復活”の力です。その力をねらってさらわれたのだとしたら……」
「さらわれたのだとしたら?」
シェラードはするどい眼光を細め、アードルフを見すえました。
「盟王がすでに復活している可能性があります」
「ほほう」
シェラードはニヤリと笑みを浮かべます。
「たしかに、春の女王様は“復活”という奇跡の力を持っておられる。今は亡き盟王を復活させるため、何者かがその力をねらって、春の女王様をさらった。そう言いたいわけか」
アードルフは身をのりだしました。
「他にどんな理由が考えられるでしょう? 現に女王様は森の盟王の城に閉じこめられているのです! 盟王の亡きあとも、いまだに残っているという、その配下のしわざにちがいありません!」
「まあ、まて。落ちつけ」
シェラードが肩をたたき、アードルフをいさめます。
「だからまず、大勢で行くのではなく、少人数で行くのだ。万が一の場合、被害は最小限ですむし、ひとまずはたしかな情報を得ることが先決だ。その上で引き返すなり、増援をたのむなり考えることにしよう」
「あ、あなたになにかあれば、女王様が悲しまれます!」
「我が女王は強いお方だ。心配はいらない」
そう語るシェラードの目と口調は力強く、アードルフも言葉を無くしました。
「だが、春の女王様のあと、我が女王もねらわれないのは限らない。オレのかわりにお前が塔で守っていてくれ。お前が頼りなのだ。お前の怪力は猛獣に勝り、お前の駿足は早馬に勝る」
「し、しかし」
「そんなに心配するな。今のオレにはお前の想像する以上に、とても心強い味方がいるのだ」
「……なんですって?」
アードルフはギョロリと目をむき、そして塔の方へ首を向けました。
冬の女王様と少しだけお話した、ティロとユリファスがちょうど塔から出てきます。
そこには、小さな人間の子供とまだ若い従者、それを出むかえるちっぽけな火の玉がいるだけでした。