第四曲「お供させて下さい!」
ノイエン王国の城の正門から広がる庭園は、国の人々が自由に出入りできる場所です。季節によって色とりどりの花を咲かせては、人々の目を楽しませていました。
しかし、今は訪れる人の姿もなく、ただ白い雪景色と冷たい静けさがあるばかりです。
「きげんは七日間」
妖精達の乱入がつづき、大さわぎとなったえっけんの場は、大臣のこの提案を最後に、お開きとなりました。
なかば追い出されるように大広間をあとにしたティロ、ガクサ、グラウシ、春の従者、冬の騎士は、城の庭園にあるガゼボに腰をおろしました。さらわれた春の女王様について、みんなで話し合うためです。
春の従者はまず、女王様がゆくえ知れずとなった、いきさつを話しました。
「天上の国から地上の国にたどりつき、塔まであと少しのところでした。春の女王様がモールフの群れを間近で見たいとおっしゃられたのです。春の女王様は幼少のころからとんでもなく、はねっかえり……いえ、好奇心がおうせいな方でして、お止めしたのですが、聞き入れていただけず、仕方なく、モールフの丘にて飛馬車をとめたのです」
飛馬車とはその名の通り、空飛ぶ馬車のことです。妖精には空を飛べる者と飛べない者がいて、飛べない妖精のほとんどが、羽のはえた馬である天馬と、その天馬のひく飛馬車を移動の手段にしていました。
「春の女王様は、モールフ達の方へかけだしてしまわれました。わたしも急いで追いかけましたが、なにぶんなれぬ雪道、つい足をとられ、前のめりに転んでしまいました。すぐに起き上がりましたが、そこに女王様はお姿はもうありませんでした……」
「どんくさい奴だなー」
グラウシがちゃかします。春の従者は少しむっとした顔をしましたが、話を続けます。
「わたしはあわゆる手を使って女王様をさがしました。しかし、ひと月すぎてもなんの成果もえられず……。今しがた、秋の女王様の“千里眼”により、ようやく手がかりをつかめたのです」
季節を司る四人の女王様にはそれぞれ、他の妖精にはない特別な力がありました。その中の秋の女王様が持つ力、“千里眼”は、はるか遠くの物事でも見通すことができるのです。
「秋の女王様がおっしゃるには、春の女王様は今、夜想ノ森にある盟王の城にてゆうへいされていると」
「夜想ノ森ですと!」
ガクサがおどろいた声をあげます。
「ご老人、知っているのか?」
冬の騎士がたずねると、旅商人は決まりが悪そうに答えました。
「旅の道中に伝え聞いた怪談でございます。何でも明けぬ夜と晴れぬ霧におおわれ、亡霊や悪鬼がさまよい、一度入ったものは二度と出られぬとか……」
「……人間のうわさもあなどれないものだ」
冬の騎士が、引きつった笑顔を浮かべます。
「まさにその通りの森である。しかも、不気味なだけではない。わけあって、数百年以上、我々妖精が立ち入ることのできなかった場所だ」
グラウシが「二ヒヒヒ」と笑って、小ばかにしたように口をはさみました。
「“不可侵の盟約”ってやつだな。盟王が亡き今は無効のはずだが、多くの妖精はいまだにびびってあの森に近づくことすらできねー」
「ですが、盟王様が亡くなってから、あの城はずっと無人のはずであります」
そう口にしたのはティロです。ティロはあごに手をおき、考えこむしぐさをしました。
「一体何者が、春の女王様を城にゆうへいしたのでしょう?」
そこへ、ドン! と勢いよくテーブルを叩き、立ち上がる者がいました。春の従者です。
「今は、そんなことを考えている場合ではありません! 一刻もはやく、春の女王様をお助けにいかなければ!」
冬の騎士は困り顔で、彼をいさめました。
「春の従者よ、勇ましいことはいいが、盟王の城までの道のりも分からぬのだ。むやみに立ち入るのは危険がともなう」
しかし、春の従者はますます声をはりあげました。
「我々には時間がありません! 春の女王様を無事にお助けできたとしても、七日がすぎて契約をはきされ、モールフが人間の食事となっていては、春の女王様だけでなく、他の女王様もどれだけ悲しまれるか……!」
冬の騎士もいさめる声を強めました。
「だからこそである。ただやみくもに進んで、迷子になって、むだに時がすぎてはどうする? せめて盟王の城まで確実にたどりつく方法があれば……」
「方法を知っているのであります」
それはまさかの発言でした。
春の従者と冬の騎士は、おどろいてティロを見ます。
「……なにっ?」
「それは本当かっ?」
「本当だぜ」
グラウシは面倒くさそうに言いました。
「ティロは一度、その森に行ったことがあるからな」
「なんと!人間の子供よ、ぜひとも教えてくれ」
冬の騎士も立ち上がり、テーブルから身をのり出しました。
「難しいことではありません。夜想ノ森にすむ者に道案内してもらえばいいのであります」
ティロの言葉に、二人はあっけにとられます。
夜想ノ森にすむのは、この世から成仏できない亡霊達と、かつて天上の国の戒律をやぶり、地上に墜とされた妖精達だからです。そのような無法者が、こちらの頼みを聞いてくれるとは思えませんでした。
「ジブンにはツテがあるのです。……ですが、それをお教えする前に、ひとつ、お願いがあります」
ティロも立ち上がり、大きな黒曜石のような目をかがやかせました。
「春の女王様をお助けする大切なお役目。ジブンもぜひ、お供させて下さい!」