第九曲「キュゥ!」
空の銀色の三日月が、すっぽりと闇に隠れます。
ティロとパンがスヤスヤと寝息を立てている中、起きているものたちの間で、はりつめた空気が流れました。
「何か近づいてるぜ……」
グラウシの炎がゴウゴウと燃えさかります。
「この感じ……パンが言ってた奴かもな」
グラウシの印象からして、あまり良くないもののようです。シュラードも感じとったようで、表情をこわばらせました。
「なるほど。邪悪で強力が何かか……」
「……こちらに向かってきているのでしょうか?」
ユリファスも緊張しているようです。
「……そうではないらしい。私が様子を見てこよう」
シュラードが立ち上がりました。
「わ、わたしも!」
シュラードは、あわてるユリファスを手で制しました。
「いや、人数が多いと気づかれるかもしれない。従者殿はここにいてくれ」
「グラウシ、騎士様についてゆくのであります……」
先ほどまで、眠っていたはずのティロの声がしました。
まだ眠たそうな目で、口調もムニャムニャしています。
「城のちかくには……」
そこで、ティロはまた寝息をたてました。ユリファスの眠りの香りはなかなか強力なようです。
「……しょうがねーな。オレサマもついてくぜ」
グラウシはしぶしぶとそう言いました。
「ありがたい。帰り道を迷わずにすみそうだ」
シュラードは歓迎し、グラウシを連れて、その気配の方へ向かいました。
森の中を慎重にすすんでいくと、やがてどす黒い塊のようなものを見つけました。
それは人の形をしており、さまよう亡霊のようでした。
シュラードとグラウシは木の影にかくれ、その亡霊の様子を見ます。
「何か聴こえてくるぜ……」
「あれは……歌っているのか?」
シュラードとグラウシは耳をそばだてました。
余のさかずきは ひびわれて
つげども つげども
みたされぬ
余の手のひらは 空ぶりて
うばえど うばえど
もの足りぬ
余のたましいは さまよいて
ねむれど ねむれど
安らがぬ
「あれが……盟王なのか……?」
シュラードは首をひねりました。
かたわらのグラウシは黙っています。
シュラードとグラウシはもう少し、亡霊を観察しようと、そのあとをついていきました。
少し歩いていくと、霧の向こうにそびえる城が出現しました。
もう城の近くまで来ていたようです。
「これが盟王の城……」
岩壁は高く、来る者をはばむかのように重厚でした。立ち並ぶ塔は、空を突き抜けるようにとがっており、外装は青白く、霧の闇の中を浮き上がるような存在感がありました。
「なんだか、気味のわりーとこだぜ……」
「グラウシはティロと、この城まで来なかったのか?」
「前に来たときは、あのごうつく王がビビって森から逃げ出しちまってな。おかげでガキ共は取り残されて、そこでパンの案内に助けられた」
「人間達は、何を目的に森に入ったのだ?」
「キメラだよ」
「キメラ?」
「天上の国じゃあまり知られてねーけど、ティロの生まれた国じゃ、詩人の歌で広まってるんだよ。炎と水がまじわりし妖精。盟王の一の配下にて、城を守る門番なり」
「炎と水の妖精だと……?」
シュラードはとがった耳をピクリとさせました。
「一体、どのような妖精なのだ?」
「二つの首を持つ竜型だ。地上の孤島に生まれ落ちた突然変異。もう一首がいななけば山火事が起こり、もう一首がいななけば洪水が起こる」
「そのような妖精がなぜ……天上で知られていないのか?」
いぶかしむシュラードに、グラウシは面倒くさそうでした。
「そりゃ……」
そのときです。
大気をふるわす振動とともに、大木ほどの水竜巻が二人の頭上から出現しました。
シュラードとグラウシは素早く、その水竜巻から距離をとり、空を見上げました。
そこには、二つの頭を持つ竜がいました。
大きさは牛ぐらいで、丸みをおびた胴体に、するどい爪を持つ短い手足、二つの頭の片方はマグマのように赤い目をして、もう片方は海のように青い目をしていました。しっぽは長く、翼と同じく透明なヒレがついています。
「キュゥ!」
竜はグラウシとシュラードに向かって、かん高い声でいななきました。
「うわさをすれば、ご本人様の登場だぜ」
グラウシがのんきに言います。
「あれはキメラというものか……。まだ子供の竜ではないか」
「ああ。まだほんのガキだぜ。キメラは赤ん坊の状態で、この森に捨ておかれたんだ。妖精王に危険と判断されたからしい。それを拾ったのが盟王で。こいつは今も盟王のために、この城を守り続けているって話だ」
「それはなんとも……あわれな話だ」
「同情でやられてやるか? あっちは敵意むきだしだぜ」
シュラードはキメラの前で両腕を広げ、無抵抗をしめし、説得しようとしました。
「キメラよ! 落ちついてくれ! 城を攻撃するつもりはない。我々は春の女王さえ連れもどせれば、それでよいのだ!」
「キュゥ! キュゥ!」
今度は炎の竜巻が出現しました。シュラードとグラウシはキメラからさらに距離をとります。
「聞く耳もたねえようだぜ……」
「やっかいなことになった……」
シュラードはため息まじりに、グラウシに確認しました。
「……グラウシは炎の妖精か?」
「まあ、見ての通りな」
「そうか。かくいうおれは氷の妖精だ」
シュラードはキメラに向き合い、太刀をかまえました。
「あちらの炎と水に対し、こちらは氷と炎。つまるところ、我々と敵の相性は……さいあくだ」




