劣等感
「カイ様!その程度の仕事は俺がやりますから!」
「私がやりたくてやってるの。邪魔するの?」
「いえ!とんでもありません!」
馴染んできた茶番を傍目に見る。ぼくたちに対する恩恵ってこういう事だったんだろうか。分からない。分からないけど、今のところ問題ない。ぼくやモネさん、カテーナさんの魔法を次々真似てはみるけど初歩の初歩すらあの人は出来ない。魔法を使う落とし子の話をよく聞くだけに、違和感すら感じる。ここに馴染む程にカイさんは明るく人懐っこくなっていって、今やカテーナさんなんて尻に敷かれてるとも言える。
「モネ、手伝おうか?」
「大丈夫ですよ」
表向きは巡礼の神官とその見習い設定の2人も仲が良い。一緒に薬草を摘んだり花束を持ち帰って来たりする。お世辞にも綺麗とは言えなかったここも2人のおかげで見違えるほど綺麗になった。神官が滞在してる事もあってヒトが集まるようになってしまってハラハラしているけれど、相変わらず彼女は顔を見せられない事情のある存在としてある意味ここに居て当然とばかりに誰も追求しない。カヅキ?という格好をしているからかもしれない。本人の要望で耳まで隠れる目出し帽のような布を被っている。大方、顔を出せられないような不祥事を起こした没落貴族か罪人かぐらいの認識のはず。
「被布あっっつい」
「カイさんは。なんでそれでもモネさんのお手伝いなんてするんです?落とし子様なのに」
「え?………楽しいから」
当然のように言われてグラスを落としかける。この方は世界の落とし子様だ。本来なら大きな屋敷でお抱えの召使いに囲まれて、何不自由なく暮らしていける存在だ。その言葉が国を生かしも殺しも出来る。嫌いな奴は適当な名目で殺せるし、山ほど男を侍らせられる。なのに、なのに。
「こんな薄汚くて狭い場所で、隠れて、ぼくたちみたいなのと居て何が楽しいんです」
「………あー……最後のは許せないな」
流石に険しい顔になる。ぼくに見えるのは黒い瞳、黒い髪、柔肌。ぼくたちエルフは実はとても筋肉質だ。だから身軽で素早いだけじゃなく、下手な獣人よりも防御力が高い。だから腹立たしいと思ってしまう。弱いのに、権力があるのに、あえてこんな掃き溜めに居て楽しいだなんて呑気に言う選ばれた存在が。
「ぼくだって!ぼくだって!」
「トロイア何やってンだよ!」
「内心見下してるんじゃないんですか!?ぼくたちのこと、散々遊んだらどうせ、どうせ飽きて帝都で豪華な暮らしでもするんでしょう!」
抑えていたはずの汚い感情が噴き出して止まらない。心の片隅で拭えなかった劣等感が制御出来ない。
「ぼくたちのことなんか忘れて!」
外に居たモネさんやカテーナくんが飛び込んで来るのが目に入る。マジョリタさんが怒鳴る声も耳に入らない。掴みかかると簡単にぼくに押し倒されてしまった落とし子様はきっとぼくを卑しい奴だと見下して、見限るんだろう。不敬罪で殺されてもおかしくない。
「楽しんでてずるい!!」
嗚咽が聞こえてきて、ああぼくは泣いてるんだと思った。なのに、ゆっくり、恐る恐る落とし子様を見下ろすと泣いてるのは落とし子様だった。黒い瞳からボロボロ涙を零して、鼻をすすって泣いていた。茫然とするぼくを、抱きつくようにして腕を回してきた時には理解が出来なかった。憐れみとか、同情だとか、なんでもよかった。でもぼくを思ってぼくの為に泣いてくれている。それが信じられなくて、ぼくは急に全身の力が抜けてしまった。
「トロイアちゃんを苛めたのは誰?個人?集団?それとも、世界…?大変だったね、大変だったね……何にも知らないでごめんね。よく頑張ったね」
ストンと心に落ちてくる言葉。素直に湧き出す嬉しさ。ぼくは、なんて事をしたんだろう。
「私はトロイアちゃんが好きだよ。みんな好きだよ。一番周りを見てて率先して動いてるトロイアちゃん。大きく構えて安心感をくれるルート姉さん、私の自由を許してくれるマジョリタさんも、たとえ理由が落とし子だからとしても慕ってくれるカテーナも、私に親切に色々教えてくれるモネも。だからそんな風に言わないで。私はここに居たいよ。でも邪魔なら出ていくよ。だからそんなに卑下しないでよ……」
抱き締められて、よしよし。なんて言われて頭を撫でられる。
「ごめんなさい……!!出て行ったりしないで!!!」
今度はぼくが泣く番だった。