第七話 交わらぬ行き先
僕が再び目を覚ましてあたりを見回すと、静まり返った研究室にはピールに加え、ディエルがいた。ソファに座り、本を読んでいる。
……どうして。シャノンがさらわれたってのにディエルはどうしてこんなにも冷静なのだろう。なんだか無性に腹が立ってきた僕はベッドから飛び起き、ディエルの胸ぐらを掴んだ。
「おい、シャノンが……、シャノンがさらわれたんだぞ!? 何でそんなに呑気にしてるんだよ!」
「落ち着けリオン! ディエルはぶっ倒れたお前をベッドに運んで看てくれてたんだぞ!! 感謝しろ!」
元気を取り戻したピールが飛んできて叫んだ。でも、だからって……。
「……くそっ! どうして……どうして僕の代わりにシャノンが捕まらなくちゃいけないんだよ!」
僕は何とも言えないやるせない気持ちを壁に向かって殴り、ぶつけた。……どうして。どうしてどうしてどうしてどうして!
「リオン! やめろ、血が出てる!」
ディエルが僕の腕を掴んだ。拳と壁には赤い液体が染み付いている。不快な鉄のにおいが、激高した僕の鼻をついた。
「……僕の拳なんかどうだって良い! ああ……シャノン……。僕は……、僕は一体どうしたら良いんだ?」
僕の問いかけに対する答えはどこからも返ってこなかった。果てしない沈黙。ただただ、虚しさだけがいつまでも研究室に充満していた。
「……それから僕は失意の念から研究をほとんどしなくなった。そして今も、シャノンは研究棟の地下にいる」
長い話が終わる頃には僕とヨシノの前の皿は空になっていた。ヨシノはというと目尻に水滴を垂らして僕をじっと見ている。そこまで感情移入してくれるのか。
「……唯一の家族なんだ、シャノンは。シャノンがいなくなった今、僕には何が残されているんだろうね」
思いがけず、僕はヨシノに尋ねていた。そんなことを訊いても、答えなんて出ない筈なのに。そんなことを訊いてもヨシノには答えられる筈ないのに。
「………………じゃろ」
「……え?」
ヨシノがぼそっと何かを言った。
「リオンはまだシャノンを失っとらんじゃろ! 取り戻すために頑張るんじゃろ!? リオンは全然わかっとらん!」
「……!」
突然大声でヨシノが怒鳴った。涙を浮かべながら、涙を流しながら。賑わっていた店のなかはヨシノの声で一気に静かになった。厨房の奥からはエレティアが心配そうにこちらを見つめている。
「シャノンは今でもきっとリオンのことを待っとる! 私は部外者じゃけえ、詳しいことはわからんけど、それでも! シャノンはリオンを信じとるはずじゃろ! なんでそれがわからん!」
僕は目を見開いた。なにも言い返せなかった。そうだ、結局僕は自分のことしか考えてなかったんだ。シャノンの気持ちをこれっぽっちも分かっていなかった。自分一人だけが絶望に浸って、研究のことはみんなディエル任せ。僕は……僕は一体今まで何をしていたのだろうか。僕の胸は情けない気持ちでいっぱいになった。
「……ありがとうヨシノ。二年間も答えを出せずにいた僕を救ってくれて。やっと答えがわかったよ。ようやく背筋を伸ばして前を向ける……!」
あと一ヶ月。僕は僕にできることをやらなくちゃいけない。ずっと待ち続けている、シャノンのために。今度こそ必ず、何としてでも……!
……薄暗い研究室に一つの小さな灯りが灯った。照明魔法が唱えられたのだ。灯りは部屋に入ると、ソファの上を照らした。そこにいたのは一匹の異世界の動物と魔法生物である一羽の小鳥。一匹と一羽はふかふかのソファの上で仲良さげに居眠りをしていた。
「……久しぶりだな、ピール。元気だったか?」
白衣の男が入ってきて言った。声を発するたびに、わずかに灯りがゆらりと揺れる。ピールの返事はない。相変わらず眠りについているらしかった。
「俺もお前たちみたいに気持ちよく眠りにつきたいよ……」
男は気持ちよく眠る彼らの隣に腰掛け、返事の帰ってこない会話をただただ続けた。
「……なあ。こういう言葉を聞いたこと、あるか? ……『なにか大きなことをしでかすには、必ずや相応の対価を支払わなくちゃいけない』ってやつなんだが……」
男の声は静かな部屋の中に響き渡る。顔には乾いたような、悲しい笑みが付いていた。
「この言葉、正しいことをいってるとは思うけどさ、理不尽だよな。何で人一倍覚悟を持った奴が、人一倍苦汁をなめなきゃならないんだろうな。でも……。……いや、俺は決めたよ」
ベストの上に白衣を纏った男、ディエルはとても寂しそうな顔をしながらポツリと言った。
「……どうか許してくれ、リオン、ヨシノ………………シャノン」
ディエルは片手でミコという名の異世界の生物をそっと抱きかかえて、静かに部屋を出て行った。静かなる訪問ののち、部屋には再び静寂が訪れた。ただ一羽、ピールだけが相変わらずソファの上で気持ちよさそうに眠っていた。




