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僕と私の異世界革命  作者: 空原琉火
第一章 波乱の胎動
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第三話 交わる世界

 いつもと代わり映えのしない、ありふれた景色。私、山本佳乃はうんざりしながらそれらを憂いていた。足元にはそんな私を心配するように、ミコがやって来て私の脚をペロペロと舐める。そんな可愛らしいミコの頭を撫でながら静かに呟いた。


「あ〜あ。家に帰りたくないのう」


 学校から帰ってきてからすぐにミコを連れて再び出かける。いつもと変わらない、恒例行事。それでも、家を出てからもう一時間がたった。そろそろ帰らなくてはいけない。太陽ももう沈み始めていた。


「仕方ない。試合中継もそろそろ始まるけ、帰ろう」


 家の方向へ向けて足を進める。今日もまた、何も起こらずテンプレート的な展開をただただなぞる。ただし、それはすぐに違う展開を迎えることになった。


「あれ、なんじゃろ? 紫色の光……?」


 建物の隙間、その奥の方にある小さな神社。そのすぐ手前の鳥居の下に、その光は光っていた。怪しさしか感じないが、私は胸の鼓動が早くなるのを感じた。もしかしたら、何かが起こって、この現状から脱却できるのではないか、と。確証はない。それでも、私は吸い寄せられるようにその光へと近づいていく。私が近づくと紫色の光はさらに力を増した。そして気がつくと私は、ミコと共にその光の中へと入り込んでいた。反射的に目を閉じる。そして体が奇妙な浮遊感に包まれるのを感じた。きっと宇宙空間に放り出されたらこんな感じなのだろう。

 そんなふうに考えているといつの間にか紫色の光が衰えた。私は思わず閉じていた目をゆっくりと開いた。目に飛び込んできたのは見たこともないような器具が並ぶ部屋。ここがどこかはわからないが、少なくともかつての場所とは違う。私が状況を理解しようとしていると、ワンワンとなく声を聞いた。ミコがドアに向かって走っていき、吠えていた。何処かはわからないが、きっと誰かの家だろうと私はひとまず理解し、慌ててミコを捕まえようとした。


「こらミコ! ええ加減にせえよ! 人様のうちじゃけえおとなしくしや!」


 その瞬間、扉が開いて二人の若者が顔をのぞかせた。それが、私と二人の出会いだった。



 ――――――



 少女がやって来てから早くも一週間が過ぎた。それだけ過ぎれば普通は帰りたいと言ってきそうなものだが不思議なことに、彼女は文句ひとつ言わなかった。僕としてはそれはそれでありがたいのだが、疑問に感じていたのも事実だった。

 言葉が通じないのだから文句を言っていたとしてもわからないじゃないかと思うかもしれないがそんなことはない。なぜならすでに、最低限の会話ができるくらいの翻訳魔法が完成し、それを少女にかけているからだ。

 あれから本腰を入れ、朝から晩まで毎日のように言語研究を続けたおかげで随分と言葉が理解できるようになり、五日目にしてようやく最初の翻訳魔法が完成した。少しだが会話もできるようになり、文句を全く言っていないことが分かったのだ。

 翻訳魔法というのは文字どおり魔法をかけた対象者の言語を聞く能力、話す能力に干渉して別の言語に修正するというものだ。一部の人たちは誤解をしているようだが、魔法というものは万能じゃない。まったく知らない未知の言語を話す人間に既存の翻訳魔法をかけても、その知らない言語に対応していないから何の効果もない。むしろ変に混ざり合って余計におかしくなる可能性もある。病気の人間にまったく別の薬を飲ませたとき、正しい効果が表れずに副作用が起こることがあるのと同じだ。

 ともかく、ようやく彼女の名前が判明した。いいかげん少女、とか彼女、とか呼ぶのにもうんざりしていたからありがたい。

 ヨシノ=ヤマモト、それが彼女の名前だった。僕からするとなんだか妙な感じがするがまあ世界が違うからそう思うのも仕方ないだろう。おそらく彼女の世界ではおかしくもなんともないのだ。……ちなみに小動物はイヌという種類で名前はミコというそうだ。こんなにかわいらしい生き物がたくさんいる、というのは少しうらやましく感じた。



 それにしても大変な作業であった。翻訳魔法に関してはかなり自信があったにもかかわらずである。ノーヒント状態からここまでよくできたと自画自賛したいレベルだ。何より大変だったのは独特なイントネーション。~じゃけえ、とか~けえのう、とかいったやつだ。


「それは広島弁っていうもんじゃね。おじいちゃんはもっとすごいの話すけ、私でもたまに聴き取れんよ。日本にはほかにもたくさん方言があるけ面白いよ〜」


 この方言というものが付くだけで翻訳魔法づくりは一気に難易度が跳ね上がる。何せ僕らの言語には存在しない概念だ。その方言の部分を無視して翻訳をしようとするとどうしてもどこかでおかしくなる。そこの調整がどれだけ難しかったことか。

 しかも、驚くことにヨシノよりももっと強い方言を話す人たちがいて、それはヨシノでも聞き取れないことがあるという。それはもう方言ではなくて別の言語なんじゃないだろうかと僕は心の中でツッコミを入れた。


「それにしても十八歳で学者さんなんてリオンは頭がええんじゃね。魔法とかまだ信じられんけどこうやって喋れてるけ、本当じゃろうし。そんなの作っちゃうってほんとにすごいのう」


 ヨシノが腕を組んでうんうんとうなずきながら言った。学者だなんてすごい。そういわれて僕は思わずはっとした。この環境に慣れすぎてもはやそれが当たり前だったが、ふつうはそんなことは有り得ないのだ。僕はそんな麻痺した感覚がわずかに戻り、この国を少しだけ恨めしく思った。


「このリグアナルド共和国の国民はみんな頭が良くてね。みんな何かしらの論文を発表できるくらいの実力があるんだ。……だから僕なんて、そんなに大したものじゃないよ」


 ヨシノはそれを聞くと目を丸くした。


「そんなに!? へええ、すんごい国じゃのう」


「確かにすごい。だけど、僕はこの国が……。あ、いや。なんでもない」


 僕はうっかり口を滑らしてしまいそうになった。こんなこと、会って間もない少女には話せない。危ないところだった。どうしてだろうか、ヨシノにはつい何でも話してしまいそうになる。彼女にはそんな不思議なオーラが漂っていた。

 ヨシノは続きを聞きたそうに声を出そうとした。が、あいにく時間切れだ。翻訳魔法の効力がちょうど切れたようだ。やはりまだ安定性に欠けるらしい。まだまだ調整しなくてはいけなさそうだ。

 しばらくパクパクと口を動かしたのちに、魔法が切れていることに気が付いたヨシノは思い切りほっぺたを膨らませてこっちをにらんできた。別に僕が悪いわけではないのだが、と僕は苦笑いをした。



 ――――――



 僕の言語分析は比較的順調に進んでいた一方、ディエルのゲート再開通の方は上手くいっていなかった。一度魔力を貯めてゲートを生み出そうとしたが、結局失敗。魔力だけが無駄になってしまったらしい。

 基本的にこれまで使っていた魔力はディエルのもの。だが人間の魔力はそこまで量が多くない。一度使い尽くせばまた翌日にならなくては魔力は回復しない。そのペースで、充分な魔力量に達するのに必要な期間はおよそ一週間。時間がかかる上に、魔力消耗に伴うディエルの疲労も並大抵のものではない。

 異世界の存在を公表するのはあと三週間後に控えた、二年に一度の国主催の弁論大会において。それまでにゲートを開き、論文をまとめなければならない。ヨシノを異世界へと帰らせる事はもちろんだが、僕たちにとっては弁論大会も重要であった。もうあまり時間も多くはない。


「まずい、開かない。弁論大会に間に合わせて論文を完成させなきゃ……。完成させて大賞をとらなきゃ……」


 ディエルに会うのは実に一週間ぶりのことだった。あれから毎日研究室を訪れてはいたのだが、その都度門前払いを食らっていた。研究室の中は一週間前と打って変わって、複雑そうな器具でごちゃごちゃとしていた。奥の研究デスクの前にディエルの姿を見つけたが、そこまで近づくのも一苦労だ。

 ……それにしても目の下のくまといい、やつれた顔といい、ヒステリックになりかけた発言といいまるで締め切り間近の作家みたいなことを言ってるけど本当に大丈夫なのだろうか。


「おい、大丈夫か? あれから休んでないみたいだけど。僕に何か手伝えることはあるかい?」


 僕はあまり詳しいわけではないから、何ができるかはわからないが、疲れ果てているディエルの様子を見たら手を差し伸べないわけにはいかなかった。


「例えば、僕の魔力を代わりに貯めるとか……」


「残念だけどそれはできない。リオンもわかっているだろうけど、魔力には血液型のようにタイプがある。タイプが違うだけでゲートを開く方法はまるで変わってくるんだ。だから今、リオンの魔力に変えることはかえってゲート開通を遠ざけることになり兼ねない。……気持ちは嬉しいけど手伝ってもらえそうなことも今はないよ」


 ディエルが心底申し訳なさそうに言った。それならば仕方ない。僕は眼の前で疲れ果てている親友に対して、何もしてやることができない自分の無力さを少し悔やんだ。


「そうか……。でも無理はするなよ。そうだ、一度気分転換でもしたらどうだ?」


 忙しそうに動かす手を止め、ディエルはゆっくりと僕の方を向いた。いつもとは違う、やつれた顔がこちらを向いた。その顔でディエルは少し思案顔になったのち、うなずいた。


「気分転換か。……そうだな、じゃあ彼女のところに行ってみようかな。ある程度の翻訳は済んだんだろう?」


 そういって立ち上がろうとしたディエルの前に、僕の後ろからひょっこりとヨシノが出てきた。


「どーも! えっと、ディエル……いや。親しみを込めてディエっちって呼んだほうがええかの? 私はヨシノっていうけ、よろしく!」


 初めはちょっと驚いた様子だったがすぐににっこりと笑い返した。ディエっち。いきなりあだ名をもらったディエルを、僕はほんの少しだけうらやましく思った。僕にも何かしらそういうものが欲しかったよと、心の中で訴えた。



 それからしばらく、僕らは他愛もない話に花を咲かせ、たいそう盛り上がった。ディエルも幾ばかりか元気を取り戻したようだ。ふと時計の針を見るとディエルの元を訪れてからはやくも三十分近くが経とうとしていた。

 それに気づいたディエルが話を終え、僕に微笑みかけて声をかけた。


「心配させて悪かったな、リオン。……実は話したいことがあるんだ。いいかい?」


 そう言うとディエルはちらっとヨシノを見た。これはつまり二人だけで話したい、そういうことだろうか。僕はそれを察して、ヨシノを先に僕の研究室へ返すことにした。


「ヨシノ。先に僕の研究室に戻っててくれ。鍵は空いてるから、よろしく」


 ちょっとだけ首をかしげた後に、ヨシノはまだ話し足りないといった顔をしつつも渋々と部屋から出ていった。おとなしく出て行ったのは僕らの雰囲気を察してくれたからだろう。ありがたいことだ。

 それにしても、ディエルの話とはいったい何なのだろうか。ディエルの表情は先ほどと打って変わって何か思いつめたような、そんな顔をしていた。僕はそんなディエルの顔に、少しだけ嫌な予感を覚えた。

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