第二十話 逃げ道のない交渉
「この生物に会わせてほしい」
トルカは淡々とした口調で言い放ち、僕達を見据えた。
「ち、ちょっと待て! 会ってどうする気だ?」
ディエルが再びトルカに怒鳴る。だがその声には明らかに動揺が宿っていた。
「会ってどうする? そりゃあ色々と調べるんだよ。情報を得ることががあたし達記者の本分だからね」
「だめだ! その情報を公表されたら、ますます隠し通すことが出来なくなる!」
ディエルがそう言った直後、トルカは不意ににやりと笑った。
「……なるほど? やっぱり君らのもとにいるんだね、この生物は」
「あ……」
その言葉に僕達は驚き、そして気がついた。カマをかけられたのだということに。
「おい、お前俺たちを騙したのか! この……」
「まあ落ち着きなよ。というか騙したなんて人聞きの悪いこと言わないでもらいたいなぁ。別にあたしは騙してないし、嘘だってついてないよ?」
僕達は何も言い返せず、ただ黙ったままだった。トルカの言う通り、彼女は何も嘘はついていない。悪いことをしたわけでもない。完全に僕ら側の失態だ。これ以上問い詰めることはできなかった。
「……そんなしんみりしなくてもいいのになぁ。大丈夫だよ、ここで見聞きしたことは決して口外しないと約束する。そうでもしないとキミら交渉に応じてくれないでしょ」
トルカは淡々と言葉を紡いでいく。そんな彼女に僕は警戒心を強めた。この期に及んで隠し通すのはもはや無理だろう。そう思っていたところで口外しないと言ったのだ。口外しないなら一体彼女に何のメリットがあるというのだろうか。普通ならばそんなことは言わない。何か裏があるか。あるいはただのもの好きなのか。
「口外しないって、あなたにメリットはあるんですか? どうにも信用し難いんですけど」
「……あはは、鋭いねぇ。そうだね、口外しないのはあくまで弁論大会が終わるまで。そこから先は自由にさせてほしいな。その代わりキミらに対しての協力は惜しまないから」
何度も言っているが、正直な話もう隠し通すことは厳しい。それを踏まえて弁論大会までの黙秘の提示。それに加えて僕達とのパイプを築くという魂胆なのだろう。上手く隙をついてきた、といったところだろうか。交渉を持ち出したタイミング、それにその条件。そのうえ事実確認をしたことで逃げ道をつぶされた。このトルカという人物、見かけによらずかなりのやり手のようだ。
「……僕はこの話、乗ってもいいんじゃないかと思う。ディエル、それにクロエラさんはどう思います?」
警戒はしているがこのまま逃がしてしまっては何を言われるかわからない。乗ってもいい、とは言ったが実際は乗せられたといっても過言ではない。
「……俺は弁論大会まで明確な情報が出回らないのであれば文句は無い」
ディエルが淡々と答えた。嫌そうな顔をしながら答えたのはおそらくトルカのことが気に入らないからだろうか。まあどちらにせよ問題はクロエラの方だ。モルスの立場が完全隠蔽である以上、クロエラがすんなりはい、大丈夫と答えるとは考えにくい。だがそれは杞憂であった。
「私は正直にいうと賛成しかねますが、この状況では致し方ありませんね。リオン様に一任します」
どうやらこの状況を理解しているらしい。そしてこちらを見るクロエラの目には信頼の色が現れていた。僕のことを信頼してくれているのだろう。いきなり約束を守れなかったことに申し訳なさを感じつつも僕はこくりと頷いた。
「……とのことです。この取引、乗りましょう」
「話が分かってもらえてありがたいよ。じゃあ、よろしくね」
そういってトルカは僕に右手を差し出した。僕はわずかにためらったのちに、その白くて小さな手のひらをしっかりと握り返した。トルカは子どものように無邪気な笑顔を浮かべ、微笑んだ。
――――――
「……それで、情報を漏らしたやつってのは一体誰なんだ?」
ディエルがもう我慢できない、といった様子でトルカに聞いた。
「まあまあそう焦りなさんな? ……これはあたしの見立てで確定ではないんだけどね。あ、まああたしの見立てにほぼ間違いはないから正しいと思ってくれて構わないんだけど……」
「いいから早くいってくれ!」
声を荒げるディエルのことを怪訝そうに見た後、トルカはゆっくりと声を潜めて言った。
「反王族組織アンチクラウン、って言ったらわかるかな?」
「っ!?」
アンチクラウンといえば、ここ最近よく話題に上がっている秘密結社の名前だ。厳密に言うと政府側が勝手にそう呼んでいるだけなのだが、その所以は彼らのトレードマークにある。逆さの王冠に上から短剣が突き刺さったマーク。これはつまり、リグアナルドの王族を批判することに当たる。故にアンチクラウン。このマークが世間に出回った際は王族批判ということでかなり問題視された。警察もこの組織を逮捕しようと大規模な捜査を行ったのだが、そのマーク以外の情報は何一つとして得ることができなかった。そのため、警察も明確な犯罪が起きていない事も相まって、捜査を半ば諦め現在に至る。活動内容に関しては機密事項のリークや、反王族派閥の拡大などを行っているとされるが実際はどうなのかは誰にもわかっていない。
「アンチクラウンがこの漏洩を行った、っていうのか!? なんでそんな輩が……」
「んー、まあやっぱし弁論大会がらみだろうね。ここからは何の証拠もないあたしの想像になっちゃうけど……。なんでも、異世界を否定したモルス氏は現国王と深いつながりがあったらしくてね。異世界の存在をなかったことにしたって事実を無理矢理国王に押し付けたいのかも。ちょっと押しが弱いけどあたしはそう睨んでる」
本当にトルカの言っている通りなのなら、僕らは関係のない政略に巻き込まれた、という訳になる。それに気が付いたディエルは、当然怒らないわけがなかった。
「そんなの、勝手すぎるだろ! 大体何なんだアンチクラウンって! ……くそっ、せっかくここまで来たってのに、どうして」
「何度も言うようだけどアンチクラウンは未だに謎多き組織。これが真実かどうかはわからない。そこであたしにいい考えがあるのだよ諸君!」
「いい考え?」
クロエラが首をかしげて続きを待った。しかし、クロエラの待っているような返事は帰ってこなかった。
「うん、知りたい? ……じゃあそれはこの生物に合わせてもらってから教えてあげる。こっちの情報ばっかじゃ割に合わないしね」
そう言いながらトルカは再び例の写真を僕たちへ向けた。
「……ディエル。頼む」
僕がそう短く言うとディエルはしぶしぶ、といった様子で乱雑に置かれた研究機材の山の中から銀色のケージを取り出した。そこにはヨシノの家族、ミコがいた。




