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僕と私の異世界革命  作者: 空原琉火
第一章 波乱の胎動
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第一話 未曾有の現象

 果てしない脱力感。決して眠いわけではなく、かといって何かする気にもなれないような、そんな気分。僕はそんな無気力さにとらわれて、今日も今日とて研究室の机でだらだらとしていた。研究室唯一の窓からは、空の真上に上る太陽の光が差し込んで僕の目の前、研究デスクの上を照らしている。机に頬杖をついていた僕はその強烈な光線を避けるように立ち上がり、日差しの当たらない位置にあるソファへと向かう。眠たくはないが、寝転がれば昼寝のひとつくらい出来るだろうと、僕はため息をついてからソファにどさりと体を預けた。

 その直後、まるでそれを見計らったかのように研究室のドアが乱暴に開かれた。


「うわぁっ!?」


 思わず変な声を出してソファから飛び起き、部屋の入口の方に視線をやると、そこには背の高い白衣の男が一人、肩を上下させて立っていた。


「リオン! やった、やったぞ遂に……!」


 開口一番、その男は興奮気味に声を張り上げた。彼の名はディエル=マーセダル。僕の古くからの友人で、いまでは少なくなった異世界を研究する学者の一人だ。友人の姿を確認した僕は安心して再びソファへと腰を落とす。


「なんだ、ディエルか……。驚かせるなよ、ノックぐらいしてくれ」


 僕の苦情を完全に無視して、ディエルはずかずかと僕の方へと近づいてくる。そしてソファの目の前に立つと、いきなり両肩をがっしりと掴んで言った。


「なあ……リオン……。あったよ、異世界。あったんだよ……!」


 目を輝かせているディエルを見て、僕は再び大きなため息をついた。そして両肩の腕を手で払う。生憎僕は異世界信者じゃない。親友だとは思っているが、こうも毎度毎度目を輝かせて僕のところに来られるとさすがにうざったく思えてくる。加えて、存在しないという事がわかっているのが余計に奇妙な罪悪感を感じさせるのがまた嫌でもあった。


「またそんなこと言ってるのか。この間みたいにゴキブリは実は異世界からやってきていた! ……っていうのが根拠だなんて言い出すのはやめてくれよ?」


「はあ? ……何言ってるんだ、そんなばかばかしい事じゃないんだ! 開いたんだよ、ゲートが!」


 ばかばかしいって、前に自分で言ってたことじゃないか。そんなきつく返さなくてもいいだろうに。……そう思いながらも僕はソファに座りなおして体制を直す。どうやら冗談などではないらしい。じっと僕を見つめるディエルの目は、真剣そのものであった。


「ゲートって、この世界と異世界をつなぐ場所のことだよな。……異世界なんてない。何かの勘違いなんじゃないか?」


 異世界など存在しない。これは現代においては常識中の常識だ。そんなもの、あるはずがない。僕は半ば諭すようにディエルに言った。

 あの日、異世界は存在しないという断言を聞いた何人もの学者たちが異世界研究から身を引いた。ところが、異世界研究なんて無駄でしかないという世論が高まる中、ディエルは諦めずに研究を続けた。あれから今日にいたるまで、ディエルは異世界研究一筋でずっと頑張ってきていた。友人としてはそういうのを見ているとなんだか報われてほしいなとも思うのだが、生憎もう存在しないという事実が判明している事だ。最近はいつまでもあきらめないディエルを見ることが少しつらくなってきていた。もちろんそんなこと無駄だからやめろと、僕も何度も止めた。それでもディエルはやめなかった。いくら例の目的があるとはいえ、一体何がそこまで彼を異世界研究に没頭させるのか、僕には到底理解できなかった。


「勘違いなんかじゃない! 確かに開いたんだ、ゲートが。今も開いてる!」


 ディエルは懲りずに引き下がってくる……ん?今も開いてる……?

 僕が再び口を開こうとすると、それよりも先にディエルがよし、といって僕の腕をつかんだ。


「……わかった! とりあえず俺の研究室に来てくれ! お前だって昔は異世界にあこがれて研究してたんだからきっとわかるだろ? 直接見れば信じざるを得ないだろ?」


 無理矢理僕を立ち上がらせるとディエルは速足で研究室の出口へと僕を引きずる。僕は三度目のため息をつき、おとなしく彼に従うことにした。この場合、無駄に抵抗をする方が疲れる。さっさと現場を見てさっさと戻ってこよう。

 ……にしても、よくもまあ唐突にカミングアウトをかましてくれたものだ。異世界研究を昔やっていたなんて今では恥ずかしくて、とても口には出せない。世間で異世界というのは子供の戯言でしかないのだ。いくら昔の、子供のころだとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。大人になってから子供時代の創作を見ると恥ずかしいと思うのと同じだ。

 まあ、今は大っぴらに言われてもそれを聞いているのは研究室で飼っている手乗りの小鳥、ピールだけだ。それほど気にすることもないか。


「あ、でも今のフレーズ覚えられたらどうしよう……」


「なにぶつぶつ言ってるんだ? 早くいくぞ!」


 そう言うや否やディエルは再び僕の長めの白衣の袖を掴もうとする。僕は慌てて手を引っ込めて彼に従った。

 四階にある僕の研究室からディエルの研究室までは階段を一つ上って少し歩いた先だ。かかってもせいぜい五分くらいだろうか。

 この国には研究棟が東西南北に、合わせて四つの研究棟が存在する。僕とディエルの研究室はどちらも南研究棟であり、気軽に行き来ができる。

 ……ふと僕はディエルに対し、わざわざ僕の研究室まで来ずとも、呼んでくれれば良かったんじゃないだろうかと思った。結果そちらに行く羽目になるのなら最初から呼び出してくれればよかったのではないだろうか。ディエルにそのことを尋ねるとばつが悪そうに返事をした。


「俺は連絡手段がないの! ったく、何回も言わなかったっけか?」


「あー……、そういえばそうだったな。忘れてた」


 ディエルは僕の返答を鼻で笑う。


「……にしても、異世界か。最近、異世界研究部門の研究資金が減額されたって聞いたけど大丈夫なのか?」


「大丈夫なわけないだろ。…………だから……焦ってるんだよ……」


 後半の方はよく聞こえなかったが決して状況が芳しいわけではないらしい。研究者にとって、国から支給される研究資金はまさに命綱。それが途絶えたときが研究者としての命日だ。国からの研究資金提供の打ち止めは言わば死刑宣告。その点に関してはディエルが全霊をかけている事にも多少は納得できる。

 ……今回も失敗だったらディエルはどうするつもりなのだろう。僕と同じく、ディエルにも行く当てなんてない。その時は……ひとまず僕が面倒を見てやるしかないだろうな。僕にだってそんなに余裕はないが、だからといって見捨てる理由にはならない。

 僕がふと我に返ってディエルの方を見ると、彼もまた何か考え事をしている様子だった。しばらくの沈黙ののち、ディエルは独り言か、はたまた僕に対していったのかはわからないが、ぼそりと声を発した。


「この研究が本当に成功しているなら……、俺たちの苦労もついに実を結ぶ……!」


 苦労、か。たしかに本当に大変な日々だった。思い返すといい思い出なんて殆どない。いつ報われるともわからない、研究成功のために頑張ってきた。それは内容こそ違えど、僕ら二人にとってはとても大事な道だったのだ。大切な、目的を果たすために。

 そう、僕らは研究を成功させなくちゃならないんだ。故郷を取り戻す。ただそのために。


「この研究が成功したら俺、故郷を取り戻すんだ!」


「ちょ、おい! ディエル! 変なフラグ立てんな!」


 ディエルは頬を紅潮させて目をきらきと光らせていた。最初は僕も半信半疑だったが、そんなディエルの表情を見ているうちにじわじわと気持ちが高揚し始めていた。なんとなくいつもとは違うような、そんな期待感がこみ上げてくる。先ほどの倦怠感はどこへやら、頭ではありえないと思いながらも、気持ちのどこかでは成功してほしいとの思いが強くなる。

 それに……。僕だって男だ。異世界なんてロマン、そりゃあ期待しないわけがない。


「さあ、着いた。……いいか、ビビってアゴ外すんじゃないぞ?」


 ディエルの言い回しがおかしいのは昔からだったからこの時もさして気にせずスルーに徹する。そのうえ状況が状況だ。ディエルの言葉選びなんぞこの際どうでもよかった。

 目の前の扉に書かれた異世界研究室の文字が僕の気持ちをさらに高ぶらせる。この扉の先にあるかもしれないのだ、待ち望んだ未来が。僕らの長年の苦悩が報われる、その成果が……。


「もったいぶらないで早く開けてくれディエル!」


 無言でディエルが頷き、ドアノブにゆっくりと手をかける。そして一度深呼吸をしてからノブを右にひねり、ドアを引いた。ガチャリという音と共に、扉がゆっくりと開く。我先にと、僕たちはすぐさま中をのぞいた。





「こらミコ! ええ加減にせえよ! 人様のうちじゃけえおとなしくしや!」


「……は?」


 部屋の中には一匹の動物とそれを追いかける少女がいた。僕とディエルはその状況が理解できず、ポカンとした表情でしばらくその様子を見ていた。しかしすぐに我に返り、僕はディエルに疑問をぶつけた。


「……え、えっと……これは? ディエル、くん。……どういう状況??」


 未だ唖然とした表情で、心ここにあらずといった様子のディエルからの返事は一向に返ってこなかった。

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