第一八話 記者トルカ
新聞の一面には、ディエルが異世界とのゲートを開くことに成功した事、そしてそこから未知の生物がやってきているらしいという事が書かれていた。そして大きく載っている写真、というよりも似顔絵だろうか。そこに載っていたのは紛れもなくミコそのもの。僕はそのポーズに見覚えがある。僕とヨシノがミコ探しの時に使った似顔絵だ。
「クロエラさん、これをどこで?」
「町中でばら撒かれていました。……それはもう隠し通す事が不可能なほどに」
クロエラがわずかに皮肉めいた口調で言った。僕は言葉が出なかった。
「……ところで、そちらの方は先ほどリークされた、と言いましたよね。つまりまだ異世界のことは周りに明かしていなかったという事ですか?」
「もちろんですよ。弁論大会で注目を浴びるためにはインパクトが必要ですからね、直前まで黙っているのは当然です」
僕が知る限り異世界の存在を知っているのはディエル、僕、シャノン、クロエラ、モルスの五人。このうちの誰かが漏らしたとは考えにくい。僕、クロエラ、モルスが口外することはまずない。シャノンもこのことを知ったのはつい昨日のことだからありえない。一番話してしまいそうなディエルも本気で驚いていたところを見ると漏らしたとは思えない。そう考えるとやはり盗み聞きの類が一番可能性としては高い。でも一体誰が……?
「あの、……あなたは誰?」
ディエルがずっと気になっていた、といわんばかりに尋ねた。
「あ、ああ。この人はクロエラさん。……腕利きの護衛だよ」
僕はモルスの事は念のため伏せて紹介した。ミコの一件以来、僕はどうにもディエルのことを信じることができなくなってしまっていた。そのため、同じ異世界研究者のモルスの存在を教えるのは何となく抵抗があった。
「それで、クロエラさんはその犯人に何か心当たりってありますか?」
僕の質問に彼女は、顔をしかめて答えた。
「いえ、残念ですが私にもわかりません」
「そう……ですよね。じゃあ、一体誰が?」
そこにいる皆が一様に言葉を失い、しばらくの沈黙が研究室に充満した。そんな僕たちに突然一つの声が掛けられた。
「あたしはその答え、知ってるよ〜」
ハッとして一斉に声のした方を見る。それは研究室のドアの方ではなく、涼しげな風の吹き込む窓の方であった。
「誰だ、君は!?」
ディエルが驚き、やや大きめな声で問いただした。窓枠に腰掛け、足をプラプラさせながらニヤニヤとこちらを見ている少女がそこにはいた。綺麗な水色の髪を頭の後ろで団子状に纏めている彼女は、大きなくりっとした目や低めの身長から幼い少女という印象をもっている。格好はというと、下はショートパンツ、上には明らかに大きいサイズのジャケットを羽織っている。そのジャケットが余計に彼女の体つきの幼さを強調していた。
「君って……、いま見下したでしょディエルさん。あたしそんなに幼くないよ?」
「!? ……俺を知っているのか?」
「もちろん、知ってるよ〜。ディエルさんにリオンさん、それからそっちのお姉さんはクロエラさん、だよね?」
少女は目をつむりながら人差し指をピンと立て、スラスラと僕達の名前を暗唱した。僕やディエルの事を知っているのはまだ分かるが、クロエラまで知っているとはこの少女、一体何者なのだろうか。
「……何者なのだろうって思った? ふふん、教えて差し上げよう! わたし、こういうものです」
そう言って彼女はよっ、という声と共に窓枠から飛び降り、僕の前までやってくると、左肩にかけた肩掛けカバンの中から手のひらほどの大きさの紙切れを手渡した。
「……パーシーナ新聞社……トルカ? ……えっと、記者ですか?」
見た目からはとても記者には見えないが、クロエラを知っているという理由としてはなるほど納得がいく。トルカという名らしい少女はどや顔をして、胸を張りながら改めて自己紹介をした。
「いえーす! ご覧の通り、あたしはパーシーナ新聞社の記者です。どうぞよろしくっ!」
トルカはどこかからキラッとかいう効果音が聞こえてきそうなピースを顔の前にかざして決めポーズをとった。
「……それで、犯人を知っているというのは本当なのか?」
ディエルが待ちきれないといった様子で問い詰めた。
「うわーあたしの渾身の決めポーズをスルーとか傷つくなぁ。……あ、そうか。毎日研究棟に引きこもってるからコミュ力が致命的なのかぁ」
「……なんだと? 貴様、人をおちょくるのも大概にしろ!」
「そーんな態度取るなら教えてあげるのやっぱやめよっかなぁ」
トルカはニヤニヤとしながらディエルを挑発した。ますます子どもらしい様子を露わにする彼女を見ながら僕は密かに眉をひそめた。面倒だがせっかく情報を得られるチャンスなのだ。情報の真偽はともかくこれを逃すわけにはいかない。
「すいません、ディエルはちょっと気が立ってるだけなんです。どうか教えてくれませんか」
いきり立つディエルを片手で制しながら僕はトルカに頭を下げた。
「ふうん、リオンさんはなかなか賢い人みたいだねぇ。よしよし、そこまで言うなら教えてあげましょう。……もちろんタダとはいかないけどね」
そういうとトルカはニヤリと笑い、カバンから一枚の写真を取り出してこちらに見せた。そこに写っていたのは件の生物、ヨシノの飼い犬のミコであった。
「この生物に会わせてくれるなら、あたしも最大限の情報を提供すると約束するよ」
そう言ったトルカの顔からは、先ほどまでの幼さは微塵も感じられなかった。




