第十五話 幸せの時間へ
「まったく、女性を奇襲するなんてやっちゃだめでしょう」
兜の中の女性はロクソール食堂のエレティアによく似た顔立ちをしていた。ただエレティアほどたれ目ではなく、涙ぼくろもない。黒髪も頭の上の方できゅっとまとめられていた。そういった特徴からエレティアに比べて非常に活発な印象があった。
「ティルフィアさん! 大丈夫だった?」
シャノンが牢の中から心配そうな声で話しかける。
「あー、だいじょぶだいじょぶ! ……にしても対魔法装甲ってのも欠点があるんだね。まさか氷の上をすべるとは……」
「その鎧、すごい重そうだし一回バランス崩したらすぐにすってん、だね!」
「ほんとにね! まったく困ったもんだわ」
唖然とする僕とヨシノをよそに、二人は仲よさそうに談笑を始めた。
「あ、あのこれは一体?」
僕が尋ねるとティルフィアがああ、そうだったというふうに返事をした。
「そう! リオンだよね! いやぁ懐かしいなあ、こんなに大きくなっちゃって~」
ティルフィアはそう言いながら防具でゴツゴツとした手で僕の頭を撫でた。
僕はこの人のことはエレティアから口頭でしか聞いたことがなかった。僕が本当に小さかった頃はよく世話をしてくれていたらしいのだが、いかんせん子供の時の話だ。それらしい記憶は完全に忘却の彼方へと消えてしまっていた。
「んでんで? そっちの可愛い娘は? 彼女?」
「ヨシノっていうなかま、なんだって!」
シャノンが若干食い気味にヨシノを紹介する。先ほどからやたらとヨシノに突っかかっている気がするのだが気のせいだろうか。一方そのヨシノはというと可愛いと面と向かって言われて赤面していた。
「そ、そんな可愛いだなんてお世辞やめえや!」
ここがどこだったかつい忘れてしまいそうになるような光景だった。じめじめとして陰鬱な空気が充満した地下で、女性が三人、しかもうち一人は牢屋の中だというのにこの盛り上がりだ。
「なにこのカオス……」
先ほどまでの緊迫感はどこへやら、鉄格子の前で行われているのは女子会。僕はそれまでの緊張や使命感がぷつりと音を立てて切れた気がした。そのまま僕は地面にへたり込んだ。
「僕の頑張りって何だったんだろう……」
そんな僕の様子に気が付いたティルフィアが再び声をかけてきた。
「にしても、リオン、どうやって地下に入ったの? 許可、下りたの?」
「下りるわけないじゃないですか。……偶然にも転送魔法でここに飛ばされたんですよ。そういうティルフィアさんこそ警察官じゃありませんでしたっけ? なんでこんなところに?」
僕が気になっていたことを質問するとティルフィアは痛いところを突かれたという顔になった。
「あ、あはは……。実は一年前くらいに研究棟地下牢の警備の仕事に転職を……ね」
「転職って……。なんでそんないきなり。エレティアさんもそんなこと知らない様子でしたよ?」
僕が追及するとティルフィアはさらに顔が引きつり、声もだんだんと弱々しくなってきた。
「だ、だって……。こっちの方が仕事のわりに給料の羽振りがよかったんだもん! そんな理由で転職したなんてエレティアには口が裂けても言えないし!」
まさかそんなどうしようもない理由だったとは。僕は若干あきれつつもゆっくりと立ち上がって、本題に入ることにした。
「わかりました、この際その話はエレティアさんには黙っておきます。……シャノンが世話になってたみたいですし」
「……まあ、一年だけなんだけどね。私がここに勤め始めたときのシャノンは全然元気がなくて、それこそ抜け殻みたいだったよ。ここ最近になってようやく元気を取り戻してきたところだったんだ」
自らの過去を話されてシャノンが少し恥ずかしそうにやめてよーとか何とかティルフィアに向かって言っている。
……ああ、やっぱり。僕がいなくても何とかなったんじゃないか。そう思い、僕は何とも言えない喪失感に苛まれた。
「じゃあ、僕はシャノンを必死になって助けなくてもよかったんですね」
僕がうなだれてぼそりとつぶやくと、ティルフィアはにやにやとしながらこちらを見た。
「何々? もしかして私に嫉妬しちゃったぁ?」
僕は言い返す気力も起こらず、ため息をついた。すると僕の気持ちに気が付いたのか、ティルフィアは少しまじめな表情に戻って言った。
「ってのは冗談。……確かに、私が話をしてあげてたのは事実だけどさ。その話の内容は私が若干引くくらいリオンのことばっかりだったよ。……お兄ちゃんは絶対来てくれるよね、とか今何してるんだろう、とか」
「え……?」
僕は思わず顔を上げ、シャノンの方を見た。
「当たり前でしょ。私を助けてくれるのはお兄ちゃんしかいないって、私ずっと思ってたんだからね!」
シャノンがちょっとだけ顔を赤くしながら言った。
「……本当に?」
「ほんとだよ! ……もー、めんどくさいお兄ちゃんだなあ」
……ああ、また僕はなにを訳の分からないことを考えていたのだろう。前にヨシノが言っていた通りだった。シャノンはずっと僕を信じて、待ち続けていた。そんな情けない自分に嫌気がさした。そして僕はそんなシャノンの顔を見て、先ほどの再会の時よりも胸が熱く、苦しくなった。
「それに、本当にシャノンを助けられるのはリオンしかいないよ」
ティルフィアが僕の肩をポンとたたきながら口をはさんだ。
「……あ、ほら! 私はシャノンのこと逃がしたら速攻で今の仕事クビになっちゃうから! 私は知らないうちに鍵を落として、シャノンは知らないうちに逃げてしまったんだよ」
そういってティルフィアは懐から鍵の束をすっと取り出し、そして地面にかしゃんと音を立てて落とした。
「ティルフィアさん……! ありがとうございます!」
僕が頭をめいいっぱい下げてお礼を言うと、ティルフィアは手をひらひらさせながら答えた。
「いいっていいって、その代わり転職の話は内緒で頼むよ?」
「もちろんです!」
急いで鍵を拾い、格子戸をあけると中からシャノンが飛び出してきて僕に抱き付いた。
「お兄ちゃん!」
密着するシャノンの成長した身体に少しだけドキドキしながら、僕は改めて妹との再会を喜んだ。
……さて、これからどうするか。なかなか離れないシャノンをようやく体から引きはがし、先ほどから蚊帳の外になっていたヨシノにも聞こえるように話を始めた。
「さて、シャノンも救った。あとはミコを捜すだけだ。探索魔法紙を見る限りこの階にはいなさそうだし、ひとまず僕の研究室に戻ろう」
僕が呼びかけるとヨシノがうなずいた。シャノンは何のことかわからないといった顔をしていたがミコのことはあとで説明するとしよう。それから先ほど話さなかったヨシノのことも話しておかなければ。
「ほかの牢番の兵士もいるから出口までは私が案内するわ。さみしくなるけど……またきっとどこかで会いましょ!」
少しだけさみしそうな顔をしてティルフィアが言った。シャノンも悲しげな表情をして、ティルフィアに抱き着いた。
「ありがとう! ……またいっぱい話そうね!」
そんな二人の様子を見届けてから、僕たちはティルフィアの案内のもと、無事に地階を抜けだした。それほど長時間の外出ではなかったにもかかわらず研究棟の中がとても懐かしく感じられた。
僕たちはティルフィアに別れを告げると、研究室へと向かった。久しぶりの自分の居場所へと戻るのだ。気分はさながら、長い旅行から家に帰ってきたときのようだった。
研究室の前に到着し、僕はふうと少し息を吐いた。そして少しだけ気合を込めて研究室のドアを開けた。
……またしてもピールが中から飛び出してきた。だが、あの時とは違う。今回のピールは涙こそ流していたがその顔にあったのは驚き、そして喜びの表情だった。
「……おかえりっ!! シャノン!」
まるであの楽しいひと時が、再び戻ってきたかのようだった。




