第十四話 唐突なる再会
そこにいたのは、見まごうことの絶対にない存在。まぎれもなく、僕の妹だった。
「本当に……お兄ちゃんなの!?」
今にも泣きそうなその声の主は、どたどたと音を立てて格子に近寄ってきた。その少女の顔を見た僕もあまりのなつかしさ、そして無事だという事実を目の当たりにして思わず目頭が熱くなった。
明るみに現れたシャノンは幾ばかりか背が伸び、体つきも随分と大人びていた。顔だちにおいてもわずかにやつれてはいるが、すっかり大人の女性といった印象になっていた。
「ああ勿論だ、シャノン……! 大きくなったなあ! ……無事に暮らしていたか?」
僕たちは格子越しに手を取り合い、実に二年ぶりの再会を分かち合った。ほかにもまだまだたくさん話したいことがあるが、いまは何よりも無事だったということが何よりもうれしかった。
「……あの、感動の場面に水を差すようで悪いんじゃけど、あんまりのんびりもしてられんみたいじゃ」
少し離れたところで僕たちの再会を眺めていたヨシノが、先ほどから手に持っていた一枚の紙を広げて言った。
「お兄ちゃん、この人は?」
「ああ、まあちょっといろいろあってね。説明すると長くなるから、そうだな……。単純に僕の仲間だと思ってくれ。ヨシノっていうんだ」
シャノンはほんの少しだけ疑わし気な表情を浮かべてヨシノを見た。ヨシノはというとそんな顔でじっと見つめられているのが嫌だったのか、こちらも不快そうな様子で見つめ返していた。……どうしてこんな険悪な雰囲気になっているのはわからないが、今はヨシノの言葉の方が気になった。
「……え、えっと、それで。のんびりしてられないってどういうこと?」
僕が尋ねるとヨシノははっとしたように僕の方を見て言った。
「あ、それが。さっきクロエラさんが別れ際に渡してくれた探索魔法紙を見たら、真っ赤っかな点がいくつか乗っとって、しかもそれがだんだんこっちに近づいて来とるんよ」
「真っ赤!? ……まずい牢番の兵士だ! こんなところにいるのがばれたらまずい!」
研究棟の地下牢には危険な生物だけでなく貴重な資料等も保管されている。そのため、万が一ここに入り込まれた場合に備えて、牢番の兵士が常に巡回をしているのだ。ふと耳を澄ますと、遠くの方から重たそうな鎧がガチャンガチャンと音を立ててだんだんとこちらに向かってきているのがわかった。
牢番の兵士は点が赤いことからも分かるように、かなりの手練れだ。しかもそれは魔法面だけの話じゃない。剣術等の体力面においてもだ。こんなところにいるのが見つかったらどうなるかわからない。無論、倒すなんて選択肢はない。僕らにはとてもじゃないが太刀打ちできるようなあいてではないのだ。……かといって、せっかくクロエラのドジのおかげで地階に侵入できたのだ。このままシャノンをおいて逃げるわけにもいかない。……どうするべきか。
「のおリオン、牢屋の鍵ってどこにあるんじゃろう?」
ふいにヨシノが尋ねてきた。鍵ということはシャノンを救う、いい作戦でもあるのだろうか。
「鍵はたしか牢番の兵士が持っていたはず。……だけどとてもそんなの奪えない」
「リオンは氷魔法が使えるんじゃろ? それで何とか出来んのか?」
森の中での一件を経て僕は自らの氷魔法にはすっかり自信を無くしていた。仮に変わらず氷魔法に自信があったとしても、今回に限っては勝ちようがないだろう。
「残念だけど氷魔法で牢番を倒すことはできないし、氷でこの牢の鍵を生成することもできない」
「……いや、そんなことせんでも大丈夫じゃ! 私にいい考えがあるけ、協力してもらってもええかの?」
僕の脳裏にはほんのわずかながらも、僕の魔法で勝てるシーンが浮かんでこなかった。だがこれまでともに行動し、切り抜けていった過去を想えば自然とヨシノを信じる気持ちになることができた。僕は覚悟を決めて、返事をした。
「僕なんかの氷魔法が役立つのなら……! いくらでも!」
その言葉を聞いたヨシノはうれしそうな顔をしながら作戦のあらましを僕に話してくれた。
「…………というわけなんじゃけど、どうじゃろ? ……こういっちゃ何じゃけど、クロエラさんを思い出したら浮かんだんじゃ」
ヨシノの作戦、それはとてもシンプルでわかりやすいものだった。簡単に言ってしまえば、僕の氷魔法で牢番の兵士の足元を凍らせ、転ばせようというものだ。ライオンの時は失敗した氷魔法だが、大賞の距離が近ければどうということはない。対象の至近距離に潜み、うまいこと転ばせる。そして、鍵を奪うのだ。
「……よし、やってみよう」
僕たちが準備を終えた頃には赤い点々と鎧の音はもうすぐそこまで迫ってきていた。僕は急いで牢番が通りそうな道の物陰に隠れた。背後にはちょうどシャノンの入れられている牢がある。
赤い点が近づくにつれて大きくなる鎧の音が僕たちの緊張感を一層高める。僕たちは言葉を交わさず、ただごくりと音を立ててつばを飲み込んだ。
「……来た」
そしてついに僕たちは牢番を目にした。想像通りの重たそうな鎧を着こんだ人影が歩いてくる。腰には剣も備わっている。僕たちの心臓は高鳴った。一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。
「まだ、もう少し……」
僕は手のひらを地面につけて待機した。ぎりぎりまでひきつけなければ、転ばせることはできない。それどころか転ぶ前に気付かれてジ・エンドだ。
「まだ……まだ…………」
あともう少し。もう少し。
「よし今だ! くらえ!」
「あっ! お兄ちゃん! その人は……」
僕が氷魔法を放ったのと同時に、背後の牢の中からシャノンの声が放たれた。
「えっ?」
僕がその声に驚き振り返ろうとしたとき、牢番は僕の氷魔法に見事に足を取られていた。そしてまるでスローモーションのようにゆっくりと鎧は倒れていく。
ドシンという鎧が倒れる音が響くのと同時にその中から小さく、うっといううめき声が聞こえた。どこかで聞いたことのあるような声であった。僕はそれがだれかはわからなかったが、倒れた衝撃で兜が取れ、露わになった素顔をみて思わず目を見開いた。
「その人はティルフィアさんだよ! ロクソール食堂のエレティアさんのお姉さんの!」
女性の牢番、もといティルフィアは鎧越しに打ち付けた後頭部を、参ったといった様子でさすっていた。




