第十三話 それぞれの家族
「この森にヨシノ様が捜している家族はいませんよ」
クロエラが淡々とした口調で言った。
「じゃけど、ディエっちは確かにここにいるって言っとったけん! ……そうじゃ、家族って言っても私の捜してるのはミコっていうモフモフの動物なんよ! 人間だって勘違いしたんじゃろ!」
まさかディエルが嘘をついていた、なんてことはヨシノにはとても信じられなかった。
「あなたが捜しているのが犬だということはわかっています。残念ですがこの森にはいません」
「……そんな、犬じゃからって諦めろってことなんか!? ミコは確かに犬じゃけど、私にとっては大事な家族なんじゃ!」
「家族……」
クロエラがぼそっと言った。
「別に家族を見捨てろなんて、言ってません。家族の大切さは私も痛いほど知っているので」
クロエラはうつむいて、神妙な顔をした。そして何かを決めたように、話を始めた。
「少し、話をさせてください。聞かなくてもいいですが」
ヨシノは少し高ぶった感情を抑えながら、口を閉ざした。
「……私は物心ついたころから一人でした。いわゆる孤児です。私の覚えている一番最初の記憶は孤児院で先生にお叱りを受けている場面。私はその時から、ドジばかりしていました。怒られた内容もたしか先生にお茶をかけてしまった、みたいなドジによるものでした。小さいころから私は友達もほとんどおらず、ずっと一人でした。ただ魔法を使う才能に長けていたらしく、成人を迎えた私はそのまま護衛・警備の仕事に就きました」
ヨシノは少し意外だった。そもそもこの世界の孤児院事情に詳しいわけではないが、彼女の世界では孤児というとやはり珍しい存在であった。そのためクロエラは孤児だったのか、と驚いたのだ。
「護衛の仕事に就いた私は、そこでもいくつもの失敗をし、ついには次にミスをしたらお前はクビだとまで言われました。私は独りで、誰にも相談できずに辛い思いをしていました。……そんな時に受けた仕事が現在の主人、モルス様の護衛だったのです。それまで生きてきて、私のドジを誰もがバカにし、笑いものにしました。ですが、モルス様は違いました。私のそんなドジな性格を、彼はこういってくれたのです。『そんなドジな性格も、君をかたどる大事な、とてもいい個性のひとつじゃないか』と」
クロエラの目は当時を思い出して感極まったのか、涙で潤んでいた。
「そして彼は私が孤児だということを聞いて、こうも言いました。『こんな追われる身の私でもよければ、いくらでも家族になってやる』……私はその時、生まれて初めて人の前で号泣しました。そんなふうに大切にされたことなんて一度もなかったのですから。それから私はモルス様を、家族を絶対に失うまいと、一生ついていくと決めたのです」
ヨシノはクロエラの過去を聞いて、思わず恥ずかしくなった。この人に比べたら、自分はなんて恵まれていたのだろうかと。仲は決して良くないが父だって母だって、姉だって弟だっている。ヨシノは反省した。
「……あの、すまんかった。なんにも知らんで当たってしまって、本当にすまん!」
クロエラは目じりの水滴をぬぐい、微笑んだ。クロエラの微笑みを始めて見たヨシノは思わずどきりとした。
「クロエラさんは、笑っとったほうがええな!」
「……ありがとう、頑張ってみます」
クロエラはふふっと声を出して笑いながら言った。
「……それで先ほどの話に戻るのですが、あなたの家族がこの森にいない、というのにはちゃんと根拠があります」
そう言ってクロエラは机の上に右手をかざした。すると机の上には見覚えのある、あの無数の点が現れた。
「これは私の探索魔法です。私は魔力量が多いのでその分、あなた方の持っていた探索魔法紙よりも広範囲を調べることができるのです」
ヨシノは机の上を見渡した。だが青い点は二つ。ヨシノのものと、先ほどのライオンのものだけであった。
「確かに、青い点はないみたいじゃのう。……それじゃあミコは一体どこに?」
「あらゆる場所を探して見つからなかったのですよね。……でしたら、意外と近くにいるのかもしれません。研究室に戻ってから探索魔法を試してみてはどうでしょう」
クロエラはそういいながら地図ほどの大きさの、丈夫そうな紙を取り出した。そして両の手のひらをその紙にぺたりとつけると、紙は一瞬だけ光を発した。
「この紙に先ほどのものよりも広範囲の探索魔法を込めました。ちょうどあなた方のものは効力切れになる頃ですし、これを持って行ってください」
「あ、ありがとう! なんだかものすごく世話になってしもうたね」
「お気になさらないでください。久しぶりに主人以外の人間と会話ができて私も非常に有意義な時間を過ごせました」
二人は短い時間ながらも、とても仲がよくなり、互いに握手をした。二人は互いに、不思議な絆で結ばれたように感じていた。そしてその顔は優しく、幸せそうなものであった。
モルスとの会話を終え、客間へと戻ると、ヨシノが再三クロエラにお礼を言っていた。いつの間に仲が良くなったのだろう。そんな二人を見て、モルスも微笑んでいた。
「さて、ではそろそろ本当に出発しないといけないので。……本当にお世話になりました」
残念ながらミコは見つからなかったが、代わりにいろいろな話を聞くことができて僕はかなり満足をしていた。何よりゲートの開き方と、バレないように重大な内容の論文を発表する方法を聞けたことはかなり大きい。もちろんミコ捜しもやらなければならないが、研究室に帰ってからやることは山積みだ。早く帰らなければ。
「……ここからまた森を抜けて帰るのは大変でしょう。クロエラは転送魔法も使えますので、どうぞ送ってもらってください」
転送魔法までこなせるのか、この使用人は。僕はクロエラのハイスペックさに半ば驚愕しながらも、お願いすることにした。
「ではお二方、この円の中に入ってください」
そういってクロエラは外に出てから地面に石灰岩を使って丸い円を描いた。僕たちがその円の中に入ると、クロエラはすっと両手を円のふちに添えた。
「お気をつけて。また機会があれば、いつでも遊びにいらしてください。我々はあなた方をいつでも歓迎しますので」
モルスがそう挨拶をすると、円の内側がぱっと光り始めた。
……未知の獣に襲われ、一時はどうなることかと思ったが、結果的によい出会いが待っていた。僕は先ほどまでの時間をかみしめながらも、目の前に迫った目的に照準を合わせて気合を入れなおした。
「準備はよろしいですか? ……それでは、リオン様の研究室へと転送します」
ヨシノはもちろん、僕も転送魔法の経験はないため、思わずごくりとつばを飲み込んだ。
「では……う、うわ! ゴキ!? ……あっ!」
「……え?」
突如、クロエラは足元を動いた黒い生き物に驚き、少しだけ手を放した。クロエラのあっ、という声を聴いて不安に駆られた僕たちは、その気持ちのまま光の中へと消えていった。
……最後の最後で、クロエラは再びドジをしたのだった。
「……うう、ここは研究室……じゃない?」
僕とヨシノが転送されたのは研究室の中ではなかった。転送魔法が失敗したのだろうか?
……しばらく混乱していた僕は突然、あることに気が付いた。
「ここは…………まさか?」
僕は以前ここへ来たことがある。じめじめとした陰鬱な空気。鼻が捻じ曲がるような悪臭。普段は厳重な警備がなされていて、直属の上司の許可がなければ入ることができない場所。
……僕たちが転送されたのは、研究棟地下の牢がある階層だった。
「なんで、こんなところに? …………っ!」
あたりを見回していた僕は、一つの牢に気が付いた。自然と鼓動が早くなる。僕は速足でその労の前へと向かった。
そして一言、その牢に向かって声を発した。
「…………シャノン?」
僕の声に、牢の中でうずくまる一つの影がピクリと反応した。
「お兄……ちゃん……?」
その牢にいたのはまぎれもなく僕の妹、シャノンであった。




