第十一話 救済者の屋敷
ふかふかのベッド。心地良いそよ風。そんな永遠に続いてほしいとも思えるような環境の中、僕は目を覚ました。
「……あれ。生きてた……?」
胸の辺りをさすると、包帯が巻かれているのがわかった。だが傷口は閉じているらしい。痛みもそれほどなく、明らかに治りかけていた。
「……?」
僕がゆっくりと体を起こそうとすると、左の手が何かに触れているのを感じた。何かと思い、そこを見るとヨシノが僕の左手をぎゅっと握りしめているのを見つけた。ベッドに突っ伏して眠っている。
「起こしちゃ悪いか……」
僕はもうしばらく起き上がらず、このままでいることにした。
……にしても、ここは一体どこなのだろう。やはり森の中なのだろうか。それにあれだけの致命傷をここまで治してくれたのは誰なのか。かなり深手だったはずだが、ここまで治すとはなかなかの腕だ。
順当にいけばこの建物の持ち主だろうが、大森林に人が住んでいるなんて聞いたことがない。先ほどの異世界の生物と言い、わからないことだらけだ。
「お目覚めですか」
ふいに声がかけられた。部屋の入り口に目をやると、そこにはメイド服を身をまとった、とても大人びた女性が立っていた。美しいロングの黒髪をもつその女性は普段からなのかは分からないが、むすっとした表情をしながらこちらへと歩いてきた。
「この屋敷の使用人を務めております、クロエラと申します。どうぞよろしくお願いしま……ぶ!」
「……え?」
こけた。クロエラは特に何かあるわけでもないのに急にこけていた。僕がそれをポカンとした表情で見ていると、その音で目を覚ましたのか、ヨシノがむくりと顔を上げた。
「……んー? ……っ! リオン! よかった、目を覚ましたんじゃな!」
「あ、ああ。ヨシノも無事でよかった」
……本来ならば感動のシーンなのだろうが、ベッドのすぐ近くにメイド服の女性がぱたりと倒れているという状況がなんともシュールな空気を生み出していた。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
僕がクロエラに声をかけると、ようやくヨシノも倒れているのに気がついた。
「あっ! クロエラさん!」
そう叫んでヨシノはクロエラの元へと向かって助け起こした。
「クロエラさんが私たちを救って、傷も治してくれたんよ。感謝せんといかんね!」
……この人が?僕を治してくれたのか?何となくドジっぽいけど本当だろうか。半ば信じられないが、ヨシノが言っているのだし、嘘ではないのだろうが……。
「あ、あのクロエラさん。ありがとうございました」
僕が礼を述べると、クロエラは先ほど豪快にぶつけた額をさすりながら返事をした。
「私わたくしは我が主人の命令に従ったまでです。決して私の意志ではありませんので。ゆめゆめ勘違いなさらないでください」
相変わらずむすっとしながら言ったが、赤くなった額がその雰囲気を完全に打ち消していた。何というか……これはいわゆるドジっこ、というやつなのか?
「さて、もう歩くこともできるでしょう。主人あるじが面会を求めておりますので、私に付いてきてください」
僕は立ち上がるのをヨシノに手伝ってもらい、床に足をついた。僕が着ていた服は引き裂かれていた上に自らの血で真っ赤に染まっていたらしく、側に代わりの服が用意されていた。僕はそれに着替え、同じく側に置かれていたナップザックをつかんで、クロエラのあとを追った。
僕たちが案内されたのは、いわゆる客間という部屋だった。中央には高級感の溢れる机があり、その両脇には見るからに心地よさそうなソファが置かれていた。
そしてその部屋の中では、一人の小柄な男性が僕たちを待ち受けていた。
「いやはや、ご無事で何よりです。助かって本当によかった」
その人物は白髪に白い髭を蓄えた年寄りで、彼のタレ目は見るからに優しそうな雰囲気を醸し出していた。
「あの、あなたは一体……?」
「ほっほっほ! ……いやなに、ただのしがない隠居ジジイですよ」
顔をくしゃくしゃにしながら笑う彼を見ているとなんだかものすごく落ち着く。自然とこちらも緊張感は薄れていった。
「でも、クロエラさんの治癒魔法はかなりのレベルじゃありませんか。そんな人と一緒に、どうしてこんなところにいるんです?」
ちょうど僕たちに飲み物を持ってきたクロエラを見ながら言った。
「こんなところ、だからこそですよ。ご覧の通り私はもうそんなに若くないのでね、街に行くのもひと苦労ですから。クロエラには使用人と同時に常駐医師のような役割も担ってもらっているのです」
そう言っているそばでクロエラがうっかり手を滑らし、飲み物を主人にぶっかける。
「……まあドジではありますが有能な子ですよ」
苦笑いをしながらびしょ濡れになった主人は言った。
「そ、そうなんですか」
僕はやや腑に落ちなかったがとりあえず相槌を打ち、クロエラの出してくれた飲み物を飲む。緑茶だろうか。眠っていたせいでからからになった喉はすっかりうるおされた。
クロエラにタオルで濡れた服を拭かれながら、主人はちょっと真面目な顔になってから言った。
「……それで、あなた方はこんな森の中で、一体なにをなさっていたんです?」
「あ、ええっと……。それは……」
「迷子になった私の家族を捜しとったんよ」
異世界のことは伏せておこうと思った僕が言葉に詰まっていると、ヨシノが助け船を出してくれた。正直に異世界のことを言っても信じてもらえないから、というのもあるが、下手に異世界の存在を知られるのはあまり得策ではないだろう。この理由からミコ捜しの張り紙にもモフモフの服を着た猫、とかいう風に書いてごまかしていた。
「家族……ですか? それはまた……。それでそちらの探索魔法紙を使っていたのですね。……ちょっと見せてもらっても?」
「ええ」
僕は話をしているうちにだんだんとこんなことをしている場合ではない、と思い始めた。こうしているうちにもミコは森の中をさまよっているかもしれない。それにさっきの生き物に襲われていることだって考えられる。人間の僕が一撃で瀕死になったのだ。あんなに小さなミコは一撃すら耐えられないかもしれない。
「あの、……長居するのも迷惑でしょうし、はやく見つけてやらなくてはいけないので。そろそろお暇しようと思うのですが」
「……ちょっとお待ちください。これは……」
探索魔法紙を見ていた主人が突然、目を見開きながら僕たちを呼び止めた。そしてヨシノの方を見ながらこう言った。
「君は……。一体何者だね?」
その言葉を聞いた瞬間僕はしまった、と思った。探索魔法紙の効力はまだ切れていない。この主人はヨシノを示す点が真っ青だということに気が付いたのだ。
「ああ、あの……それは…………。ち、違うんです!」
主人は無言で腕を組み、顔をしかめて何かを思案しているようだった。そしてしばらくすると、うんとうなずいた。
「隠さなくてもいい。……その子は異世界から来たのでしょう?」
「っ!」
この主人は一体何者なんだ?どうして異世界が存在することを知っているんだ?……僕の頭は混乱した。それを察したのか、主人はこういった。
「私の名前はモルス=ライドブーケ。……聞いたことないかな?」
「モルス…………ライドブーケ……!?」
僕は戦慄した。まさかこの人物が、どうしてこんなところに!?
「……リオン、知っとるんか?」
「ああ。知ってるも何も……。この人こそ、十年前に異世界は存在しないと世間に公表した学者、その人だよ」
白髪の老人は懐かしむような、悲しいような複雑な表情を浮かべて僕たちをじっと見つめていた。




