第十話 及ばぬ実力
森の中は薄暗く、そこでは木々の隙間から漏れる光と、僕の照明魔法の光だけが頼りであった。不安定な足場に注意を払いながら、照明魔法を使っているのとは反対の手に持った探索魔法紙を見ると、かなり遠くの方に紫色の点が幾つか打たれていた。
探索魔法紙において、純粋な赤や青の点というのはなかなか現れない。赤や青点の生き物は余程鍛錬を怠ったか、あるいはその逆だ。だがそんな生き物は人生のうちに一度会うかどうかというレベルの少なさだ。大抵の場合はこのような紫色になる。
「のお、リオン。魔法って私にも使えるんか?」
ヨシノが僕の照明魔法を見ながら声をかけた。魔法を使えるのか、か。なかなか難しい質問だ。
「うーん、どうだろう? 練習したら多少は使えるようになるかもしれないけど……」
「本当!? じゃあ私にも教えてくれんか?」
ヨシノがナップザックの紐をぐいぐいと引っ張りながら、興奮した様子でお願いをした。
「出来るようになるかは保証できないけど……。じゃあまずはそもそも魔法が何なのかっていうところから説明するよ」
探索魔法紙をチラッと見る。相変わらず周りに目立ったものはない。紫色の点ともかなり距離が離れているから説明くらいしていても問題無さそうだ。
「まず魔法を使うのに必要な要素は三つある。魔力量、体力、そして技術。これらが合わさることで魔法を使えるようになるんだ」
まだ話し始めたばかりだというのに、ヨシノは既に頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。まあ、魔法自体知らなかったのだからそれも仕方ないのかもしれないが。
「うーん、じゃあ水泳に例えてみようか。水泳には肺活量、体力及び筋力、技術が必要でしょ? 魔法もそれによく似ていて、肺活量の代わりに魔力量を使うんだ。肺活量が鍛えれば多くなるのと同じで魔力量も鍛えれば鍛えるほど多くなる」
「おお、なるほど! ……それで、何で魔法を使うのに体力が必要なん? 簡単にポンポン撃てるもんじゃと思っとったけど」
「魔法ってのは体内の魔力を外に絞り出すことで使えるんだけど、それを絞り出す時に無意識に筋肉を使って、使う場所に送り出すんだ。魔力は、普段は酸素みたいに身体中を巡ってるからそうやって集めないと発動できないんだよ」
魔力、別名マナとも呼ばれるこの要素は魔法を使うためには必要不可欠だ。小さい頃から鍛錬を続けることでみな使えるようになる。だがヨシノの場合、そんな鍛錬、当然したことはないだろう。だから魔力量は相当少ないはずだ。その証拠に、探索魔法紙の中央の黒い点のすぐ隣にある点は真っ青だった。
「それから三つ目の技術っていうのはまあ言わずもがな。技術が無ければ魔力量がどんなに多くても魔法は使えない。ただ魔力が暴発するだけだ。……とまあ魔法に関する説明はこんな感じかな」
こんなざっくりとした説明だけで魔法が使えるようになるわけではないが、そもそもの魔力量がこのありさまだ。僕は正直ミコ捜しの暇つぶし程度にしか考えていなかった。
「あとはいかに自分の頭の中で魔法のイメージができるかだね。まあそんな簡単なものじゃないからできなくても落ち込む必要はないと思うよ」
「むう……、難しいのう」
そんなに簡単にやられても困るんだけどね。手のひらを前に突き出してほっ、とか掛け声を出しているヨシノを片目に入れつつ、再び探索魔法紙に目を落とす。
「……ん? これは……」
僕は目をこすってもう一度それを確認した。間違いない。紙の端の方に青い点が出現していた。
「ヨシノ」
魔法の練習をしているヨシノを呼び、紙の上をアゴで示す。それを見たヨシノは驚いた顔をして僕を見た。
「これって……」
「ああ、きっとミコだ。急いで向かおう!」
周囲の安全を確認した僕たちは急ぎ足で青い点の場所へと向かった。
「多分ここら辺のはずだけど……」
青い点をたどった僕たちは開けた場所に出た。先ほどよりも少し明るい。少なくとも照明魔法は使わなくてもよさそうだ。
「よし、じゃあここら辺を手分けして捜してみよう。何かあったらすぐ呼んでくれ」
互いに顔を見合わせてから僕たちは草むらの中を捜し始めた。捜し始めてから数分後、突如ヨシノが悲鳴のような声をあげた。
「どうした! いたか!?」
急いで声が上がった方へと向かうと、そこにはペタリと地面にへたり込んだヨシノがいた。
「あ、あれ……」
ヨシノが前方を指差しながら言った。そこには僕の腰くらいまでの大きさの、黄金色の四肢に見事なたてがみを持った生き物がいた。丸くなって、ぐっすりと眠っているようだ。
「あれは、一体……? こんな生物、見たことないぞ」
僕が不思議そうに見つめていると、ヨシノは震える声で言った。
「……あ、あれはライオンじゃ。ものすごく凶暴な生き物じゃ」
凶暴なのか。確かに口から覗いている歯はとても鋭利で危険そうだ。
……ん、ちょっと待て。どうしてヨシノはこの生物を知っている?
「こいつはもしかして……。異世界から来たやつなのか!?」
何故?どういうことだ、ディエルが連れてきたのか!?いや、あいつはまだゲートを開けていなかったはずだ。……じゃあ一体誰が?
僕が混乱に陥っているとライオンという名の生物はいつの間にか目を覚まし、ゆっくりとこちらを見据えた。
「これはまずい……!」
僕は身の危険を本能的に察知した。ここから逃げなくてはならない。
「ヨシノ! 逃げよう!」
そう言ってヨシノをかえりみる。ヨシノは未だに立ち上がれないでいた。
「腰が……!」
まずい、このままじゃ二人ともやられる……!魔法を使って隙を作れるか……?いや、悩んでいる暇はない!
「ああもう! どうにでもなれ!」
僕は地面に手を当て、ライオンの足元に向けて氷魔法を放った。ピキピキと音を立てながら氷が地面を這う。だがその氷は虚しくもライオンの横の木の根元に直撃した。
「……くそ! やっぱり年中引きこもってるような人間には無理か…………っ!」
ライオンの動きはとてつもなく素早かった。攻撃に失敗した僕はあっという間にライオンに近づかれ、そして気が付いた瞬間、僕は体を爪でえぐられた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「リオン!!!」
胸から腹にかけて、着ている服は一気に赤く染まった。傷口は生暖かく、ヌルヌルとしている。
「……ヨシノ……っ! はやく……逃げろ……!」
「リオン! しっかりせえよ!」
……ああ、ヨシノの叫び声もだんだんと遠くなってきた。まさかこんなところで……?僕は死ぬのだろうか。治療が間に合わなければ死ぬだろうな。もうだめだ。意識が持たない。
僕は自らが作り出した赤い水たまりに倒れ、そしてついに意識が途絶えた。




