第九話 吉か凶か
ヨシノの弱さを見た僕は、これからどうすれば良いのか悩んでいた。このままミコを捜し続けるのか、それとも論文を仕上げてシャノンを救うのか。ヨシノにとって大切な存在であるミコを、何とか捜し出してあげたいという気持ちは強い。だが一方で一週間も探して見つからなかった事実が、これ以上捜しても無駄だという事を物語っているようにも思えた。
ならば、論文に取り掛かれば良いかといえば、そういうわけでもない。二年前のようにもう一度ヘマをすれば今度はヨシノが囚われる可能性だって十分考えられる。どうしたら内容がバレずに、大会に出られるのか、いい案は浮かばない。それに今回はあまり準備も進んでいないから、ヨシノに会うまではいっそディエルに任せてしまおうか、なんてことも考えていたくらいだった。
研究室に戻ってからずっと、こうして悶々としていた僕の元に、久々にディエルがやって来た。
「なあ、ちょっといいか? ……ミコの件でひとつ手がかりを見つけたんだ」
その言葉を聞いた途端僕はガタンと音を立てて椅子を倒し、ディエルににじり寄った。
「本当か! ありがたい! ぜひ教えてくれ!」
僕の剣幕に少し引きつつもディエルが返答する。
「あ、ああ……。ここからまっすぐ東へ行ったところに大きな森があるだろう? 何でもそこに、見かけない小さな動物が駆け込んでいくのを見たという人がいるらしい」
東の森というのは通称大森林と呼ばれている場所のことだ。国として見ると南東に位置するわけだが、この森は国内でも珍しいほぼ手付かずの自然が残っている数少ない場所だ。なるほど、あそこならばこれだけ探して見つからなかったのにも納得がいく。
「なるほど、大森林か。行ってみる価値はありそうだな」
「行くのか。……あの森は部外者には少し厳しい。ヨシノは連れて行けないだろうな」
ディエルの言う通り、大森林はやたらと広い。それが理由で国も放置しているわけだが、放置しているおかげでどんな生物が住んでいるかもあまり分かっていないのだ。最低限の魔法を使える僕はまだしも、ほとんど丸腰と言っても過言ではないヨシノを連れて行くのはどう考えても危険だ。……仕方ない、ここは僕一人で探しに行くしかない。探索魔法を使えば一人でも何とかなるはずだ。
「分かった、僕一人で行こう。明日の朝には出発しようと思う。ヨシノには……黙っていてくれ、話したら絶対について行くと言って聞かないだろうから」
そういってソファの方をチラッと見ると、そこではすうすうと寝息を立ててヨシノが眠っていた。ここ一週間、ずっと休まずに捜し続けていたからな。ここは僕に任せて少しの間、眠っていてもらおう。
その日のうちに準備を済ませた僕は翌朝、まだ日の出前の薄暗い時間に出発しようとしていた。背中に背負ったナップザックの中には少ない研究資金をはたいて購入した探索魔法紙と食料、飲み物などが入っている。
この探索魔法紙というのは、自分と自分以外の居場所や距離を知ることができる、非常に便利なアイテムだ。使い始めると自分のいる場所が黒い点で紙の中央に表示される。そして自分以外の生き物は、それぞれの魔力量によって変色する点で表される。魔力量が多ければ赤、少なければ青といった感じだ。
魔力量は鍛えれば鍛えるほど多くなる。ミコのように魔法の存在を知らない生き物の場合、魔力量は少ないはずだから青い点を探しだせばいいというわけだ。これを使えば一人でもまあ何とかなるはずだ。
「さて、と。それじゃあ行きますかな」
僕が早朝の閑散とした街を抜け、森の入り口に入ろうとした、まさにその時であった。
「リオン! なんで私の事を置いていくんじゃ! 私も連れてってもらうけん!」
「ヨシノ!? どうしてここに……?」
僕が振り返ったその先にいたのはヨシノであった。先日購入した服をまとっている彼女ははあはあと呼吸を荒立てている。
「昨日ディエっちと話しとったっていうのをピールちゃんが教えてくれたんよ。……寝坊してもうたけ、危うく本当に置いていかれるところじゃったけど」
ヨシノは照れくさそうに笑いながら言った。ピールか……、うっかりしていた。まさかあの時のことをみんな聞かれていたうえにヨシノに喋ってしまうとは。
にしても困ったものだ、ヨシノを連れて行くのはやはり危険だしこのまま追い返すか……?
「ミコは私の家族じゃけえ、私が捜してやらなきゃいけんじゃろ。……お願いだから捜させてくれんか?」
真面目な顔をしてヨシノがこちらをじっと見つめた。……そんな顔で見られたらもうとてもじゃないが追い返すなんて出来ない。……仕方ない。
「……分かった、一緒に捜そう。だけど絶対に僕のそばから離れちゃダメだからな?」
ぱぁっと顔を明るくしてヨシノが力強くうんと頷いた。
「よし、じゃあ今度こそ行こうか」
そういって僕が歩き出すと、ヨシノは僕のナップザックの端をしっかりと握って、一緒に歩き始めた。森はそんな僕らを、まるで拒んでいるかのように鬱蒼としていた。




