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松の木

作者: くろ

昔住んでいた合同宿舎の近くまで来たので、懐かしさからフラッと立ち寄ってみた。

この合同宿舎には、私が1歳の頃から住み始め、小学校高学年になるまで住んでいた。それから引っ越して、1度もこっちの方には縁がなく、来る機会がなかったので、およそ20年ぶりぐらいの来訪になる。


白く塗った、コンクリートのマンションのような四角い造りの建物で、高さは約10メートルで3階建て。横幅は50メートルを超えていて、それぞれの居住スペースを6つ並べている。つまり、最大で18組までが入居できるキャパシティーを備えている。

横に長いその建物の周りには、高さ1.2メートル程の緑色のフェンスが敷地内を守るように囲んでいて、さらにそのすぐ内側には、カイヅカイブキがフェンスに沿って規則正しく並べられている。

このカイヅカイブキは、今も昔も同じようにデカいと思わせる。昔はフェンスより少し高いぐらいだったが、今はフェンスの倍以上ある。


宿舎正面の出入り口からフェンスまでは10メートル程の余裕があり、必然的にフェンスと宿舎で囲まれた長方形の広場ができる。

小さい頃は、この広場で宿舎の子供達なんかとよくサッカーや野球をした。

長方形の一番頂きに少し盛り土がしてある。そこに大きな松の木があって、上座と言うに相応しいその位置から、元気に遊ぶ子供達を見守っているようだった。

松の木は高さ5~6メートルはあって、縦だけではなく、横にも太く伸びた部分があったので、登って、横に伸びた部分に座ったりすることもできた。木に抱きついたり、ぶら下がったり、松ぼっくりを木に向かって投げつけたり、棒で叩いてみたり。私は、この松の木とよく遊んだというよりは、この松の木によく懐いている小動物のようだった。

その松の木が、朽ちた切り株になっていた。


私は、フェンス越しにその切り株を見つけた時、あまりのショックにしばらく立ち止まった。フェンスに肘を置いて少しもたれかかり、ジッと切り株を見つめ、そして黙祷を捧げるように目を閉じた。


1つの思い出が蘇った。

私は、歳下の友達に「空を飛んで見せる」と言って、程よい長さのロープを持ってこの松の木に登り、ロープの端を松の高い所の枝に括り付け、余った方の端を自分の腹に巻きつけて飛び降りた。

ロープが腹に食い込み、余りの苦しさにもがき苦しんだ。生命の危機を感じた。その時、枝が折れて地面に叩きつけられた。地面は痛かったけど、あのまま枝が折れないで吊られていたら、呼吸不全で死んでいたかもしれない。


「この松の木は、あの時、私の命を救うために自ら枝を折ってくれたのだ」

私は勝手にそう解釈した。

「あの時はありがとうございました」

心で唱えて眼をゆっくりと開けた。

やはりそこには、朽ちた切り株があるだけだった。


「きっとまた、誰かを救ったんですね。お疲れ様でした」

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