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そこまでの経緯 (4)

「…………格闘技をされているのですね」


 沢渡が呟く。

 それに対し成宮が答えた。


「そうなんだよ。それを基に川瀬君の前作は作られたんだ」



 話が一段落すると川瀬は深呼吸をした。もう社内には自分達しかいない。そう考え、ゆっくりと全員に対し述べた。


「じゃあ、そろそろ本格的にサバイバルホラーゲームに取り組みましょうか」


 全員が頷く。


「……と言っても、今まで通り世間話をしながらですけどね」


 川瀬はそう付け加えた。

 成宮が更に話を付け加える。


「そうしないと油断を誘うことが出来ないからねえ」


 改めてそう言われたことで、全員が周りを意識し始めた。不自然な沈黙が漂う。


 そんな中、最初に口を開いたのは笠松だった。


「そうです。奈良坂部長から頂いたお土産を分配しませんか?」


 それは来客者達に対する提案だった。提案を受けた成宮はぎこちなく頷き、テーブルの上の重なり合ったラッピングセットを見易いように広げた。

 笠松が話を続ける。


「袋とリボンのセットは色が違うだけで同じ物ですね。これは人数で割れば良いでしょう。問題はこの人形ですね。私は独身で子供はいないのですが、成宮さん達は?」


 笠松は黄色いぬいぐるみを持って成宮に問い掛けた。


「私も、結婚はしているけれど、子供はいないねえ。ぬいぐるみを貰ってもなあ。樫木さんは?」


「俺? 俺っすか? 俺、二十四っすよ? 子供なんている訳ないじゃないっすか」


「いや、彼女とかいないの? 若いんだからぬいぐるみを貰って喜ぶ知り合いとかいるんじゃないのかい?」


「あいにく彼女もいないっすねえ。それに、そんな気味の悪いマスコットなんて誰も欲しがらないっすよ」


「樫木さん……」


 珍しく笠松が真剣な面持ちで樫木を注意した。

 樫木はそれに気付いていないのか、意に介していないのか、話を続けた。


「何の動物なのか分かんないっすし、何より、その目の焦点が微妙に合っていない感じが怖いっすよ、それ」


 それを聞いて、川瀬、山本、武田は声を揃えた。


「気持ち分かります」


 枝島ラッピングのマスコットキャラ『ラッピィ』は二頭身のウサギの形をしている。ただし、全身黄色く、口はクチバシになっている。そして、樫木の指摘通り、丸く大きな目はどこを見ているのか分からず、哀愁と不気味さを漂わせている。

 誰も欲しがっていない。むしろ迷惑。そんな雰囲気だ。


「では、私が持ち帰らせて頂きますね」


 そう言ったのは笠松だった。案の定といった結果だ。


 来客者達が各々荷物をまとめ出し、笠松もラッピィをしまおうとする。その様子を見て川瀬は声をあげた。


「あっ。それは豪華版ラッピィですね」


 笠松が首を傾げる。


「豪華版?」


「クチバシがプラスチックで出来ているのは豪華版でして、非常にレアなんですよ。そのラッピィは時計としても使えるんです」


 樫木が疑問を呈す。


「時計? 文字盤がないじゃないっすか」


「そのクチバシを押してみて下さい」


 川瀬の言葉を聞いた笠松がラッピィのクチバシを押した。ラッピィの顔がメリメリと凹む。すると、甲高い音声が流れた。


『今は二十時十一分ラッピィ!』


 辺りから『イラッ』という擬音が聞こえてきそうだ。

 その雰囲気に逆らい、川瀬は笠松からラッピィを受け取って操作をしながら引き続き使用方法を説明した。


「クチバシを長押しすると時間セットモードになります」

『何時ラッピィ?』


「設定時刻は合っていますので、このままにしておきますね。そして、時間セットモードの時に更にクチバシを押すとセット完了。アラームセットモードになります」

『アラームは何時ラッピィ?』


「アラームをセットしない場合はここでクチバシを長押しして下さい。今回は試しにアラームをセットしますね。右の耳を押すと時間が増えていきます」

『一、二、三、四…………』


「左の耳で何分か選べます」

『一、二、三、四…………』


「一分後にセットしますね。クチバシをもう一度押します」

『セットオッケーラッピィ!』


 営業の際にこの説明を取引先で何回もしている。手馴れたものだ。川瀬はアラームセット済みのラッピィをテーブルの上に置いた。全員がじっとラッピィを見つめる。


「ちなみにラッピィは、ラビットの『ラ』とヒヨコの鳴き声の『ピィ』を合わせた名前なんです。デザインは弊社社長枝島が書いたものをそのまま採用しています」


 しばらくすると微かにノイズが聞こえ、ラッピィが歌い出した。


『♪包み 包んで 包む時

  あなたの心も包みます~

  包む生活 ゆとりの包み

  包むことなら お任せ下さい

  枝島 枝島 枝島~

  枝島ラッピング~ 』


 包み過ぎの感がある歌だ。


「弊社の社歌です。このまま何も操作をしないでいると五分間歌い続けます。思う存分聞いたと思ったらクチバシを押して下さい」


 川瀬はそう言って歌ったままのラッピィを笠松に差し出した。笠松はすぐにクチバシを押した。歌が止まる。


「一度アラームが作動するとリセットされます。翌日も同じ時間にラッピィを歌わせたい場合は再度セットし直して下さい」


「貴重なお土産をありがとうございます」


 笠松はそう言って今度こそラッピィをしまおうとした。ところが手の届く所に鞄がなかった。山本が来室した際に席を譲り、彼の鞄は隣の席の左手に置いたままだったのだ。

 笠松は諦めたらしく、黙ってラッピィをテーブルの上に置き直した。



 ここまで誰も仕掛けてきていない。川瀬は全員の顔色を窺った。他の参加者達も警戒するように周りを見ている。

 その時、ふと川瀬は尻のポケットに振動を感じた。携帯電話を取り出してディスプレイを見ながら呟く。


「すみません。上司から電話が……」


 笠松が我知り顔の笑みを浮かべ、どうぞ、と手で促す。川瀬は通話ボタンを押した。


「お疲れ様です。どうされたんですか? はい。まだ会社にいますが……はい……え!……大丈夫なんですか?……そうですか……そういうことなら、ちょうど沢渡さんがいますよ。代わりますか?……分かりました。少々お待ち下さい」


 それを聞いた成宮が囁く。


「早速それかい?」


 川瀬はその発言を聞き流し、沢渡に携帯電話を差し出した。


「福本さんから緊急の電話です」


 沢渡は険しい顔をして携帯電話を受け取り、耳に当てた。そして何度か頷くと急に立ち上がった。


「……はい。承知しました。折り返しますか?……いいえ……すぐに確認出来るかと思います……」


 沢渡は電話で会話をしながら、申し訳ない、というジェスチャーをゲーム参加者達に示し、扉を開け放って部屋を出ていった。


 成宮が呆然としながら川瀬に尋ねる。


「一体何があったんだい?」


「病院からの電話でして、実は、奈良坂さんが会社を出た直後に胸を押さえて倒れたそうなんです」


「ええ!」


「さっきの救急車っすね!」


 樫木が勢い良く言う。川瀬は頷いて早口に話を続けた。


「状態が思わしくないみたいでして、すぐにでもご家族と連絡を取りたいってことだったんですよ。緊急連絡先は総務が管理していますので、それで……」


 話の最中、突然叫び声が聞こえた。


「アァァァァァァァ!」


 沢渡の声だ。

 同時に転げ落ちる音が聞こえ、最後にボウリングのボールがレーンに落ちた時のような低い音が響いた。


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