伏線の活用(2)
「あ、じゃあ、あの……」
再び川瀬は話し出した。
「……こんなのはどうでしょうか? これも全員助かる方法です」
笠松が川瀬を睨む。
「一応、聞かせて頂きます」
「ズバリ。伏線はこのゲームのルールです」
「ルールが伏線、ですか? また理解し辛い話ですね」
「ご安心下さい。この道のプロが万全の体制でサポートします」
「一から説明して下さると解釈すれば良いのでしょうか?」
「そうです。いきます……」
大きく息を吸い込む。
「このゲームのルールについてですが、大枠は僕が考えましたが、詳細に関してはみんなで話し合って決めましたよね?」
「はい。その通りです」
「よくよく考えてみたところ、実は、後から追加したルールに欠点があるんです」
「欠点? ほんの数項目しかありませんが……分からないですね」
「笠松さんが提案したルール、『参加者以外の者に助けを求めてはいけない』っていうやつですよ」
「まだ分からないですね」
「これ、ルールを破ったらどうなるんですか?」
「あ……」
盲点を突かれた笠松は短く声を漏らした。
「いわゆるサバイバルホラーでは、ルール違反をした者はこうなるっていうことが明記されているものなんですよ。例えば、って言うか、ほとんどの場合はですけど、罰則は死です。ところが、このルールにはそれが定められていない。じゃあ、反則行為があったら何が起こる? ゲーム無効。ノーカンです」
「しかし、その助けを求める方法が無く、私達は救急車を呼ぶことさえ出来なかったではないですか」
川瀬は肩をすくめ、半笑いの表情で話を続けた。
「必死さが足りなかったとしか言いようがありません。簡単なことです。どうしても外部に自分達の状況を知らせたいのであれば、そこの窓を破れば良いんですよ。近隣には家があります。どこかの誰かが通報さえしてくれれば、万事解決です」
「なるほど。今まで先生が考案した戦略の中では、比較的信憑性が高いように感じられますね」
笠松は深く頷いた。
「ただし、その窓は嵌め殺しです。先程も言ったように破らないといけないんです。そして、近隣の家とは言っても、窓の下にはうちの会社の広い駐車場があるので、窓の割れる音や叫ぶ声が届かない可能性があります」
「……はい」
「そこで僕は考えました。窓を破り、かつ大きな音を鳴らす方法です。何かを窓に投げつけるんですよ。そうすれば、落下した際の音で近所の人は異変に気が付くのではないでしょうか」
そう言うと、笠松は目を細めた。
「何を投げつけるのですか?」
「窓を破る強度を持ち、落下した際に大きな音が鳴りそうな物……」
「嫌な予感がしますが、続けて下さい」
「灰皿です」
「却下です」
あまりにも早い否定の言葉に対し、川瀬はいじけたように唇を尖らして尋ねた。
「え? どうしてですか? 別に協力を仰いでいる訳ではありません。僕一人で実行出来ることなんですよ?」
「それでも無しです。他の方法にしましょう」
川瀬は気を取り直して次の提案をすることにした。
「わ、わかりました……じゃあ……」
「他の方法があるのですか?」
「はい。これも外部に連絡を取るための方法なのですが……」
「お聞かせ下さい」
「天井を見てみて下さい。あ、よそ見するのも不安でしょうから一瞬で構いませんよ」
参加者達が言われた通り一瞬だけ目を上に向ける。
それを確認すると川瀬はすぐに質問をした。
「分かりました?」
「分からないですねえ」
「僕達の真上に火災報知機があるんです。条例で設置が義務付けられているものですね」
「……言われてみれば、ありましたね」
「これを作動させれば良いんです。そうすればサイレンが鳴り、加えて自動的に警備会社に連絡がいきます」
「……はい」
「作動させる方法ですが、こういう部屋では煙検知式のセンサーが設置されることが多いのですが、この部屋は喫煙が許されているので、熱検知式のものが設置されているんですよ。つまり、火を近付けると作動します」
「……はい」
「そこでテーブルの上で何かを燃やし、テーブルごとそれを持ち上げるんです。ついては灰皿をですね……」
「先生。いい加減にして下さい」
「え?」
笠松は、余程呆れたのか、苛立ちを露わにして言った。
「先生は灰皿を拾いたいだけですよね? もう分かりました。先生が長い話をする時は何かを企んでいる時です。これ以上、提案を聞く気はありません」
「そんな……」
「だからと言って、分かっていることとは思いますが、強引に灰皿を取りに行くこともやめておいた方が良いでしょう。灰皿は先生の近くにあります。しかし、左手をテーブルに付けた状態でそれを拾うためには、先生の位置からですと体を時計回りに半回転させ、私達に背を向けて右手を伸ばすしか方法がありません。その隙を見逃すほど私達は甘くないですよ」
笠松の言う通りだった。油断させるためのブラフでも用いない限り、窓側にあるものを拾うのは不可能だ。策は尽きた。
川瀬が伏線アイテムの取得を諦めた時、成宮が話し始めた。
「だけどねえ、笠松さん。外部に連絡をするという案は、なかなか良いと思わないかい?」
それは以外にも川瀬を擁護する意見だった。川瀬は期待の眼差しを成宮に向けた。
しかし、笠松がすぐに反論を示した。
「確かにそうですが、川瀬先生は連絡をする気など持ち合わせていませんよ? 先生の目的は一つ。武器調達です」
「それは分かっているよ。もちろん好きなようにさせるつもりはないさ。そこでねえ、良い考えを思い付いたんだよ……」
笠松が疑うような目で成宮の顔を見つめる。
「……私の考えはこうだ。山本さんがやろうとしていたことにもう一度挑戦するんだよ。三階のオフィス、いや、階段にいるであろう沢渡さんの所まで行けば、川瀬君の携帯があるだろう? さっきはテーブルを水平に運んだために扉を通ることが出来なかったが、立てるように傾ければ余裕で通れる。どうだい、名案だろう?」
笠松が感心したように大きく頷いた。
「成宮さん、本当に名案ですよ。それは成功する気がします」
「川瀬君はどうだい? 話に乗るかい?」
「そうですね。とりあえずは、拒否する理由はなさそうです」
全員覚悟を決めた。
早速右手をテーブルの下に潜り込ませて持ち上げる。
作戦の考案者である成宮が指揮を執り、もともと偉そうだが、更に偉そうに声を張った。
「この場でテーブルを傾けてしまおう。下側に重さがかかるので体格面を考慮して私達の方を下げる。そっち側を上げてくれ」
川瀬は言われた通りにテーブルを高く持ち上げた。テーブルが傾いていく。
「ほら、もっと傾けよう」
テーブルの縁が胸の高さまできた時、川瀬は言った。
「もうこの位で良くないですか?」
「いや。横向きに移動するので人が通れるスペースも必要だ。出来る限り垂直に近付けようじゃないか」
川瀬は渋々指示に従った。既にかなりの角度だ。もはや持ち上げていると言うより、倒れないように支えている状態に近い。
それ故に力をほとんど必要としなかったが、左手を離さないように肘をグイと引き上げる姿勢は少し辛かった。
成宮と笠松が持ち易い高さに調整しているのだろうか、勝手にテーブルの縁の高さが上がっていく。そして、川瀬の首を越え、口を越え、鼻を越え、天板が視界を遮った時、向こう側の二人の囁く声が聞こえた。
「…………せーの」
その声と同時にテーブルが川瀬に向かって迫ってきた。
川瀬はそれを押し返そうとしたが、あまりにも突然のことに体が仰け反ってしまっていて力を込められなかった。
ソファが邪魔をして足を下げて踏ん張ることも出来ない。テーブルの脚があるので横に逃れることも出来ない。
そこで川瀬は、あえて後方に跳んだ。ソファの上に乗る。そして左手の安全を確保しようと、テーブルの縁に覆い被さった。
胸に痛みが走る。迫り続けているテーブルの縁が胸を強く打ったのだ。痛みで脱力した一瞬、一気に押し切られた。川瀬は背もたれにつまずき、勢い良く後方に倒れた。
もう駄目だ。そう思った時、硬い音が鳴って、テーブルが停止した。テーブルの脚が壁にぶつかったのだ。
奇跡的に左手は天板から離れていなかった。
川瀬はぶら下がるように力を込めて体勢を整え、体重をかけてテーブルを押し下げた。
成宮と笠松は、身の安全のために深追いすることを避けたのだろう、素直に引き下がっていった。





