順序通りの犠牲(9)
笠松の提案に従い、まず成宮が考えを提示する。
「さっきも言ったが、女性が主人公の可能性は低い。その上、彼女はゲームに途中から参加している。物語への関わり方についても我々に比べて希薄に思えるねえ」
次に川瀬が発言する。
「それと、何でもするからゲームを降りろという発言が問題ですよね。それって、ある意味命乞いじゃないですか。命乞いをする登場人物は死ぬと決まっています」
笠松も意見を述べる。
「人格的にも主人公とは呼び辛いでしょう。山本さんは先程、先生に対して文句を仰っていましたが、同僚に対して今生の別れの際に日頃の不満を手向けるのは不謹慎です」
山本が慌てて声をあげた。
「ちょっと待って下さい。勝手に話を進めないで下さいよ。わたしは自分が主人公だなんてまだ主張してないじゃないですか」
一瞬だけ室内は静かになった。
「『まだ』って言った」
「『まだ』って言ったねえ」
「『まだ』って言いましたね」
生気を取り戻した川瀬は誇らしげに山本を責め立てた。
「まだってことは、これから主張するつもりだったんでしょ? 山本さんは、いつも本音というか、本性を隠し切れていないよね。何事も自分だけは何とかなるって思い込んでいるでしょ?」
成宮も追随する。
「隠し切れていないといえば、自分はそこそこの美人だと自覚していることもバレバレだよねえ」
「そうなんですよ。でも彼女自身は本性がバレていないと思い込んでいるんです。たぶん自分は世渡り上手な人間だとでも思っていますよ。周りの人が気を使って見て見ぬ振りをしてあげていることになんて、全く気が付いていないんです」
山本は顔を引きつらせた。
「何、この流れ。今度はわたしがディスられる順番ですか?」
川瀬は冷たい視線を送った。
「順番って、そんなローテーションを組んだ覚えはないよ」
「先生の言う通りですね……」
笠松が言う。
「……強いて順番と言うのであれば、それは犠牲の順番ですかね」
山本はますます顔を引きつらせた。
「アハハ、やだなあ笠松さん。洒落になってないですよ」
「はい。洒落を言ったつもりはありませんので」
一瞬にして空気が凍りついた。
笠松の雰囲気は、樫木を殺害する直前のそれに似ていた。
山本は声を震わせて彼に訪ねた。
「……わたしのことを、殺す気ですか?」
「山本さんを犠牲にするとは断定していません。ただ、ここまで話をして判然としたことですが、誰もが皆、自分の物語の中では主人公なのです。結局は歴史と同様に勝者が事実を塗り替えます。要するに、勝った者が主人公です。そして、勝つためには順番に犠牲者を生み出すしか方法がありません。成宮さんに釣られて話が大分脱線してしまいましたが、最初から分かっていたことですよね」
成宮が鋭い目付きで笠松を見る。
「じゃあ、誰を犠牲にするんだい?」
「私が決めても良いのですか?」
「もし全く目星を付けていないのだとしたら、私が提案させて貰おうかな。私はねえ、まずは川瀬君を葬るべきだと考えている。彼がゲームマスターである可能性は、ゼロではない。ひょっとしたら彼を始末することで物語が完結するかも知れないだろう?」
川瀬は声を出して笑った。
「ハハハ……成宮さん。サバイバルホラーではゲームマスターは最後に死ぬんです。もし僕がゲームマスターだとしたら、僕に攻撃を仕掛けた場合、主人公以外は死にますよ?」
それは精一杯の虚勢だった。
「それほどの強敵ならば、なおさら人数のいるうちに束になって仕留めた方が良いねえ」
成宮の考えを聞いた笠松が意見を述べる。
「確かに一対複数の戦略は効果的だと思います。しかし、必ずしも自分が複数の側に身を置けるとは限りません。一の側になるのかも知れないのですよ?」
「川瀬君を強制的に孤立させれば良いだけだ」
「その考えを否定はしません。成功する可能性も高いでしょう。ただ、心配症の私は隣にいる味方と思っていた人物が、果たして作戦の最中味方であり続けるのだろうかと不安を抱いているのです」
笠松は成宮を睨み、続いて山本を横目で見ながら話を続けた。
「ならばいっそ、単独で弱いところから確実に削っていった方が、生存確率は上がるのではないかと思っています」
山本は咄嗟に視線を逸らし、泣きそうな声で呟いた。
「耐えられない……」
その様子を見た笠松は、じわじわと口角を引き上げた。
不穏な空気を察したであろう山本は呼吸を乱し、考えもまとまらないまま喋り出した。
「可能性……生存確率……確率。そうです。そう、そうですよ……」
「落ち着いて下さい。山本さん」
笠松はそんな彼女を冷たくあしらった。
「確率。そう、確率なんですよ。皆さん、聞いて下さい!」
全員、山本を見つめる。
「これは高確率でただのゲームなんですよね? 今まで死んだ人達はたまたま左手を離した直後に死んだだけかも知れないんです。それ以前に、奈良坂さんも沢渡さんも生きてる可能性があります。だったら、それを確かめませんか?」
「誰が確かめるのですか。誰も手を離しませんよ?」
「だから手を離さずに、えっと、テーブルを持ち上げて、そのまま階段を降りて三階まで行くんです。三階のオフィスに行けば電話があります。あ、その前に階段の踊り場で沢渡さんの状態を確認出来ます。もしかしたら沢渡さんがドッキリカメラの看板を持って待っているかも知れないですよ」
川瀬は細かいことを指摘した。
「武田さんと樫木さん、二人も死んだ後でドッキリでしたと言われてもなあ。怒りしか込み上げないよ」
「だとしてもだよ。これ以上人が死ぬよりマシでしょ?」
笠松が悩んだ素振りを見せ、それから川瀬の方を向いた。
「先生、どうされますか?」
「どうしていつも僕に最終判断を仰ぐんですか? もう責任を問われるのはご免です」
「では、私が決断します。山本さん、その作戦に乗りましょう。皆さんもそれで良いですね?」
「あ、はい、分かりました。じゃあ、僕も作戦に参加します……」
「私も……」
全員の同意を得て作戦が行なわれることとなり、成宮が窓際の樫木のいた席に、山本が入口側の武田のいた席に、其々移動した。
川瀬がテーブルの上に置いてあったラッピィと笠松のラッピングセットを空席になった左隣に置き、笠松が給湯ポットとバスケット、空の紙コップを自分のすぐ右側の床の上に置く。
一同、テーブルの下に右手を差し込み、中腰の姿勢で立ち上がる。一斉に力を込めるとテーブルはいとも簡単に浮き上がった。見た目に反して大分軽い。おそらく合板で出来ており、内側はほとんど空洞になっているのだろう。
左手を離さないよう中腰の姿勢のまま移動を開始する。とりあえずの目標は開け放たれたままの扉の向こうだ。
「エイサ、ホイサ、エイサ、ホイサ…………」
男達が、誰が言い始めたのか、掛け声をあげた。ただし、威勢の良い掛け声とは裏腹に慎重な歩みだ。
そんな調子で移動を続けていると、武田の死体を乗り越えた辺りで後ろ向きに歩いていた山本がやや足をもつれさせて訴えた。
「すいません。もう少しゆっくり歩いてくれないですか?」
その言葉を聞いて、男達は一つの確信を得た。
「エイサ、ホイサ、エイサ、ホイサ…………」
掛け声が大きくなり、移動の速度が上がる。
そこで山本は自分の置かれている状況を理解したようだ。瞬く間に顔色を変え、悲鳴に近い声を発した。
「一回止まって下さい! お願いです!」
「エイサ、ホイサ、エイサ、ホイサ…………」
「ちょっと! 止めて!」
「エイサ、ホイサ、エイサ、ホイサ…………」
「何でもしますから。だから! お願い! 物真似だってしま……」
ガツンッと、物と物とがぶつかり合う硬い音が鳴る。
扉の幅に対してテーブルの幅の方が僅かに大きく、片側の角が壁にぶつかったのだ。
急に停止したことで全員がバランスを崩す。男達は両腕に力を込め、どうにか手を離すことは免れた。
しかし山本は、唯一人、廊下に放り出された。
その左手はテーブルから離れていた。
山本は立ったまま自身の左手を見つめると、しゃくり上げるように一瞬だけ強く息を吸い込み、それから、立ち昇る湯気のように全身をユラユラと揺らした。
「ふーじこしゃーん……」
そう言いながら山本はテーブルに向かって倒れた。
テーブルの上で頭がバウンドし、首がよじれて川瀬の方に顔が向く。倒れた時に強く打ちつけたのだろうか、その鼻からは血が流れ出していた。
山本はピクリとも動かなくなった。
川瀬は目をそむけ、皆に対し提案をした。
「一旦、元の位置に戻りましょう」
全員、何も言わずに頷く。
成宮が後ろ向きに歩くことを避けて慎重に笠松の隣に移動し、ゆっくりと男達は歩き始めた。
すると上半身をテーブルの上に乗せていた山本の体が、引きずられてついてきた。
「振り落としましょう」
笠松が、何をとは明言せず、呟いた。男達はテーブルを入口側に少し傾け、勢い良く持ち上げた。
思いのほか力が強かったのか、山本の体は投げ飛ばされ、内側に開いたままになっていた扉にぶつかり、頭だけを廊下に出してうつ伏せに倒れた。
ぶつかった際の衝撃でストッパーが外れて扉が閉まり、彼女の首が挟まる。
男達は何も見なかったことにし、黙々と移動を再開した。
元の位置に戻ると、すぐさま全員ソファに腰を下ろした。移動前とは若干席が異なり、笠松が川瀬の真向かい、山本の座っていた席、成宮がその隣、笠松の座っていた席だ。
「やれやれ……」
全員が声を揃えてそう囁く。
「やれやれ……」
川瀬はもう一度同じ言葉を口にし、頭の中で、『殺れ、殺れ』と、くだらないダジャレを考えた。





