順序通りの犠牲(8)
川瀬は呆れた調子で言った。
「ちょっと、もっちゃん。しばらく静かにしていたと思ったら、いきなり何?」
「川瀬君ってさあ、本当に謝らないよね。わたしもずっとそう思ってたの。さっきも奈良坂さんに悪戯したことを責めたら、みんなだって陰口言ってるって開き直ったじゃない」
「たった一つの例を持ち出されてもね……」
「それだけじゃないよ。仕事が上手くいかなかった時とかもさ、会社のブランド力が弱いからとか、商品に魅力がないからとか、必ず他のことのせいにするじゃない。まあね、言いたいこと分かる時もあるけど、そこは謝っておけば良いんじゃないの?って思うことの方が断然多いんだよね」
成宮がにやけながらコーヒーを啜った。
山本は勢い付く。
「皆さん、聞いて下さい。それだけじゃないんですよ。川瀬君って失敗とかは周りのせいにするくせに、成功した時は自分の手柄にするんです。ちょっとしたことですぐに自慢をするんですよ」
「先生、やはり先生は主人公不適格ですね」
笠松は意を得たように微笑んだ。
「それはもっちゃんの主観でしょ? 自慢なんかしていないよ」
「してるって。わたしだけじゃなくて、武田さんとか、そう思っている人って、結構多いよ? 陰でみんなが川瀬君のこと何て呼んでるか知ってる?」
「な、何だよそれ! 何て呼ばれているんだよ」
「……スネオ」
「プハッ」
成宮がコーヒーを吹き出した。
「失礼」
そう言って彼はハンカチでテーブルを拭いた。
「ちょちょちょ、なんで僕がスネオなの……」
「だからさあ、自慢が多いからだよ。すぐに参っちゃったなあっていう雰囲気を出すじゃない。商談まとめちゃったよ参ったなあ、小説家になったよ参ったなあ、毎日忙しいよ参ったなあ、取材依頼があったよ参ったなあ、って感じでさあ」
「参ったなあなんて言った覚えはないね」
「ニュアンスの話だよ。そういう雰囲気だって言ってるの。ほら、名刺に『兼小説家』って書かれたって話、わたし五回は聞かされたからね。あ、今日も聞いたから六回かな?」
成宮が頷く。
「私も同じくらい聞かされたよ」
川瀬は髪をかきあげ、頭をグシャグシャと掻き回した。
「もっちゃん、そんなことを……」
「あ、あとさあ……」
「何? まだ何かあるの?」
「この際だから言うけど、その、もっちゃんって呼ぶの、やめてくんない?」
「は?」
「そう呼ぶの川瀬君だけでしょ? なんかね、それって、僕は女の子とも仲良くなれるんですってアピールされてるみたいで、煩わしいんだよね。ごめんね」
「ああ、そうですか! それはすいませんでしたねえ、山本さん」
川瀬は顎を突き出しながら嫌味ったらしく頭を下げた。
「皆さん、見ましたあ? 今の顔。わたし、この人のこういう子供みたいなところが嫌なんですよね」
「この人って言うなよ」
「変にプライド高いし」
山本は深呼吸をし、川瀬のことを見据えた。
「最後に、って言うか、一番言いたかったことなんだけど、変な噂を聞いたんだよね。川瀬君が色んな人にさ、わたしが川瀬君に……」
「も、もっちゃん?」
「山本さんでしょ?」
「あ、山本さん」
「はい、なんでしょうか川瀬さん」
「それはさあ、今言うべきことなのかなあ? ねえ!」
「…………」
「…………」
「言いまーす!」
「ちょーっ」
「聞いて下さい。川瀬君が色んな人に、わたしが川瀬君に気があるって、事実無根のことを言いふらしてるらしいんですよ」
「え、あ、それはね、その、断定的にじゃなくて、いつも一緒にいるし、ですね、そうなんじゃないかなあと言ったことがあるかもっていう感じのことでしてね……」
「へえ、噂は本当だったんだね」
「あ……いや……」
「言っとくけどねえ。川瀬君に対してそんな気全然ないから! 唯一の同部署の同期なんだから一緒に仕事をする機会が多いのは当たり前でしょ」
「もっちゃ、あ、と、さん」
「モッチャートさん? 誰それ?」
「山本さん。そういうことを今更並べ立てるなんて酷くない?」
「だって今言わないと、二度と言う機会がないじゃない」
男達は唾を飲み込んだ。
発言をした山本自身は、特に何も考えていなかったらしく、平然としていた。それどころか、言いたいことを言って清々しい顔さえしているようにも見える。
気まずい現場を取り繕うように、笠松が柔和な笑みを浮かべて川瀬に声を掛けた。
「とりあえず、先生は主人公失格ですね。それだけではなく、早々にお亡くなりになった方が良いでしょう」
口調は穏やかだが言っていることは物騒だ。
「まあ、川瀬君はそうだねえ……」
成宮も後に続く。
「……川瀬君は、ほら、その、なんだ、あれだよ……」
適当な言葉を探しているらしい。他の参加者達は彼が答えを導き出すのを、黙って見守った。
「……何て言うのかな、こう、川瀬君は…………川瀬君は駄目だ」
川瀬は弱々しい声で指摘を入れた。
「さんざん考えて出てきた言葉がそれですか」
「なんだい? 自分は駄目じゃないとでも言うのかい?」
川瀬は何も言い返すことが出来ず、燃え尽きたボクサーのように膝の上に肘を乗せ、うな垂れた。
川瀬が深刻なダメージを負ったことを認めると、笠松が話題を変えた。
「さて、他に主人公候補はいらっしゃいますか?」
全員、顔を見合わす。そして、参加者達は山本に視線を向けた。
「山本さんかあ……」
成宮が呟く。
「紅一点ですか……」
笠松も呟いた。
山本は考えを巡らしているのか、何も言わない。
すると成宮が再び喋り出した。
「ないな。サバイバルホラーで女性が主人公ということはほとんどない。殺し合いをするという設定上、女性に主人公は難しいんだよ。彼女が主人公の可能性は低いだろうね」
それに対し笠松が応じる。
「ならば山本さんは死にますか? 私が過去に読んだ小説では、いずれも女性が一人生き残っていましたが」
「君が何を読んだか知らないが、それは主人公ではなく、おそらくそれに付随するヒロインだろう。ゲームのルールによっては複数名生き残る場合があるからね」
「ヒロイン、ですか。では山本さんの場合、主人公としての適正以外にヒロインの適正についても精査する必要がありますかね……」
「その必要はないだろうねえ。このゲームのルールや今の状況を考えると、主人公以外に生き残りがいるとは思えない」
そこまで聞いて川瀬は話に参加した。
「仮にヒロインも生き残れる設定だったとしても、もっちゃ、あ、山本さんが生き残ることはないでしょうね。彼女がヒロインなんてあり得ないですよ」
「それもそうだねえ」
「何でもするからゲームを降りろなんて、ヒロインだったら口が裂けても言わないですね」
「うん。ヒロインだったら、『穢されるくらいなら死を選ぶわ』くらいのことを言って貰いたいよねえ」
山本が、不機嫌そうに声を強めて発言する。
「あの! 女に主人公は難しいとか、女は付随するものとか、女は命よりも純潔を守るとか、発想が気持ち悪いんですけど。生きるか死ぬかの状況だったら、男女関係なく命を守りますよ。必要なら相手が誰でも殺します。そーれーかーらー、『選ぶわ』って、『わ』って、今時、そんな喋り方する人なんて、そうそういませんから」
成宮は困った顔をして笠松を見た。
現況を任せられた笠松が山本をなだめる。
「山本さん、それはあくまでサバイバルホラー小説における個々の役割について論じただけですよ。決して女性を蔑視している訳でありません」
「それにしてもリアリティーがないと思いませんか?」
「サバイバルホラーにリアリティーを求められてもねえ……」
成宮が呟く。
「はい? リアリティーを必要としない小説ってどうなんですか? サバイバルホラーってどうなの?」
山本は川瀬の方を向いた。
「え? なんで僕に聞くの」
その時、笠松がテーブルを軽く叩いて人差し指を立てた。
「分かりました。ヒロインという設定はないものとして、改めて山本さんの主人公の可能性について考えましょう」





