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人物紹介およびルール説明 (1)

 夜七時を過ぎていた。


 広さ十二平米ほどの応接室。そこには複数の男女がいた。その男女達は部屋の中央にある背の低い重厚そうなテーブルに左手を置いていた。一見すれば、円陣を組んで手を揃えているようにも思える。


「お時間は大丈夫なんですか? すみません。うちの奈良坂が遅れてしまって」


 川瀬誠は言った。

 入口から見て左側の三人掛けソファに座る川瀬は、貧弱そうな青年だ。ダークグレーのスーツに身を包み、いかにもインドア派という雰囲気を醸し出している。

 川瀬は上司が約束の時間に現れないことについて、やや事務的に頭を下げた。


 それに対し、斜め向かいに座る男が柔和な笑みを浮かべて応じた。


「私達は大丈夫ですよ。今日はこの取材が終われば直帰ですし」


 細いネクタイを緩く締め、やや丈の短いスキニートラウザーズをサスペンダーで吊った男、笠松義也。

 正確な年齢は不明だが、見た目は三十代前半。彼は流通業界を扱った専門誌のライターで、ラッピング資材の会社に勤めながら作家としても活動している川瀬のもとに、取材をしに訪れていた。


「ねえ、樫木さん?」


 笠松が視線を送る先、窓際の床の上に、フリーカメラマン、樫木智明が胡坐をかいていた。

 彼は顎鬚を弄りながら何度も頷いた。歳は川瀬と同じくらい、おそらく二十代半ばだろう。ただし、川瀬とは対照的に体格が良く、また、もみあげと顎鬚が繋がっており、非常に野性味溢れる風情だ。常識に囚われない芸術家を気取っているのか、よれたティーシャツを着て、首にストールを巻いている。つい先程まで会社内のあちこちを撮影していたが、スーツにネクタイ姿の男達ばかりの中で彼は明らかに浮いた存在だった。


 笠松が話を続ける。


「私達よりも先生方はお時間、大丈夫なのですか?」


「僕は平気ですよ」


「私も平気だよ。早くに取材が終われば皆さんと一緒に飲みに行こうかとも考えていたくらいなんでね」


 川瀬と共に笠松の質問に答えたのは、某大手出版社所属、川瀬の担当編集者、成宮幸一だ。

 見た目も実年齢も共に三十代後半。本人に悪気はないのだろうが偉そうな態度を取る男だ。普段はラフな格好を好んでいるが、今日は写真撮影があるからだろう、グレーのスーツを着込んでいる。

 成宮は川瀬の隣、窓側の席に座っていた。


「良いっすねえ。飲みに行きましょう。元々一人でも飲みに行くつもりだったんすよ」


 樫木が成宮の考えに同意する。


 その言葉を聞いて川瀬は顔を微かにしかめさせた。初対面の人達と食事をするのも気が進まない上、カメラマンの樫木という人物を好ましく思っていなかったのだ。汚らしい見た目、乱雑な口調、川瀬にとって普段は接点を持たない人種だ。


「もっちゃんは時間、平気?」


 樫木の発言を無視し、川瀬は向かいの席の、笠松と一緒に二人掛けソファに腰を沈めている女に声を掛けた。


「わたしは平気。特に予定ないし」


 その会話を聞いた樫木が口を挟む。


「もっちゃんっていうニックネームなんすね。ひょっとして名前は桃子とか?」


「残念でした。苗字が山本なんで、やまもっちゃんって呼ばれていて、それで川瀬君だけもっちゃんってわたしのことを呼ぶんです」


「へえ、じゃあ、下の名前はなんて言うんすか?」


「久美です」


「山本久美さんすね。覚えとこ」


 七分袖のブラウスとピンクのシャガードスカートを着た山本久美は、川瀬と同い年、同期入社の同僚だ。部署も同じ営業部に所属している。樫木に話し掛けられることに不快感は表していないが、床に座る彼の視線の高さがソファのそれと同じためか、彼女はスカートの裾を押さえ、膝を左に大きく傾けていた。


「おい、川瀬。俺に予定は聞かないのか?」


 樫木の向かい、入口側の一人掛けソファに座る武田大輔が不服を漏らした。

 物流を担当する彼はネクタイを締めてはいるが、ワイシャツの上から作業ジャンバーを羽織っている。


「武田さんはどうせ暇でしょ?」


「おまっ、四年も先輩の俺に対してそういうこと言う?」


「冗談ですよ。先輩の予定は?」


「俺は何の予定もないよ」


「ほら」


 武田以外の全員が声を揃えて笑った。武田は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「でさ……」

 武田が言う。

「……この手は、いつまで置いておけば良いんだ?」


「ゲームの終了までですね」


「だから、ゲームの終了っていつだよ」


「サバイバルホラーの定番だと、生き残りが最後の一人になるまでですかねえ」


「終わらないだろ。これ」


「あとは終了時刻を迎えると終わりですね」


 川瀬達の会話を聞いた笠松が口を開いた。


「先生、終了時刻を迎えると引き分けですよね?」


「はい」


「その場合は?」


「全員死にます。だからこそ参加者達は殺し合いをするんですよ。たった一人の勝者になるために」


 笠松は胸のポケットから手帳を取り出し、ペンを携えて身を乗り出した。


「まとめますね。左手をテーブルから離すと失格。つまり、死に至ります。この、『手を離す』というのは天板からですか? 例えば、テーブルの脚を掴んでいるのはありなのでしょうか?」


「天板のみにしましょうか……て言うか、そんな真剣に話を聞かれるとは思いもしませんでした。さっきまでメモも取っていなかったじゃないですか」


「ハハ。職業病ですかね。もしかしたら今ここで大作の構想が練られるかも知れないのです。真剣にもなりますよ。人気作家の新作予告をうちのようなビジネス誌が一番乗りに掲載するなんて、少し可笑しな話ですけれどね。あ、インタビュー全体はレコーダーで録音していますので、ご安心下さい」


「人気作家だなんて……」


「そういう謙遜はもう無しにしましょう。さて、お話の続きですが、左手を天板から離したら死に至ります。では、手を離すというのは、どこからが手を離したことになるのでしょうか? 指一本でも触れていれば死なないのですか?」


「手の平が良いでしょう。そうしないと親指だけを天板に乗せてテーブルの縁を掴むことが出来てしまいます。なので、手首より先から指の根元までの平面の一部が天板に触れていることを生存の条件としましょう」


「要するに、指先や手の甲が触れているだけでは失格ということですね」


「そうなりますね」


「説明ありがとうございます。次に、敵の手を離させる方法についてですが、何をしても良いのでしょうか?」


「そうそう。力で捻じ伏せるとかってありっすか?」


 樫木が拳を握り、前へ突き出しながら言った。

 川瀬はやや顔を引きつらせ、問いに答えた。


「なんでもありです。ただし、今はあくまでもシミュレーションゲームをしているだけですから、穏便にお願いしますよ。ね」


「手を引っ張るだけで勝てるなら俺が有利っすかね」


「そうとも言えないですよ。他の手段もあります。例えば……」


 話の途中、川瀬は素早く自分の尻を押さえた。何事かと思い、他の全員が川瀬を凝視する。川瀬は尻のポケットから携帯電話を取り出し、そのディスプレイを見ながら申し訳なさそうに言った。


「すみません。上司から電話が……」


 笠松が手で、どうぞ、というジェスチャーをする。

 その姿を確認し、川瀬は通話ボタンを押した。


「はい、川瀬です。お疲れ様です。どうされたんですか? はい……はい……ええ。武田さんなら一緒にいますよ。代わりますか? 大丈夫ですか……分かりました。そう伝えておきます」


 川瀬は通話終了の操作をすると、武田の方へ向き直った。


「武田さん。なんか、福本さんが用事があるそうです。下のオフィスで待っているそうですよ」


「は? なんで営業二課の課長が俺に用があんだよ」


「それは分からないですけど、緊急みたいです」


 武田は面倒臭そうな顔で小さく舌打ちし、腰を上げた。そしてテーブルから手を離そうとした。

 その瞬間、川瀬は叫んだ。


「あー! 武田さん。手を離さないで下さい。嘘です。今のは嘘ですから」


「は?」


「例えばこういう戦略もあるっていうのを示しただけです。どうぞ、また座って下さい」


「なるほど……」


 笠松がペンを回しながら呟いた。成宮や山本も納得したように頷いている。


 武田がソファに腰を下ろして場の空気が落ち着くと、成宮がしたり顔で話し始めた。


「分かったよ。力任せだけではなく、ブラフを散りばめて人を陥れる知恵比べの側面もあるという訳だね」


「そうですね。それに、片手しか使えない状態では引っ張る力よりも体重を掛けられるテーブルを押さえる力の方が強いと思いますので、いずれにしても相手を油断させる知恵は必要になるのではないかと思います。殴るとかは無しとした場合ですけど……本当に殴るとかはやめて下さいね」


「そんなこと誰もしないっすよ。ねえ?」


 樫木が笑いながら他の参加者達にそう尋ねると、全員、お前が一番殴りそうだ、と言いたげな表情を浮かべて苦笑いをした。


 その微妙な雰囲気の中、笠松が声を強めて発言した。


「ルール上はなんでもありですが、倫理上、殴る蹴るは無しということにしましょう。それで良いですね?」


 全員が頷く。


「あ、あと先生。これを禁止事項に加えて欲しいのですが」


「なんですか?」


「ゲーム参加者以外に助けを求めてはいけないということです。ここは先生の勤める会社ではないですか。参加者以外の応援を認めてしまいますと、圧倒的に先生、山本さん、武田さんの三名が有利になってしまいます」


「そうですね。でも、そんなことわざわざルールにしなくてもやらないですよ」


「いえいえ、先程の先生の戦略の例を見る限り、可能性は否めないと考えています。念には念を入れてルールにしておかないと心配性の私は安心出来ないのですよ」


「……僕は信用ないんですね」


「逆です。信用しているのです。先生はあらゆる策を練る才能のある方だと」


「分かりました。じゃあ、それもルールとして明文化しておきましょう。他に禁止すべきことはありますか?」


「差し当たり思い付かないですね」


「差し当たり? 以降はルールの追加なんて認めないですよ」


「ハハ。曖昧なことを言って申し訳ありませんでした。禁止事項は参加者以外の応援だけで結構です」


 そう言って、笠松は手帳にルールを書き込んでいった。



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