順序通りの犠牲(7)
笠松が落ち着いた調子で川瀬に尋ねる。
「先生が主人公という根拠はあるのですか? まさか、若いからという理由だけではないですよね?」
「年齢的に適切だという理由もありますが、それよりも、僕が小説家だからです。この物語のオチはこうです。僕以外の参加者は全員死亡。生き残った僕は今日のこの出来事を小説にするんです。そして、出来上がった小説の内容が今現在なんですよ」
「川瀬君、その小説のタイトルは?」
成宮が言う。
「そこ、大事ですか?」
「空気を読もうよ」
「あ、じゃあ、『川瀬誠の……』」
「川瀬誠の?」
「『……サバイバルホラーってどうなの?』で」
成宮と笠松が即座に批判を示した。
「そのタイトルはどうなんだい?」
「そのタイトルはどうなのですか?」
即座に言い返す。
「お二人に言われたくないですよ!」
「まあ、それは置いといて……」
そう言って成宮は話を仕切り直した。
「置いちゃうんだ……」
山本が呟く。成宮が話を続ける。
「確かに作家が主人公というのは良くある設定だ。しかしここが、君が将来描くことになる小説の世界だというパラドックスには賛同しかねるねえ。順当に考えれば、小説を書くために君が今現在を演出しているという方が自然だ」
「何が言いたいんですか?」
「君は主人公ではなく、ゲームマスターだ!」
「は?」
そのやり取りを聞いた笠松が疑問を呈する。
「ゲームマスターというのはなんでしょうか?」
成宮が偉そうに答える。
「言葉の通りゲームの主催者のことだよ。サバイバルホラー小説には、ゲーム主催者が初めから明示されているものとされていないものとがある。明示されているものでは登場人物達が主催者を倒すために四苦八苦し、アクション寄りの展開になる。それに対して明示されていないものの場合は、誰が主催者なのか、何が原因なのか探るというミステリーの要素が強くなるんだ。私達の今の状況は?」
「何が原因なのか分からないですね」
「その通り。そして、原因を探るミステリー要素の強いサバイバルホラーでは、しばしばこういう展開になる」
「どうぞ」
「『参加者の中にゲームマスターがいる!』だ」
成宮は大きく息を吸い、早口に熱弁を振るった。
「詳しく説明しよう。訳も分からずゲームに参加させられた者達は生き残りを懸けて戦いながらも原因を追及していく。そして、必要以上に猟奇的な殺害方法を見て、一つの結論に辿り着くんだ。これは何者かが娯楽のために催したゲームだ。ならば、その主催者はすぐ近くで我々を見ているに違いないってね」
「補足しますね……」
川瀬は話に割り込んだ。
「……成宮さんの言う通り、そういう展開はありがちです。類似するもので参加者の一人がゲームマスターの手下で目にカメラを仕込んでいたというものもありました。ただし、その展開では誰が犯人なのかと疑心暗鬼になり、殺し合いが加速するんですよ。つまり、ゲームマスター探しをするのは得策ではありません」
「逃れるのに必死だねえ」
「逃れているつもりはないですよ。第一、ゲームマスターの嫌疑を掛けられるのは大抵主人公です。その展開では僕は安全です。僕は皆さんのことを考えてですね……」
「君の戦略の受け売りだが、定番の物語を破壊することで私達は解放されるとも考えられるんだ。通常、ゲームマスターの正体は物語の最後まで分からない。それを物語の中盤で明かしてしまえば台無しだ」
「じゃあ僕が、『自分が犯人でーす』とでも言えば、万事解決だと言うんですか?」
「やはり君が犯人なのか!」
「違いますって!」
成宮は遠い目をして、しみじみと語り出した。
「小説のネタが枯渇した川瀬は、ある計画を思い付く。それは、未知の能力だかオーバーテクノロジーだかを活用し、人々に殺し合いをさせ、それを物語の題材にするというものだった……」
「『成宮幸一の事件簿』の一節ですか? 殺し合いをさせる方法がアバウト過ぎですよ」
「……という、可能性も否めない」
「否めますって」
川瀬は汗を拭ってから呼吸を整え、改めて成宮に語り掛けた。
「サバイバルホラーのシナリオに従った上で主人公を主張していたのに、僕が主人公かも知れないという話になった途端にシナリオの破壊を目論むって、おかしいと思いませんか?」
その問い掛けに、成宮ではなく、笠松が反応を示した。
「先生、聞き捨てならないですね。主人公かも知れない? 私は先生が主人公である可能性はないと考えています」
「笠松さんまで僕がゲームマスターだとか言うんじゃないでしょうね?」
「いいえ。その可能性がゼロとは言いませんが、そうじゃなくとも先生は主人公として適切とは思えません」
笠松の話を聞いた成宮が大きく頷く。
「そうだねえ。私もそう思うよ」
成宮はゲームマスターの主張を推すよりも、笠松の考えに便乗した方が優位に働きそうだとでも考えたのだろう。
「主人公に適していない理由があるんですか? あるなら言ってみて下さいよ」
「先生は私達を騙して手を離させようとしましたね?」
「皆さんだって似たようなことをしているじゃないですか」
「……その上、これはこういうゲームだと開き直りましたね?」
「だから、それも皆さんが先に開き直ったからですよね」
「なるほど」
「それだけですか?」
「もともと、このゲームは先生が考えました」
「まさか笠松さんも僕に責任があるとか言うんですか? もう一度言いますけど、みんな合意の上でゲームを始めましたよねえ?」
「はい。既に申し上げたと思いますが、そのことに関して先生を責めるつもりはありません。ただ……」
「ただ?」
「そこは謝るべきではないでしょうか? ゲームを考えたのは間違いなく先生です。全面的に責任がなかったとしましても、こんなことに巻き込んでしまって申し訳なかった、と一言いうのがマナーだと思うのです。先程もいくつか質問させて頂きましたが、先生は一切謝らないですよね」
「あ……」
「常に、他のみんなもやっていたという論調で返してきます。それはあまりにも精神が未熟、いいえ、とうに成人なのですから性格が悪いと言えます。それでも主人公を騙りますか?」
「そうなんですよ! 川瀬君は謝らないんです!」
突然、山本が嬉しそうに話に加わった。





