順序通りの犠牲(6)
笠松の話が始まる。
「まず、私の職業はライターです。小説の主人公として魅力的だと思いませんか?」
早速成宮が指摘を入れる。
「小説の主人公になるライターは、おおむね事件やスキャンダルを追っているものだろう? 君はビジネス誌の記者じゃないか。君の雑誌、『流通野郎Aチーム』だったかな、それはスキャンダルを掲載したりするのかい?」
「『流通界報エース』です」
「そんなのはどっちでも良いことだ。どちらにしても事件を取り扱うような雑誌ではないだろう? 君の存在はねえ、せいぜい取材中に知ってはいけないことを知ってしまい殺されるモブだ」
「次に!」
笠松は成宮の言うことを否定するように声を大きくした。
「……私は物語の進行役を務めています。このルールをまとめたのは私、十二時まで何もしないと提案したのも私、ゲームを本格化させたのも私です。私がいないと話が成立しなかったでしょう。いつだって冷静に物事を判断し、皆さんの行動を促してきたのです。私以上に物語の貢献者、主人公足り得る人物はいらっしゃいますか?」
「残念だったねえ、笠松さん。おっと、その前に先程モブと発言したことは謝罪しておこう。すまなかった。君はモブではない。二番手の役どころだ。確かに君は冷静だ。しかしねえ、冷静過ぎる人物は主人公にはなれないんだよ。サバイバルホラーでは、冷静過ぎる人物は主人公のサポート役もしくはライバルになると決まっている。君の場合は樫木さんを殺しているので後者かな。その場合、正確には冷静とは言わずに冷酷と言うがね」
「冷酷とは心外ですね。私は、皆さんを守るために樫木さんという脅威を取り払ったのです。あの時、私が主人公の物語、『笠松義也の日常』では、こうなっています……樫木が凶器を握り参加者達を睨んだ。今にも襲い掛かりそうだ。全員、怯えて動けずにいる。このままでは全滅してしまう。私は考えた。自分を犠牲にしてでもみんなを助けなければならない! そして私はネクタイを握った……幸いにも私は樫木さんに反撃されることなく無傷で済みましたが、実はあの時、相討ちも覚悟していたのです。皆さんのために……」
笠松は悦に入った表情で何度も頷いた。
「百歩譲って集団的自衛が樫木さん殺害の要因だとしてもだ、以前から付き合いのあった仕事仲間を躊躇なく始末するかい? 君には情がないよ」
「樫木さんはアーチストを自称してはいましたが、実は単なる美大あがりのフリーターです。少ない報酬で仕事を引き受けてくれるので、何度か取材に同行願ったことはありますが、仲間というほどではありませんでした。そんな彼のことさえも私は助けたいと思っていました。しかし、多くを生かすために辛い選択肢を選んだのです」
「馬鹿を言うな。君は樫木さんを殺害後に、このゲームは命懸けの騙し合いだと宣言したじゃないか」
「言葉の綾です。幾分冷静さを欠いていたのでしょう。冷静過ぎる二番手ではなく、サバイバルホラー『笠松義也の日常』の主人公なので」
「ああ言えばこう言う。屁理屈だらけだねえ。そんな性格では主人公は無理だよ」
「性格で主人公の適正が決まるというのであれば、成宮さんこそ失格ではないでしょうか。そんな不遜な態度の主人公など見たことがありません」
「不遜? この場では私が明らかに年長者だ。それなりの振る舞いをしているだけだと思うがね」
「お幾つなのですか?」
「三十九だ」
「私よりも年下ではないですか」
「え!」
川瀬と山本は叫んだ。
「私は四十二です。おそらく年長者でしょう」
笠松の見た目は十歳ほど若く見える。その衝撃的な事実を知っても成宮は一切動じることなく悠然と述べた。
「年上を敬えとでも言いたいのかな?」
「いいえ。成宮さんが不遜の言い訳として年長者であることを主張されるので年齢を伝えたまでです」
「どちらにしろ丁寧に接しろと言っているんだろ」
「年齢や立場に関係なく、初対面の相手に対しては礼儀正しくあろうとするのが常識です。あの樫木さんでさえ敬語を使おうとしていたのですよ? 成宮さんは彼にも劣ります」
「細かいことを気にするねえ。理屈っぽい上に神経質では益々主人公には向いていないよ」
「あなたほどではないです」
「君は分かっていないなあ。サバイバルホラーの主人公には二通りの性格があるんだ。状況に翻弄される弱気なタイプと積極的に行動する強気なタイプだ。私は後者でねえ。強気なタイプは目上の者に対しても堂々と振る舞う。そして何より、敵に対して敬語を使うようなことは決してしない」
「私は敵ですか?」
「今更何を言っているんだ!」
口論する二人をなだめるように川瀬は落ち着いた口調で発言した。
「二人ともやめて下さい……」
成宮と笠松が同時に川瀬のことを睨む。
「……そんなくだらないことで言い争いをしていても意味がないですよ。ハッキリ言って、いえ、言い難いんですけど、あの、二人とも主人公には向いていないと思いますし……」
「どうしてそう思うのか聞かせて貰いたいねえ」
成宮が挑発的な目をする。
川瀬は申し訳なさそうな顔をしつつも二人に説明を始めた。
「サバイバルホラーの主な読者は若年層です。四十歳前後の中年男性が主人公な訳ないじゃないですか。現時点で既に、『おっさんばかりで登場人物に魅力がない』とレビューに書かれてしまいそうな状態だというのに」
「ほう、じゃあ誰が主人公だとでも言うんだい?」
「誰でも良いですけど、強いて言うなら僕じゃないですかね……」





