順序通りの犠牲(5)
おそらく成宮は、自分こそ勝者、と言いたいがために、ここまで会話を誘導してきたのだろう。
「根拠は?」
川瀬と笠松は口を揃えて成宮に尋ねた。
「まず、私には存在感がある。このゲーム開始前からここにいて、物語に深く関与している。ゲームを始める切っ掛けを作ったのは私の一言からだっただろう?」
笠松が反論する。
「参加人数が少ないのですから各自それなりに存在感はあると思います。それに、山本さん以外はゲーム開始前からここにいたではないですか」
「まあ、落ち着いて。続きがあるんだから。次に、私がここに来るまでの経緯だが、小説にありがちな設定なんだ……大手出版社に所属する編集者成宮幸一は、担当する作家の取材に同行することになり、郊外にある工場にやってきた。そして、凄惨な事件に巻き込まれる……良くあるだろう? 小説家の催すイベントに招待されて山奥の屋敷に出向き、そこで殺人事件に遭遇するという設定が。それに似ていると思わないかい?」
川瀬は呆れた声を出した。
「強引過ぎです」
「焦るんじゃない。ここまでは前振りだ。私が主人公である一番の根拠。それは、私は罪を犯していないということだ。時系列順に説明しようじゃないか。武田さんが死んで、みんなで協力して苦難を乗り越えようという話になった後のことだ。山本さんはなんでもするから全員手を離せという戦略を行なったねえ。笠松さんは樫木さんを殺害した。川瀬君は嘘をついて全滅を図った。私は? 何もしていない。さっきも言った通り、サバイバルホラーでは悪事を企んだ者は死ぬ運命にあるんだ。君達は諦めてさっさとゲームを降りるべきだと思うねえ」
話が終わると笠松は淡々と指摘をした。
「罪を犯していない、ですか? 成宮さんは先生が私達を騙そうとした時、それが嘘であることを見抜いた上で便乗しようとしていたではないですか。それは他人を欺くことに加担したと言えるのではないでしょうか?」
「それは笠松さんの想像だろう? 私が川瀬君の戦略に便乗しようとした証拠なんてないんだから」
続けて川瀬も指摘する。
「想像ではない決定的な罪があります。成宮さんは笠松さんと一緒に樫木さんの首を絞めたじゃないですか」
成宮は悲しそうな顔をした。
「それはね、仕方がなかったんだ……私は笠松さんに脅されていたんだよ。あの場でネクタイを握らなければ私が殺されていた」
「はあ?」
笠松が、笠松らしくない声を出す。
「……いつ私が成宮さんを脅したのですか」
「君の目だよ。君の目がね、そう言っていたんだ。私が主人公の物語、『成宮幸一の事件簿』では、こうなっている……『殺されたくなければ、ネクタイの結び目を持て』と、笠松の目は言っていた。私は恐怖に怯えながら指示に従った。すると彼は勢い良くネクタイを引いた。樫木の首が締まる。私は思った。まさか、そんなことをするなんて! 彼の要求は結び目を持たせるだけではなかったのか……ってね。笠松さんが樫木さんを殺すとは思いもしなかったよ。その策略を察していたならば、たとえ脅されようとも私はネクタイを握らなかった」
「いやいやいや……」
「いやいやいや……」
「いやいやいや……」
輪唱が起きる。
川瀬は更に言葉を続けた。
「いやいやいや、明らかに殺す気満々だったじゃないですか。結構な時間、力を込めてネクタイを引っ張っていましたよね」
「人其々主観が異なるんだろうねえ。一瞬の出来事だったよ。あっと言う間に樫木さんは死んでいた。『成宮幸一の事件簿』ではね」
「『成宮幸一の事件簿』って……」
更に成宮を責め立てようとした時、山本が話に割り込んだ。
「成宮さんの罪はそれだけじゃないです。わたしがなんでもするから手を離して下さいって提案をした時、川瀬君と笠松さんは何をされても手を離さないって宣言をして、わたしの行為を止めようとしました。でも、成宮さんは何もしませんでしたよね。どちらかと言うと、そう、便乗するような雰囲気でした」
「山本さん、それは言い掛かりだよ」
成宮の反論を聞き、川瀬はその時の状況を思い出しながら山本を援護した。
「いいえ、言い掛かりとは言えないですよ。確か、もっちゃんがなんでもすると言った時、成宮さんはルパンの物真似をさせようとする節がありました」
「君もルパンの物真似を見たいと言っていただろう?」
「ルパンの物真似が気になると言っただけです」
「それはルパンの物真似を見たいと言っているのと同義だよ」
「最終的にはルパンの物真似をしないで良いって僕は言いました」
「最終判断を問うているんじゃない。ルパンの物真似をする山本さんを笑い物にしたいと思ったか否かの話だ」
「違いますよ。もっちゃんがルパンの物真似をすることで誰かが手を離すかも知れないって思ったか否かの話です。最終的にルパンの物真似をしないで良いと言った僕に他意はないです。それに対して成宮さんは戦略に便乗しようとしたと言っているんです」
「ルパンの物真似を笑おうとしたことは否定しないんだねえ」
「ルパンの物真似を笑おうとして何が悪いんですか!」
声を荒げる川瀬に対し、山本が気まずそうに口を開く。
「か、川瀬君? わたしの意見に賛成してくれるのは有り難いんだけどさ。物真似の話は、もう、ほじくらないでくれる?」
そのタイミングで笠松が咳払いをし、成宮に視線を向けた。
「この通り、成宮さんに罪がないというのは無理があるのではないでしょうか。いずれの作戦においても、主犯ではありませんが、力を貸しています。そうやって漁夫の利を得ようとする姑息で卑怯な方を主人公とは呼べないでしょう」
「こじつけだろう」
「こじつけをしているのは成宮さんではないですか。そのような主張がまかり通るくらいなのであれば、私の方が余程主人公に向いています」
「ハッハッハ。どこが?」
笠松は余裕の笑みを浮かべ、自分への注目を促すように参加者達のことを見つめた。
「説明しましょう」
そう言って彼は人差し指を立てた。





