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順序通りの犠牲(3)

 誰も何も言わない。時折、給湯ポットから蒸気の漏れる音だけが聞こえる。


 参加者達の額には汗が滲んでいたが、誰もそれを拭おうとさえしなかった。まるで石にでもなったかのようだ。


 その静寂はとても長く感じられた。


「……先生?」


「は、はい?」


 囁くような会話。


「先生、どうなっているのでしょうか?」


「え? なんのことですか?」


「それを説明しなければなりませんか?」


「…………」


 他の声も混じる。


「川瀬君、一体どうなっているんだい?」


「そうだよ。どういうことなの?」


 それら糾弾を浴びて、川瀬は裏返った声を出した。


「あ、あれえ?」


 惚ける川瀬に対し笠松が冷たい視線を送る。


「先生、どうして手を離していないのですか?」


 川瀬はテーブルの上の左手を見つめ、気まずそうに呟いた。


「おかしいなあ。手を離したつもりだったんですけど……」


「私達を騙したのですね」


「いやいやいや、そんなつもりは……」


「先生は私と成宮さんが樫木さんを脱落させたことを責めましたけれど、先生の方が悪質ではないですか。あわよくば全員一気に始末しようとしたのですから」


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。直接手を下すのと策を講じるのとでは重みが違うじゃないですか」


「それは拳銃を撃つのは有罪でミサイルのボタンを押すのは無罪と言っているのと同じですよ。そのような理屈が通用するとでも思っているのですか?」


「例えが極端ですって」


「いずれにしても策を講じたことは認めるのですね」


「いや、はあ、どうですかね……でも……」


「でも?」


「誰も手を離していないじゃないですか!」


 その場にいる全員の左手はガッチリとテーブルを押さえ込んでいた。

 川瀬以外の参加者は、問い質されるのを避けるためだろう、サッと目を伏せた。


「ちょちょちょ、なんで視線を逸らすんですか。笠松さん! あなたは僕のこと責められないですよね? どうして手を離していないんですか!」


 笠松は一瞬驚いた顔をし、それから眉間に皺を寄せた。


「これは一体どういうことでしょう。確かに私は手を離したはずだったのですが……」


 そんなのは嘘に決まっている。しかし、あまりにも自然なその演技に一瞬本当なのではないかと錯覚に陥ってしまいそうだった。

 川瀬は惑わされまいと笠松への追求を諦め、他の参加者達を睨みつけた。

 すると、聞いてもいないのに言い訳が始まった。


「私は若くないからねえ。反射神経が衰えているのかも知れないなあ。手を離そうとしたのだけれど遅れてしまったよ」


「わたしは、やっぱり怖くて、ちょっと迷ってたら出遅れちゃったの。ごめんね」


 それを聞いて川瀬は即座に責め立てた。


「命の懸かっている状況で、そんな言い訳ですか? それで良く僕のことを責めようと思いましたね!」


 ところが成宮は悪びれるどころか、肩をすくめ、鼻で溜め息をつきながら川瀬のことを睨み返した。


「そう言うけどねえ、川瀬君。最初に作戦の提案をした本人が裏切り行為をするのが一番悪いんじゃないかい?」


 山本も顔を上げ、成宮の意見に同調する。


「そうだよ。言い出しっぺが何もしないなんて川瀬君が一番悪いと思う。って言うか、川瀬君が悪い」


 それら糾弾に対し川瀬は反論を示した。


「そんなの関係ないですよ。みんなで一斉に手を離そうという作戦だったんですから、提案者かどうかなんて問題ではないです。みんな等しく悪かったで良いじゃないですか。それを、僕だけが悪かったみたいに言うから解せないんですよ」


「それは違うだろう。提案者である君は我々と違って最初から手を離す気が無く、騙すつもりだったんだ。一緒にされては困るよ」


「そうだよ。川瀬君は騙した」


「君の行為は詐欺に等しいねえ」


「そうだよ。川瀬君は詐欺師」


 水掛け論になるのは明らかであったが、川瀬は我慢することが出来ず、更に反論をしようとした。


 その時、落ち着きを取り戻した笠松が間に入った。


「皆さん、一旦冷静になりましょう……」


 参加者達は一斉に彼を見つめた。


「……確かに提案者である先生が手を離さなかったことは問題ではありますが、私達が手を離さなかったこともまた事実です。先生が仰るには手を離そうとしたけれど離せていなかったとのことです。失礼ながら出来の良い言い訳とは思えませんが、私達の言い分も似たり寄ったりではないですか」


 川瀬は自分の意見が理解されたことで、僅かにだが安堵感を覚えた。刺々とした空気が和んでいく。それを象徴するかのように笠松は微笑んで、更に話を続けた。


「互いに責め合うのはよしておきましょう。先生、先程は申し訳ありませんでした」


「いえ、こちらこそ……」


 川瀬と笠松は頭を下げ合った。そして、和解したことを知らしめるように笠松は全員に対し笑顔を向けた。

 成宮達が頷く。


「さて……」

 そう言うと、笠松は再び話を始めた。

「……皆さん仲直りしたということで、再度、先程の作戦を決行しましょうか」


「え?」


 川瀬は言葉の意味を理解することが出来ず、瞬きをしながら笠松を見つめた。


「先生、どうされました?」


 わざとらしい笑みを浮かべて笠松が言う。


「いえ、聞き間違いかなあと思いまして……」


「聞き間違い? では、もう一度言いましょう。再度、先程の作戦を決行しましょう」


「ちょ、え?」


「先生も反省をしていることですし、次はきっと左手を離して頂けるでしょう」


 笠松は川瀬から視線を逸らし、他の参加者達に対してのみ提案を持ち掛けた。


 成宮が笑いながら応じる。


「そうだねえ。今度こそ手を離してくれるんだろうね。おっと、もちろん私も手を離すんで、作戦を行なおうじゃないか」


 山本も雰囲気を察したらしく、笑い出した。


「うん。期待してるね、川瀬君」


 作戦の決行に異議を唱える者はいない。

 笠松は、川瀬を無視し続けたまま話を進行させた。


「先程と同様に『せーの』と声を揃えて手を……」


「笠松さん?」


 川瀬は慌てて話を遮った。


「なんでしょうか」


「僕は、あの、さ…………です……」


 話を遮ったのは良いが、次の言葉が言い辛く、聞き取れないほどの声の大きさになってしまった。


「先生、もう少しハッキリと喋って頂けますか」


 笠松はハキハキと言い放った。

 川瀬は腹をくくり、声を張って全員に宣言した。


「僕は作戦に参加しないです。左手は離しません。作戦を決行したいのであれば、どうぞ皆さんだけでやって下さい」


「うわあ……」


 川瀬以外の全員が声を揃えてそう呟く。

 それ以上誰も何も言わなかったのだが、こいつ言いやがった、という言葉が続けて聞こえた気がした。


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