順序通りの犠牲(2)
そこまでの話を聞いた笠松が疑問を呈した。
「仰っていることは分かりましたが、全員助かる方法には結びつかないのですが……」
川瀬が答える。
「良くぞ聞いてくれました。ここからは僕の予想なのですが、現状を維持する限り、これからもお約束通りにサバイバルホラーの物語は進行していくと思われます」
「なるほど。それを前提に考えると、今後起こり得ることが分かりますね。しかし、それでは他人を陥れるための戦略がより具体的になり、却って争いを助長するのではないでしょうか?」
思惑通りの質問だ。川瀬は逸る気持ちを抑えて冷静に次の言葉を口にした。
「普通に考えればそうなるかも知れませんか、僕はあえて逆のことを考えました」
「逆?」
「今後起こり得ることを裏切るんです」
「物語を破綻させる、ということでしょうか?」
「その通りです。成宮さんがさっき言っていましたよね。膠着状態が続いたままではサバイバルホラー小説は成立しないって。成立させなければ良いんですよ。誰も見たくない展開にすれば良い。そうすることで僕達はお約束の展開という呪縛から逃れられると思うんです。例えば、手品のショーで手品師が観客に一枚カードを選んで下さいと言ったとします。ここで予想される展開は手品師がカードを当てることです。ところが、観客がカードを選ぶことを頑なに拒んだり、カードをゴッソリ引いたりしたら台無しですよね」
「ええ。そんな手品のショーは見たくないですね」
「しまいには手品師と観客が口論したりして」
「そこまでいけば却って見てみたい気もしますが、それは、既に手品のショーではないですね」
「そういう状態にあえてするんです。かと言って、膠着状態をゲーム終了時刻まで持続させるのは困難でしょう。何もしないと提案した人が何かするくらいですから」
川瀬の嫌味を物ともせず、笠松は質問を繰り返した。
「では、具体的にはどうするおつもりですか?」
「まず今後の予想ですが、サバイバルホラー小説では、ゲームが本格化してきた中盤辺りでこんな展開になることが多いんです」
「どんな展開でしょう?」
職業柄なのだろう、笠松は相槌が巧い。その言葉に促されて川瀬は話を加速させた。
「『全員で協力し合えば助かったのに、一部の者が裏切って作戦は失敗する』です。具体的な例で言うと、プレイヤー同士が争わずにゲーム主催者を倒そうとするとか、犠牲者を選ぶ投票で談合を行なって票を均等にしようとするとかですね。ただし前述の通り、これらの作戦は裏切り者の手によってことごとく失敗します」
「その展開を裏切るということは……」
「『全員で協力し合ったら、成功しちゃってラッキー』です」
「それは見たくないですね」
「それは見たくないねえ」
笠松だけではなく、成宮も同意して何度も頷いた。
「物語はまだ中盤です。ここが小説の世界ならば、残りのページは主人公がモテモテのハーレムラブコメにでもなって貰いましょう」
「益々見たくないですね」
「山本さん以外の登場人物は男だからねえ。自分がもし主人公だったらと思うと、やり切れない気持ちになるよ」
「言っときますけど、わたしはこの場にいる誰のことも好きになりませんからね」
山本も会話に参加して場が和んだところで、笠松が切り出した。
「さて先生。そこまで仰るということは、当然、既に全員が協力し合う方法も考えついているのですよね?」
「はい。もちろんです」
「お聞かせ頂けますか?」
川瀬は軽く咳払いをし、参加者達を見据えてこう言った。
「全員同時に手を離すんです!」
皆、呆気に取られて固まる。
「先生、それは……」
笠松が何か言おうとしたのを川瀬は遮った。
「言いたいことは分かります! 同時に手を離したからといって助かる保証はないんです。ただ考えてみて下さい。十二時まで手を離さずにいるという当初の計画よりは遥かにリスクが低いと思いませんか? このゲームのルールでは、十二時までに勝敗がつかない場合は全員死ぬということがハッキリと明言されています。それに対し、同時に手を離した場合のことについては何も触れられていません。ルール上、生存者が最後の一人になった時にゲームは終わります。じゃあ、強引な考え方かも知れませんが、同時に手を離すことで全員が最後の一人になれば良いんですよ」
川瀬の熱弁で参加者達はしばらく黙った。
「でも、川瀬君……」
山本が困惑した表情で口を開く。
「……仮に川瀬君の言うことが有効だとしても、その作戦は誰か一人でも手を離すのが遅れたら失敗するんでしょ? この状況でそれを成功させるのは難しいんじゃないかなあ」
「その通り! だからこそ良いんだよ。良い? この作戦の肝はサバイバルホラーのお約束を裏切ることにあるんだ。こんな作戦、既存のサバイバルホラー小説では絶対に成功しないよ。それを成功させるからこそ、物語は壊れ、僕達は呪縛から解放されるんだ」
全員迷っている。作戦を決行するか否か誰かが決断するのを待っているようだ。
再び膠着した状態に陥ると思われた時、笠松が呟いた。
「成功の確率が低いからこそ助かる、ですか……一理あるかも知れないですね」
川瀬は後押しした。
「そうですよ。少なくとも、殺し合いをするよりも良いと思うんです。殺し合いをすれば助かるのは一人だけ。死ぬ確立の方が圧倒的に高いんですから……」
「賭けてみる価値はありますね。私は先生の案に乗りましょう」
その意見で風向きは変わった。
「じゃあ、わたしも賛成、しちゃおっかな……」
「私も……」
他の参加者達も次々と同意した。
川瀬はそれを認めると、早速説明を始めた。
「それでは同時に手を離すということで決定ですね。一度きりの作戦ですから失敗は許されません。全員で『せーの』と声を揃えて一気に左手を上げましょう。良いですか?」
全員が頷く。川瀬は念を押した。
「絶対に裏切らないで下さいね。怖いのは分かります。僕も怖いです。怖いからこそやるんです……それでは、いきましょう!」
参加者達は唾を飲み、大きく息を吸い込んだ。
「せーのっ!」
声は揃った。
直後、室内は静けさに包まれた。





