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順序通りの犠牲(1)

 右には武田の死体、左には樫木の死体があった。

 次に死ぬのは誰だろう。川瀬はそんな不吉なことを思った。


 樫木が死んでから二十分近くが経過していた。その間、誰も口を利いていない。


 川瀬と山本は左手に力を込めながら周りを警戒していた。時折聞こえる衣擦れの音にさえ反応を示すほどだ。その気の張り方は尋常ではない。


 それに対し、成宮と笠松は余裕な態度で暢気にコーヒーを飲んでいる。

 樫木を脱落させた二人は他の参加者達から敵視されることとなったが、同時に他の参加者達にとって恐怖の対象にもなり得た。

 川瀬は成宮から離れた位置に左手を移動させ、山本も笠松との間に隙間を作っている。


 畏縮し過ぎていては緊急時に動きが鈍る可能性がある。分かってはいるが、樫木が平然と始末されたことを思うと、川瀬は二人に対して恐怖を抱かずにはいられなかった。

 ひょっとしたら、そこまで計算した上で笠松は絞殺という見た目に残酷な手段を選んだのかも知れない。

 考えてみると、樫木殺害後の彼の開き直り振りはわざとらしい感があった上、少なくとも自衛のために殺したという嘘をついている。

 彼は、樫木が『殺す』と発言する以前からネクタイを弄り始めていた。それどころか、そう言わせようと会話を誘導し、かつ樫木に敵意を持っているとアピールすることで共犯者の選定を行なっていた節がある。


 笠松は計画的に行動している。今も何か策を練っているのかも知れない。余裕そうな素振りもその一環なのでは。


 駄目だ。考え過ぎてはいけない。川瀬は深く息を吐き出した。

 ゲーム終了時刻まで二時間以上もある。このままでは精神が磨耗し、自滅してしまいかねない。可能性をただ疑っていても意味がない。もっと発想を飛躍させなければ。


 川瀬が今後の戦略を考えていると、笠松が突然話し掛けてきた。


「先生、ちょっと良いですか?」


「……はい……なんですか?」


「面白い話をして頂けないでしょうか」


「え? なんで突然そんな無茶振りを……」


「奈良坂部長の遺言ですよ。先生に面白い話をするようにと仰っていたではないですか」


「遺言って……」


 川瀬が困っていると、成宮が笠松に同調する意見を口にした。


「そうだよ。何か話をするなり、行動するなりして欲しいなあ。膠着状態が続いたままではサバイバルホラー小説としても成立しないだろう?」


 成宮の発言を聞いて、川瀬の脳裏にある考えが閃いた。


「……分かりました。では、こんな話はどうですか?」


 得意げに切り出す。


「ほう。どんな話だい?」


「成宮さん、笠松さん、お二人は最後の生存者になろうとしていますが、もし全員助かる方法があるとしたら、話に乗りますか?」


 笠松が探るような目付きで川瀬を見る。


「内容によりますね。まずはお話しを聞かせて頂けますか?」


「もちろん、そのつもりです」

 川瀬は勿体をつけるように、ゆっくりと話し始めた。

「このゲームは、サバイバルホラーなんです」


「今更何を言っているんだい。そんなことは最初から全員分かっていることだろう」


 成宮が早速茶々を入れる。

 川瀬は微笑んで話を続けた。


「僕が言いたいことは皆さんが思っていることとは意味が違います。僕が言いたいのは、僕達が今体験しているのは、『いわゆるサバイバルホラー』そのものだということです」


 周りの反応を見る。


 焦らされたことで成宮は苛立っているようだ。


「要領を得ないなあ」


 笠松も言う。


「とりあえず話を進めて頂けますか?」


 参加者達は全員聞き入っている。

 それを確認し、川瀬は本題を語ることにした。


「順を追って説明しますね。僕達がこのゲームをやることになった切っ掛けは、もちろん僕の提案によるものですが、世間一般のサバイバルホラーという物語をシミュレートするためでした。そこで最初にルールを決めました。笠松さんがそのルールを手帳にまとめて全員に提示したのは覚えていますか?」


 全員頷く。


「……これはサバイバルホラー小説における、ルール提示シーンです。作品によっては、このルールが太字で書かれていたりする場合もありますね。小説では、ゲームの参加者達は始めのうちそんなルールなど信じないんです。当然です。死に至るにしてはあまりにも理不尽なルールなのですから。ところが、一人、二人と犠牲者が現れることによって、状況が変わっていきます」


 成宮が合いの手を入れる。


「私達のことで言うならば、奈良坂さんと沢渡さんだね」


「そうです。つまり、奈良坂さんと沢渡さんはモブキャラですね」


「モブキャラ?」


 山本が尋ねた。

 それに対し成宮が返答をする。


「モブキャラクター、直訳すると群集という意味だけれど、最近では転じて、粗末な扱いを受ける脇役という意味でも使われるね」


 山本は軽蔑の視線を川瀬に向けた。


「亡くなった上司や先輩に対して、その言い方はどうなの?」


 亡くなったと決め付けているのも良くないだろ。そう思いながらも川瀬は落ち着いて反論を示した。


「あくまで分かり易く説明をするための言葉だよ。実際に粗末に扱うつもりなんてないって……話を続けて良い?」


 山本は不服そうな顔で頷いた。

 川瀬は大きく息を吸い、再び語り始めた。


「奈良坂さんと沢渡さんはモブキャラです。それこそ、ここが仮に小説の世界だとしたらフルネームもまともに紹介されないような扱いの人物でしょう。いわば、これはただのゲームではなく、命懸けのゲームなのだと参加者および読者に知らしめるためだけの存在なのです。ここまでは良いですか?」


 全員の表情を確認。話を続ける。


「……それでもまだ参加者達は半信半疑です。その状態で次の犠牲者が現れます。最初に積極的な行動を起こす小心者、武田さんです」


「だから川瀬君。亡くなった先輩に対してさあ……」


「もっちゃん。ちょーっと、黙っていてくれる?」


 山本は唇を尖らせた。


「さて、話を続けますね。三人が死んだことでルールは本物だという考えが確信を帯びてきます。そんな疑念と思惑が交錯する中、新たな犠牲者が現れるんです。暴力という短絡的な手段を選ぼうとした粗暴者、樫木さんです。彼の死はゲーム参加者である笠松さんと成宮さんの策略によりもたらされました。それは全員に緊張感を与え、サバイバルが本格化していくのです。と、今ココです。分かりますか?」


「つまり、いわゆるサバイバルホラー……」


 成宮が眉根を寄せ、口元を押さえながら呟いた。


「察しました? そうなんです。僕達は、いえ、僕達を取り巻く環境は、ゲーム開始から今に至るまで、サバイバルホラー小説にありがちな展開をなぞっているんです」


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