録音されていた会話
男1
「サバイバルホラーってどうなの?って思う訳ですよ」
男2
「サバイバルホラー?」
男1
「ほら、特定の集団が特定の場所で命懸けの理不尽なゲームをするってやつです。内容の微妙な違いによって、サバイバルサスペンスとか、サバイバルミステリーって呼ばれる場合もありますかね。過去に、サバイバルバイオレンスアクションホラーサスペンスミステリーロマンっていうのもありましたけど」
男2
「え! それは冗談ですよね?」
男3
「いや。実際にそういう謳い文句が本の帯に書かれているものもあったよ」
男2
「コメディですか?」
男3
「いや。いたって真面目な作品だったよ。正に、サバイバル? うん、ホラーロマンってやつ」
男1
「サバイバルバイオレンスアクションホラーサスペンスミステリーロマンですね」
男3
「そう、それそれ」
男1
「結局はサバイバルホラーに分類される内容でしたけど」
男2
「それは勉強になりました。で、そのサバイバルホラーがどうかしたのですか?」
男1
「少し前から流行っているじゃないですか」
男3
「代表的なのだと、『何たらロワイヤル』とか『何たらごっこ』とか『何たらゲーム』とかだよね。海外の映画でも『何たら』っていうのがシリーズ化されていたね」
男4
「あ、その『ロワイヤル』ってのなら、結構前に映画を見たことあるっすよ」
男2
「ハハ。『何たら』が多過ぎではありませんか? 最後の洋画の『何たら』に関してはヒントさえないですよ」
男3
「まあ、他の作家さんを批判する訳にもいかないからねえ。うちから出版している作家さんでも、そういうジャンルを主に書いている人が何人かいるから」
男1
「いやいやいや、批判する訳ではないんですよ。ある意味羨ましいなあとも思っているんです」
男2
「羨ましい?」
男3
「どの辺が?」
男1
「アイデア一発勝負じゃないですか。極限のシチュエーションさえ思い浮かんでしまえば、後は楽な仕事だなあって思う訳ですよ。ずるいなあって」
男2
「ずるい、ですか?」
男1
「僕なんか特に、会社に勤務しながら作品を書いている訳じゃないですか、時間がないんですよ。そんな時に一つのシチュエーションが浮かぶだけで作品がほぼ完成なんて、良い意味でですよ、ずるいなあって」
男2
「私は小説とか全く書かないので分からないのですが、シチュエーションだけで完成するものなのでしょうか?」
男1
「例えばですよ。クラスメイト同士で殺し合いをするとか、一定時間毎にクジ引きや投票で殺す人を決めるとか、閉じ込められた密室から一人しか出ることが出来ないとか、っていうシチュエーションを思い付くとするじゃないですか」
男2
「はい」
男4
「うん」
男1
「で、そこに至る理由ってなんでも良いんですよ。例えば、そういう法律がある未来でしたとか、幽霊の呪いでしたとか、ウイルスが原因でしたとか、猟奇的愉快犯に閉じ込められましたとか、後からいくらでも詳細な設定は決められます」
男2
「言われてみればそうですね」
男1
「後は登場人物達を無残に殺せば良いだけです。だから、シチュエーションを思い付く人は、ずるい!」
男3
「まあ、そういうアイデアが浮かぶかどうかが才能の有無の分かれ道なんじゃないかな?」
男1
「そうなんですよね。僕もそういう才能が欲しいです」
男2
「いやあ、先生は才能ありますよ」
男1
「その、先生っていうのやめませんか?」
男2
「いいえ、先生は先生ですよ。うちはビジネス誌しか出していませんので小説家と聞くと、遠い存在と言いますか、要するに、先生というのがしっくりくるのですよ」
男1
「そう、ですかあ?」
男3
「まあ、良いじゃないか。先生で」
男2
「では先生。たまにはインタビューらしく真面目に質問をさせて頂きますね。先生の作品を見ますと、人がしるこになって溶けたり、隣人のサンボの達人が追い掛けてきたりと、奇抜な発想が多いではないですか」
男1
「はい……」
男2
「会社勤めと両立しているという時間のない状況の中で、どのようにして、それらの作品は生み出されたのですか?」
男4
「ああ俺も、俺の場合はカメラ一筋っすけど、同じクリエイターとして、そこは聞いてみたいっすね」
男1
「うーん……ご存知の通り、『隣人サンボ』のように実生活を基にしている場合もありますが……おおむね、思い付きですかね」
男3
「ハッハッハ。サバイバルホラーを書く作家さんと変わりないじゃないか」
男2
「そうですよ。やっぱり先生は才能があるのですよ」
男1
「皆さん、僕のこと馬鹿にしていません?」
男3
「そんなことないよ。試しに今何か考えてみなよ」
男1
「え? 急に言われましても……」
男3
「次回作の公開打ち合わせだよ。雑誌に載れば良い宣伝になるんじゃないかな」
男4
「面白そうっすね」
男1
「えーっと……出来るだけ、理不尽で、馬鹿々々しい内容が良いですよね」
男3
「お任せするよ」
男1
「そんなことで死ぬか?みたいなものが理想的だと思うんですよ。サバイバルホラーってそういうものですから」
男2
「そういうものなのですか……」
男1
「はい! はい! はい!」
男2
「どうぞ」
男1
「思い付きました」
男3
「随分と早いね」
男1
「ちょっと、実際にやってみましょうか」
男2
「やる?」
男1
「サバイバルホラーのシミュレーションゲームです。手を、左手が良いですかね。左手を大きく開いて、このテーブルの上に置いて下さい」
男2
「こう?」
男4
「こうっすか?」
男3
「こうでいいかな?」
男1
「はい。で、この手をテーブルから離したら負けです。死にます」
男3
「理不尽だねえ」
男2
「理不尽ですね」
男4
「なんで死ぬんすか?」
男1
「そういうゲームだからですよ。理由は後付けで良いんです」
女1
「……皆さん、どうぞコーヒーをお持ちしました」
男1
「お、ありがとう」
女1
「すみません。紙コップですけど」
男4
「先生。なんだ、可愛い子がいるじゃないっすか」
男1
「僕と同期の者です」
男3
「こんな魅力的な方と一緒に仕事出来るなんて羨ましいねえ」
女1
「そんな、お世辞なんて言わないで下さいよお」
男4
「お世辞じゃないって。後で写真撮らせてよ」
女1
「良いんですかあ? プロのカメラマンさんに撮って貰えるなんて光栄です」
男1
「社交辞令に決まっているでしょ」
男2
「ハハ。彼の言葉には気を付けた方が良いですよ」
女1
「やっぱりカメラマンさんって、女をその気にさせるのが上手なんですかあ?」
男2
「そうそう。特に彼はね」
男4
「酷いなあ。そんなことないっすよ」
女1
「話半分で聞いておきます」
男3
「ハッハッハ……」
男1
「なんなんですか、この古臭いやり取り」
女1
「……ところで皆さん、何やってるんですか? テーブルに手なんか置いて」
男4
「なんだっけ? あ、サバイバルホラーゲーム。ちょっと一緒に手を置いてみてよ」
女1
「こうですか?」
男4
「はい、置いた!」
男2
「置きましたね」
男3
「置いたねえ」
男1
「ほら、座って」
女1
「え? え? なんですか、これ?」
男4
「手を離したら死ぬから」
女1
「はい?」
男4
「そういうゲームなんすよ。ね、先生! 床の上に座らせるのもなんなんで、俺がカーペットの上に座るっすね。ほら、こっちのソファに座っちゃって」
男2
「私の腕をまたぐ訳にもいかないと思いますので、私が席を詰めますね。こちらへどうぞ」
女1
「は、はあ……」
男1
「僕が床に座りますよ」
男4
「いいって、いいって、先生は今日の主役なんすから。それに俺はソファに座るより胡坐かいてる方が楽っすから」
男5
「……あれ?」
男1
「あ、お疲れ様です」
女1
「お疲れ様です」
男5
「まだ部長は来てないんですね。取材はまだ始まってないんですか? あれ? なんだよ。紙コップでお茶出したのか?」
女1
「すみません。給湯室にカップが見当たらなかったんで」
男5
「来客用のカップは総務の棚の所にあるだろ」
女1
「そうなんですね。失礼しました……」
男1
「慣れないことするからだよ。普段お茶なんか出したことないんでしょ? ひょっとして、便乗して取材でも受けようと思ったの?」
女1
「キッ。うるさい」
男5
「それに、お客さんを床に座らせるなよ」
男4
「あー、大丈夫っすよ。自分から座ってるんで」
男5
「隣の部屋から一人掛けのソファを持ってきますよ」
男4
「本当に良いっすって……あーあ、行っちゃった」
男3
「今のは?」
男1
「先輩です。部署は違いますけど」
男5
「お待たせしました。どうぞ、こちらにお掛け下さい」
男4
「本当に平気っすよ。それに今は手が離せなくて、そっち側に行くのは大変なんす」
男5
「あれ? なんか作業中でした? もしかして邪魔しちゃいました?」
男2
「大丈夫ですよ。せっかくソファを持ってきて頂いたので、お時間があるなら、どうぞお掛け下さい。先生の社内での評判なども聞いてみたいですし」
男5
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
男1
「座るならテーブルの上に左手を置いて下さいね」
男5
「は? こうか? なんの意味があんだよ、これ」
男1
「まあまあまあ」
男4
「置いた。置いた」
女1
「置いちゃいましたね」
男3
「新たな犠牲者だ」
男5
「え? なんかまずいことしました? 一体これはなんなんですか?」
男2
「先生、説明をお願いします」
男1
「これは、サバイバルホラーゲームです。テーブルから左手を離すと死に至ります」