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かんぽう恋薬(こいやく)  作者: 神夏美樹
第五話:黒き少女の微笑み
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ACT-3

 放課後になって幸は教室に現れた。そして則子は「則子、いっきま~す」と言って教室から出て行こうとした。そして、二人の摺れ違い際に「駄目だよ、幸君、貴子が寂しいってさ」と呟くと、幸は則子の言葉にポカンとした表情。則子はにっこり笑って手を振りながら、教室を後にした。


「ちょっとあんた、今迄何やってたのよ」


 いきなり貴子に叱られて、幸は後頭部をぽりぽり掻いている。


「あの、寂いしいんですか?貴子さん」

「は?」


 貴子は眉間に皺を作り、尖がった目つきで幸を見上げる。


「い、いえ、何でも無いです……」


 幸は困った笑顔を作ると自分の席に着き鞄を机の上に置いて、さっき使った図面をしまう。そしてゆっくり立ち上がる。


「今日は科学部はお休みです」

「ん?なんでさ」

「はい、ちょっと根を詰めすぎました。今日はこのまま帰って早いとこ寝てしまいたいと思います」

「はぁ……」

「それに、紀美代さんが、今日はお休みなんだそうですよ、なんか体調崩されたとかで」

「ふ~ん」


 貴子はどっこいしょと言わんばかりにゆっくりと立ち上がり鞄を持つと幸の方に振り替える。


「ほら、早く」


 幸は嬉しそうに貴子に「はい」と返事をして、その後に続いた。

 校舎を出て空を見上げると、まだまだ陽が高い。科学部に付き合う様になって、帰りはとっぷりと日が落ちているのが普通になったのだが、今日は明るい。それが、なんだか新鮮に思えた。


 二人は校門を出て向かい側のバス停まで進む。時刻表を見ると、タイミングを逸してしまったらしく、バスは、あと20分位しないと来ない。

 そして、全く話す事も無く、時間だけが過ぎて行く。でも、貴子は思う。横に幸が居ても、全く違和感を感じない。確かに付き合い長いし幼稚園から今迄、幸は常に自分の傍にいた。


 理由はそれだけなのだろうかと、考えて見たのだが、彼女にその結論を出す事は出来なかった。そしてちらりと横目で幸を見上げる。


「紀美代さん……」

「は?」


 幸が突然喋り出したので、貴子はちょっと焦り気味に返事をする。しかし構う事無く幸は話を続ける。


「――心配ですね」


 幸は貴子に首だけ向けて、貴子を見下ろす。


「あ、うん、そうだね、心配だね」


 ちょっと冷や汗混じりに答える。


「無理、させちゃいましたかね……」

「入部仕立てだから、まだ緊張してるのかも」


 幸はその瞳を今日最後の輝きだと言わんばかりの太陽の方に向け、眩しそうな表情を見せる。


「そう言う、常に緊張させてしまうような雰囲気は、改善する必要が有りますね」

「そうかも知れないわね」

 貴子は苦笑いしながら視線を地面に移すと、土を靴で弄ぶ。

「貴子さん!」

「ん?」


 幸はがばっと貴子に向き直り彼女の手を取ると、どぼどぼ涙を流しながら貴子に訴える。


「二人で楽しい部にする様に頑張りましょうね!」

「莫迦、私は文芸部だ!」


 貴子はそう言って、無理矢理幸の手を振り払い両腕を組んで見せる。幸はその態度にしくしくと泣きながらかくんと頭を垂れた。


          ★


 帰宅すると珍しく弟が帰っていた。奴はリビングのソファーのど真ん中に胡坐をかき、スマホのゲームに夢中になっている様だった。


 貴子は自室で制服から普段着に着替え、のたのたとリビングに向い、弟が座っているソファーの横に来ると、どかっと彼をけっ飛ばし、ソファーの端に追いやると、自分の場所を確保す。そこにドスンと腰をおろし、弟と同じ様に胡坐をかいて座り込む。


 弟は無言で起き上がりこぼしの様に起き上がり、何食わぬ顔でゲームに集中する。

 貴子その表情を覗き込みながら、にやりと嗤う。その姉の視線を弟は避けるように右に45度体を回す。しかし貴子はしつこく追いかける。

結局360度回った処で、やっと彼は口を開いた。


「なんだよ、姉貴」


 流石にうざったそうに弟は答えたが、それ以上に黒いにやにや全開で貴子がこう切り返す。


「あんた、彼女いるでしょ」


 突然の姉の言葉に弟は言葉を濁す。


「何だよいきなり」

「お、否定しないな」


 その言葉で弟は、ハッと気が付く。


「べ、べつに姉貴には関係無いじゃんか」


 しかし貴子は更に弟を追いつめる。


「まさか、如何いかがわしい事なんかしてないわよね」


 その一言に弟の顔が真っ赤に染まる。


「何だよその如何わしいってのは」

「あんな事とかそんな事よ」


 弟は何か訳の分からない事を叫びながら、スマホを放り投げ、頭を両手でぐちゃぐちゃにする。そして正気を取り戻すと一言短く叫んだ。


「してねぇよ!」

「ほ~、何時まで我慢できるかな~」

「うるせぇ、あっち行けよ姉貴!」


 貴子はけらけらと笑って見せたが、その後急に神妙な顔になり弟をじっと見詰める。


「ね……」

 

 弟はぶんむくれて貴子と顔を合わせようとしない。


「合い方がいるって、どんな気分さ?」


 猫の様にソファーに座り自分を見上げる姉の真剣な表情をちらっと見た弟は、ちょっと複雑な表情のまま視線だけを天井に向ける。


「――す、少なくとも、優しくなれる」

「優しく?」


 弟は貴子をじっと見ながらにこりと微笑み思い出話を始める。


「俺と姉貴って、小さい頃から殴り合いの喧嘩してただろ」

「え、ま、まぁね」

「当時は力は姉貴の方が強くていつも姉貴が勝ってたじゃん、それで、何時もお袋に怒られてさ」


 貴子はその時、弟が何を言いたいのか良く分からず、小さく首を傾げて見せる。


「でも、俺が中学生になって、一度腕相撲したの覚えてる?」


 貴子は首を横に振る。


「その時、姉貴は両腕使っても俺に勝てなかった」

「ごめんね、覚えて無いや」

「俺はその時理解した」

「何を?」

「もう、女性に手は上げられなくなったんだって」


 そう言ってから再び弟はにこりと微笑む。その表情に貴子は弟の内側には既に男の度量が芽生えている事に気が付いた。


「それを、今の彼女に向けて、彼女もそれに共感してくれている。旨く言えないけど、そんな感じかな?」


「何生意気な事言ってんのよ!」


 そう言って貴子は弟の顔面向けて右ストレート繰り出した。


 しかし、弟はふわりと受け流すと、貴子のパンチを右手で優しく包んでいた。その対応に貴子ははっとして弟の視線に目を合わせる。そして心に浮かんだ言葉はただ一つ。


 負けだ……


 貴子は視線を落とし、悲しそうで有り悲しそうでも有る複雑な表情を見せ、左の瞳から涙が一粒。


「順調に育ってるんだね、あんた」


 今の自分は我儘言い放題のお嬢様、心がまるで育ってない稚拙な人間に見えて来た。そして思う、女は男の度量に惚れるのだと。


 貴子はソファーから立ち上がると弟に背を向ける。そして「頑張ってね」の一言を残して自室に向って姿を消した。


「なんだ、一体……」


 弟はそう呟くと腕を組み首を傾けて、じ~っとその場で考え込んだ。

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