ACT-2
午前6時、運動部の朝連の関係で、既に校門は開けられている。
そして、幸も科学部の部室に入り、昨日の図面を開いて何やら作業を行っていた。作っているのは『せめて一太刀』用の最終兵器。
科学部の部室には、どっから持って来た?と驚愕する様な部材が結構放置されていて、大概の物は手作り出来る。
そして、ほぼ完成の状態で、一旦作業の手を止ると、部室の片隅の更に奥から一個の重そうな金庫を取り出した。それにはには『キケン!!世界が終るまで開けるな』とでかい張り紙が貼り付けて有る。
その金庫を見た幸の表情がみるみる悪そうな笑顔に変化していく。そして、金庫のダイヤルをぐるぐると回し、カチッと鳴ったところで徐に扉を開いた。
「また一仕事して下さいね」
幸がそう言いながら取り出したのは、テニスボール位の丸いカプセル。世界で一番黒い素材以上に黒く、一瞬そこに向って吸い込まれる様な錯覚に陥る。
幸は更に悪そうにほくそ笑むと、ぐふぐふと嗤って見せた。朝の光が部室に差し込んで爽やかさを演出して見せたが、部室にはそんな爽やかさなど一片も落ちていなかった。
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黒い霧からやっと解放されて、自由の身なった紀美代はべったりと床に座り込む。全身汗まみれの揚句、眩暈と吐き気が交互に襲ってくる。
これではとても学校に行く事は出来ない。今の体調をを母親に話したところ、今日は学校休んで一日安静にしてなさいと。指示された。
紀美代は兎に角シャワーが浴びたかった。汗を流してしまいたいのと、気分転換に成りそうだったから。
シャワーを浴びてから、別のパジャマに着替えると、自室に戻り、ベッドの上に倒れる様に横に成る。
そして、彼女は気が付いた。ラジオのノイズが消えている事を。それに安堵した紀美代は、深い眠りに落ちて行く。そして目が覚めた時には午後4時を廻っていた。
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休み時間、貴子は則子の惚気話にちょっとウンザリな表情を見せる。
この前のマラソン大会の一件で、どさくさに紛れて、意中の人と急接近、今は正式にお付き合いしてるらしい。
ピンクのハートは力士が塩を撒くが如く、いやそれ以上の勢いで噴出し、このまま後十分も聞いたら自分はハートの中で溺れ死ぬんだろうと本気で思った。
「そう言えば、貴子は誰とも付き合ってないの?」
則子が何となくそう尋ねると、貴子も何となく答えて見せる。
「え~、まぁね」
「ふーん、幸君とは何でも無いんだ」
則子の言葉に貴子は眼を見開き、右手で頬杖をしている掌から、顔だけずるっと落っこちた。
貴子は何言ってるんだい則子さんと心の中で大きく叫ぶと、再び彼女に視線を向けた。
「そうなんだ。最近一緒に行動してる事が多いから、そう言う事になったんだって、思ってたのに」
「だから惚気話なんてしてるのね」
「うん、対等の立場に成ったんだねぇって思ってさ。彼氏が出来たんなら少し自慢話してみたいじゃん」
貴子は鼻からふんっと息を吐き出して呆れた表情。
「あれはただの幼馴染よ」
「そぉ……」
「そ、恋愛対象なんかじゃないわ」
則子は椅子に座ったまま、ずりずりと貴子ににじり寄って行く。
「でも、幸君って人が良さそうじゃん。それに、あのまんまる眼鏡を外したら、結構美少年に成るとか」
「あの莫迦、幼稚園の頃に既に眼鏡してて、実は素顔をあんまり見た事無いのよね」
則子は鼻でふぅんと言うと貴子に更にずりずりにじり寄る。
「でも、そこから恋に発展する事も珍しくない様よ、取りあえず、キープしといたら」
則子はそう言ってからウィンクして見せる。
「あのねぇ、則子さん!」
貴子がそう叫んだ瞬間、始業のチャイムが鳴る。間も無く『現国』の教師が教室に入り、今日最後の授業が始まる。
貴子は幸の席をちらっと見て、今に成って気が付いた。彼は今日一日教室に居なかった事を。そして何やってんだあの莫迦と、心の中で罵声を浴びせた。