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かんぽう恋薬(こいやく)  作者: 神夏美樹
第四話:ラブアンドピース
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ACT-3

梅雨時期だから、まぁこんなもんかと感じる朝、貴子はバスを降りて校門に向い、のたくたと歩き始めた。


 暫く歩いていると、紀美代がいつの間にか追い付いて来て、貴子に元気に挨拶をする。


「おはようございます貴子先輩!」

「あ、おはよう紀美代ちゃん」


 それを切っ掛けに、二人は他愛の無い会話を交わしながら、玄関で別れ、それぞれ上履きに履き替える。


 そして廊下に出た瞬間、紀美代の背中が見えたのだが、その背中で揺らめく真黒な影を見て、思わず背筋が寒くなる。


 貴子は瞬間的に走り出し、紀美代の肩に手を掛けて、彼女を呼び止める。


「ね、紀美代ちゃん、大丈夫?」


 紀美代は貴子を見上げながら、ぽかんとした表情を見せる。どうやら貴子の言葉の意味を理解出来ない様だった。


「……え、何がですか?」

「ん~んと、とっても言い難いんだけど、なんか体の調子が悪いとか」


 紀美代はそれでも貴子の言葉の意味が分からず、笑顔を見せてこう答える。


「はい、絶好調ですよ」

「そ、そぉ……」


 紀美代は一礼してから一階の一年生の教室が並ぶ建屋に向って姿を消した。しかし、貴子は納得行かない。


「ふむ、随分と厄介な者に取り憑かれた様じゃな」


 老人が突然貴子の背後に現れる。


「爺、それがなんだか分からないの?」

「残念ながら、今は全く見えん。もう少し大きな力を使う様になれば分かるのじゃが」

「……そう」

「ま、正体が分かれば何か出来る事も有るじゃろ。今は黙って見ておるんじゃな。なに、それ程時間は掛からんじゃろ」


 貴子はちょっと小首を傾げて目を閉じ、大きく溜息をつく。


「ど、どうしたんですか貴子さん」


 突然幸に声をかけられ、貴子ははっとして目を開く。その視界に映ったのは心配そうな表情の幸のど、アップ。


「何方かいらっしゃったんですか?」

「え、いいや、別に」


 貴子は物凄く慌てた表情で幸にひらひら手を振りながらそれを否定したのだが、幸にはピンと来たらしい。


「例の御爺様ですか?」


 そう、幸には隠す必要など無かった事に、今更気付く。


「……うん、実はね…」


          ★


 一時限目、貴子と幸は欠席し二人は屋上の風に吹かれて居た。梅雨時には珍しく所々に晴れ間が有って、そこから漏れる光の束が幻想的に感じられる。


「――と、言う訳」


 屋上柵に寄り掛かりながら、貴子はその経緯を幸に打ち明けた。


 幸は柵を支えるコンクリート部分に腰を下ろすと。眼鏡を右手人差し指で押さえながら彼女の話を聞いていた。


「成程、ほっといたら騒ぎになりそうですね。それ以上に紀美代さんが心配です」

「正体が見える様になるまで待てって爺は言うんだけど、やっぱり不安な部分は取り除いてあげたいじゃん」


 そう言って老人から貰った杖を出すと、空中に魔方陣を描き『輝く剣』を召喚して見せた。


 昨夜は絶対無理と言って投げ出した、10×10の魔方陣、生真面目な貴子はベッドに横になりながら、それをイメージする練習を何回も繰り返した。そして、今朝になって、目を瞑り集中すればようやくイメージできる様になったのだ。


「一応、攻撃の呪術は幾つか使える様になったんだけど、この程度じゃ全然相手にならないらしいのよね」


 そう呟いてから杖で魔方陣を消し去った。


「そうですか、それでは私も何か考えましょう、せめて一太刀与えられそうな物を」

「うん、宜しくね」


 二人はそのまま重めの風に吹かれながら屋上からの風景を眺め続けた。天気は次第に回復して居る様で、ゆっくりと回復して、周りが少しずつ明るくなって行った。


          ★


 幸と貴子は一時限目をさぼった罪で担任に呼び出され職員室でこっぴどく叱られてから解放された。一応、殊勝しゅしょうな態度で大人しく只管、説教されていたのだが、二人はそんな事は聞いちゃ居ない。右から左に言葉が通り抜けて行っただけだけで、職員室を出る時には全てを忘れ去っていた。


 そして、二人連れ立って科学部の部室に向かう。

幸は部室の扉を開くのに少し躊躇したが、思い切って扉を開くと、予想どおり、部室を掃除する紀美代の姿が有った。


 貴子は彼女の背中を見詰め、今朝の真黒な霧の様な物は殆ど変化していない事を感じ取りホッと胸を撫で下ろす。その貴子の視線を追いながら幸も紀美代の背中を見て見たが、幸の眼には何も見えず、何も感じる事は出来なかった。


「どうかしたんですか?幸先輩」


 紀美代の呼び掛けに、ちょっと頬を赤らめ後頭部を掻きながら「いやいや、何でも無いですよと」乾いた笑いを交えて彼女の不思議そうな表情に答える。


「さ、さてさて、会議にしましょうか」


 無理矢理雰囲気を変えようと、幸は笑顔で中央の机向かう。そして、全員着席したところで、幸の『光輪召喚』の分析結果を話し出す。


「貴子さんの光輪召喚についての分析結果ですが……」


 その幸の解説に紀美代と貴子の視線が向いた。


「まず、プリズムで七色が観測出来ませんでした。虫眼鏡で光を集めようとしたんですが、光は屈折する事無く集光出来ません。そして輝度は約380ワット程有るんですが、光を当てた部分の温度変化に有りません」

「つまり、どういう事よ幸」

「はい、これだって言える光源は思いつかなかったんですが、無理矢理言うと白色のLEDランプが一番近いでしょうか」


 笑顔でそう言いながら天井を指差すと、その先には蛍光灯型のLEDが輝いて居た。学校の方針でつい最近、環境保護を理由に蛍光灯からLEDランプに切り替わったのだ。それに対応年数から見て、経済的にも安くなるのだそうだ。

その説明を聞いた紀美代が小さく手を上げる。


「じゃ、じゃあ幸先輩、その蛍光灯の光が映り込んだって言う事は考えらないんですか?」


 幸は右手人差し指で眼鏡を直すと、にやっと嗤って見せる。


「残念ながらそれは有りません。ワット数が全然違います。蛍光灯は40ワット位しか有りませんからね」


 それを聞いた紀美代は首を傾げて考え続ける。


 更に幸の説明を聞きながら意見を交換しながら約2時間で部活は終了した。

 三人揃って校舎を出ると、外はまだ陽の光が残り夕方と言うにはまだ早い。校門を出て貴子と幸は学校向かいのバス停へ、紀美代は二人にちょこんと一礼してから最寄駅に向かって歩き出した。その背中を貴子はじっと見詰める。


「どうしましたか。貴子さん?」

「今日はなんにも変化無かったけど、明日はどうかなって思って……」


 バス停に背を向け去って行く紀美代の背中に蠢く黒い霧は相変わらず変化が無く、沈黙を貫いた。そしてバスが到着して二人は車中の人になる。


 梅雨の重い風は相変わらず何も語る事は無く、決してロマンテックな物では無かった。

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