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かんぽう恋薬(こいやく)  作者: 神夏美樹
第四話:ラブアンドピース
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ACT-1

 月曜日。先日の爆走イベントでまだ筋肉痛が残っているクラスメートが何人か居る様だった。それに御高齢の教師はかなり辛そうにしている人も結構見られ、授業はなんか間抜けな状態で進み、何となく不完全燃焼な空気で終了した。

 そして放課後、幸はいそいそと部室に向って消えて行った。科学部にちょっとした異変が起こる事も知らずに。


          ★


 雑然とした科学部の部室に籠る幸は、趣味の世界に没頭してて、タブレットの画面を見ながら何かを必死で計算している真っ最中。そして、ちょっと煮詰まった感が発生して、画面を覗き込みながら両腕を組んで、じっと考え込んだ。科学部の部室は耳がキンとする様な静寂に包まれる。その中に、ドアをノックする音が響く。

 幸は一瞬身構える。ひょっとしたら生徒会の面々が部室の差し押さえに来たのではないかと思い、扉を開ける事を一瞬躊躇いどうした物かと考え込む。しかし……


「すみませ~ん、どなたかいらっしゃいますか~」


 扉の摺りガラス越しに聞こえた声は、少し下っ足らずで、どうやら生徒会とは関係無さそうな様子だった。幸は注意深く立ち上がり、摺りガラス越しに外の様子を伺いながらゆっくりと部室の扉を開く。


「こ、こんにちは、幸、先輩!」


 幸がいきなり現れた事に同様しているのか、頬が紅く染まりちょっと俯き加減の女子生徒は、そう言ってから意を決した様に幸を見上げて震える声でこう言った。


「あ、あの、あの、か、科学部の入部希望なんですが……」


 語尾が擦れて最期まで良く聞き取れなかったが、幸は一瞬驚きを隠せない表情をして見せてから、突然滂沱の涙を流しながら彼女の両手を握り、がくがくと上下に振って見せた。おそらく握手のつもりなんだろうが、見方によっては彼女の小さな体全体を揺すっている様にも見える。


「に、入部希望なんですね~~~」


 幸の声には感動で興奮した様子が伺える。そして涙は止まらない。だが、ここでハッと気が付いて、ばたばたと部室に連れ込むと、部室の中央に有る机の椅子に座らせて、壁際のキャビネットをばたばたと探しまくり、女子生徒の前に一枚の紙を差し出した。


「入部届けです。一応顧問に報告しなければいけないので、サインを頂いてよろしいですか?」

「……科学部に、顧問なんて、いらっしゃったんですね」

「はい、そうでないと部活として認められません」


 不思議そうな表情を浮かべながらその女子生徒は丸っこくて可愛い文字のサインが入った入部届けを幸に差し出した。署名欄には一年で『長沢紀美代ながさわきみよ』と書かれてあった。幸はその用紙を見ながら紀美代にこう尋ねてみた。


「ところで、どうして科学部に入ろうと思ったんですか?」


 紀美代は幸の質問に俯き、そのまま黙り込む。実はこの紀美代は、幸の土下座事件の時、校舎の陰でうるうるしてた少女だった。

 彼女の入部希望理由は、只管、幸に対する純粋な恋心で、二人きりで居られる環境を手に入れる為には科学部に入るしかないと言う結論に達したからだ。


「え、え~と、何か興味が有る事が有るんですか?」


 幸の質問に紀美代はちょっと瞳を潤ませながら、太腿の上で拳を握り締め意を決した様に徐に顔を上げ、幸に向って震える声でこう答えた。


「……私は科学の事は全く知りません。で、でも、きっと覚えますから部員にしてください」


 幸は紀美代の様子を見ながら「はぁ……」と小さく呟いただけだった。


          ★


 その夜、貴子の自室で老人の講義が始まる。


「良いか貴子」

「はぁ……」


 老人はかなり気合が入っているが、貴子は完全にやる気が無い。そんな事はお構い無しに、部屋の真ん中に、どかっと胡坐をかいて座ってる貴子の周りをゆっくり歩きながら一方的に話しまくる。


「と、言うのが呪術の概要と理念と原理原則じゃ、分かったかね?」

「はぁ……」


 老人は生半可な返事しかしない貴子の様子に一抹の不安を覚えた。


「良いかね貴子。呪術は表裏一体、暗黒面も存在して、それにはまり込むと身を滅ぼす事が有るんじゃよ」


 老人のその言葉に反応して貴子は顔を上げ老人に視線を送る。


「表裏……?」

「そうじゃ。呪術の呪は『まじない』と読めるが、同時に『のろい』とも読めるじゃろ、そののろいの側面に落ちた呪術師は、一生抜け出せる事無く、最期は邪神に食われて不幸な結果に終わるんじゃよ」

「ふ~ん、そうならない為の対策は?」

「一重に貴子の精進次第じゃ。裏の側面に落ちない様にするには心を鍛える、これしか無いんじゃ」

「な~んだ、要は努力と根性なのね」


 老人は明後日の方向を向いて何となく胡麻化している。


「ま、そうとも言えるんじゃがな」


 老人の言葉に貴子は大きく溜息をついて、ちらりと視線を移す。その視線が、ちょっと痛そうな老人は長い髭を弄りながら、何か考えている様だった。


「ま、宜しい」

「宜しくないよ、第一、なんで私がそんな危ない事しなけりゃならないのよ」


 貴子が嫌そうにそう答えたが、老人は構う事無く話を進める。


「まず、儂の呪術は、魔方陣を基本にして行う方式じゃ。この間渡した杖を持って来なさい」


 貴子は机の上に放り投げっぱなしのバッグの中を、ごそごそ引っ掻き回し、例の杖を取り出した。


「良いか、魔方陣とは数字の塊じゃ」

「数字の塊?」

「さよう。先ず杖の先で適当な大きさの円を描く」


 貴子は老人がやって見せたのと、同じ動作をして見せる。


「そして、円の中に2×2の升目を想像して、取りあえず、そうじゃのう、全部に1を割り当てる、するとじゃ……」


 同時に円の中に斜めの線が入る。丁度、駐車禁止の標識の様に。貴子も同じ様にして見ると、老人が描いたのと同じ図形が現れる。それを見て貴子は思わず「おお……」と、歓声を上げた。


「円の中に描く数字は縦横斜めの和が同じにならなければならん。この数字の配置によって効果が全く違うんじゃ」

「ふーん、で、これは何が出来るの?」

「これはな……」


 老人は外周の円をこつんと杖で軽く叩いて見せた。同時に図形の裏面から眩い光が発せられた。


「なにこれ?」

「これは『光輪召喚』じゃよ。真っ暗なところで光を召喚して照明代わりなると言う呪術じゃ」


 貴子も円の周辺をこつんと叩くと老人と同じ現象が起こった。貴子は思わず「おおっ」と感嘆の言葉を漏らす。


「ふむ、一度教えただけで形が出来ると言うのは珍しい事なんじゃよ。お前さんは確かに才能が有る様じゃ」


 そう言って、老人は杖で魔方陣をばさっと切ると、眩い光は消え去った。


「この2×2には危険な機能は無い、どうなるかは自分で確かめて見るが良い」


 貴子はちょっと楽しくなって来ていくつもの魔方陣を描いては消して行った。


「ま、レベル1は合格じゃ。では又会おう」


 そう言って老人は貴子の前から姿を消した。


「あ、こら、ちょっと待て爺!」


 そう呼び止めてたのだが、老人の姿も声も既にそこに無く、夜の静けさだけが残った。

 部屋の真ん中にぽつんと一人佇み、じっと杖の先端を見詰めながらその場で、じ~っと考え込む。

 なぜ私がこんな物覚えなきゃイケないんだと。そして、出来ればこの件からは手を引きたいと。


          ★


 相変わらずの曇天模様で一日が終わり、放課後が始まった。幸は嬉しそうにスキップしそうな軽い足取りで部室に向かう。そして部室前まで来ると何時もの扉を開く。そして、殺風景でごちゃごちゃの部室の姿が視界に入る筈だったのだが、何時もと雰囲気が違うので幸は一瞬扉を閉じる。


 そして、首を傾げてしばし考え込んだ後、部室の扉横に廊下側に向けて掛けられている部室名を確認してから、今度はちょっと猫背ぎみに、そっと扉を開き、思わず「ごめんくださいませ」と言って見せた。


 その声に反応して、部室の奥の方から紀美代の声が部室に響く。慌てて出てきた紀美代は幸の前に立つと、とびっきりの笑顔でぴょこんとお辞儀して見せた。


「こんにちは、幸先輩!」


 綺麗に片付いた部室、そして中央の机には花なんか活けて有って、昨日までのぐちゃぐちゃな部室内には無かった落ち着きと爽やかさが感じ取れた。


「紀美代さんが片付けたんですか?」

「はい、今の私は科学的な事は何もできないので、取りあえず、こんな事しながら活動して行きたいと思います」


 幸の視界がぼんやりと霞み、頬を熱い物が流れ落ちる。それを見た紀美代は幸に駆け寄ると、慌てた様に幸の顔を見上げる。


「幸先輩、私、何か余計な事しましたか?」


 胸の前で手を組み心配そうな表情をしている紀美代。だが幸は、ぶんぶんと首を振って見せて、徐に紀美代を見詰める。相変わらず涙はまだ流れたままだ。


「ち、違います紀美代さん。僕は今とっても感動しております」


 紀美代の両肩に自分の手を置き、溢れ出まくる感動を何とかしのぎ、声を震わせながら紀美代にそう答えた。


「幸先輩、気に入っていただけましたか?」

「勿論です、紀美代さん、ありがとう御座います」


 紀美代の頬がほんのり染まり、幸は相変わらずの号泣。二人は手を握り合い。見詰め合いながら、二人だけの世界に入り込む。


 その時、ノックも無しで部室の扉が開き、貴子が現れる。


「お~っす、幸、居る?」


 その貴子の目の前で幸と紀美代が手を取り合って、妙な雰囲気を発生させているのを見て、何やってんのあんたと言わんばかりの表情で二人を見詰める。


「あ、その、こ、これは……」


 幸はぱっと紀美代の手を離すと後頭部を掻きながら天井向けて頬を染めながら只管、乾いた笑顔で、今のシーンを胡麻化そうする。


「と、ところで、貴子さん、何か御用で?」


 貴子は、酷く怪訝そうな表情のまま、そして、なんとなく感じた違和感の理由を察して胡散臭そうに二人を見詰めた。


「……幸、ちょっと、相談に乗ってくれない?」


 意外な言葉に幸の声がひっくり返る。


「た、貴子さんのお願いなら、全てを後回しにして、何時でもおっけーです」


 突然、態度を変えた事に紀美代はぶんむくれた表情で貴子を見詰める。


「その前に、この子は?」

「はい、昨日入部して頂いた紀美代さんです。とっても気が付く良い子です」


 貴子は紀美代にがつがつっと歩み寄ると、彼女の両肩を手で押さえ、ぼそぼそと呟く。


「紀美代さん、悪い事は言わないから、この部に関わるのは止めなさい、生きて卒業したかったらね」


 貴子のぼそぼそを聞き、紀美代は「は、はぁ……」と曖昧な返事をした。そして、貴子は紀美代から離れると一旦廊下に顔を出し、誰も居ない事を確認してからそっと扉を閉める。


「……どうしたんです?貴子さん」

「ちょっとこれを見て欲しいんだけど」


 そう言って鞄の中から老人に貰った杖を取り出して『光輪召喚』をやって見せた。


「何だと思う?これ……」


 幸は貴子の光輪召喚を見て、顎が外れそうに驚いた。


「な、何だと言われても、こ、これは、詳しく調べて見ないと何とも」


 貴子は、やっぱりそうだよねと思いながらかくんと肩を落とし小さく溜息をついて見せた。


          ★


 取りあえず、皆で中央の机のパイプ椅子に座り、紀美代が入れたお茶を啜りまがら、一旦落ち着いて、幸は貴子にこう尋ねた。


「何時から出来るようになったんですか?」


 貴子は腹を括って、あのマラソン大会の経緯や、最近頻繁に現れる『爺』について包み隠さず幸に話した。


「なんて言っても、信じて貰えないよね」


 何時に無く自信なさげに貴子が答える。しかし、貴子の言う事なら幸はどんな素っ頓狂な話でも100パーセント信じる様になっていて、全く疑う事は無かった。


「貴子さん、これは色々調べないといけませんね。暫く、科学部に通って頂けますか?」


 貴子はゆっくりと頷いた。その様子を紀美代はちょっと猫背になりながら、じとっと見詰める。

 貴子が立ち去った後、紀美代はちょっと不機嫌な様子で、改めて幸に尋ねてみる。


「幸先輩、先程の貴子さんと、どう言う関係なんですか?」

「はい、クラスメートで幼馴染で、幼稚園から一緒なんですよ」


 紀美代は思った、結構根深そうな貴子との関係をぶち壊すにはどうしようかと。

 こうして、見事なトライアングルが完成した事を自覚し、彼女は改めて闘志を燃やし始めた。


「どうしました?紀美代さん」


 紀美代は再びとびっきりの笑顔を作ると幸をじっと見つめる。


「いえ、別に何でも有りません」

「……そ、そうですか、それなら宜しいのですが」


 幸は全く気付かなかった。紀美代の背後に黒い炎が燃えている事を。まだ小さな炎だが、それは、着実に大きくなり、取り返しのつかない物になる事を。


          ★


「なに、田中と言う男に、呪術の事を話したと?」

「だって、一人で背負うにゃ荷物が重すぎるんだもん」

「ふむ、まあ良い、別に誰かに知られて困る物ではないし、有る程度知名度が無いとお主の力も認めて貰えんじゃろう」


 この話をすれば、貴子はこの老人に破門されて、晴れて自由の身になれると思ったのが、結果は裏目、益々、この世界に引っ張り込まれる事になってしまった。


「ねぇ、爺、これ、止めちゃ駄目なの?私はこんな事に全然興味無いんだけど……」


 老人は髭を弄りながらちょっとそっくり返って貴子を諭す。


「これは運命、お主はこの道をまっすぐに迷わず行けよ、行けば分かるさ」

「イノキかお前は!」


 貴子の言葉を聞いて、老人はニカッと嗤って彼女を見つめる。


「そうそう、その意気じゃ」

「は?」

「つまらんと思えば、全てがつまらなくなる物じゃ、目向きに受け止めるのが件名じゃと思うが、どうかな?」


 まぁ、爺の言う事ももっともだなと一瞬思ったのだが、やっぱしなんか府に落ちない。貴子は老人に何か尋ねようとして唇を開こうとした瞬間「では又会おう、バイビー」と言い残し、ピースサインと共にぽんっと消え去った。


「爺、旗色が悪いからって、逃げるんじゃねぇ!」


 そう叫んだが、老人の気配は既に無く、部屋は静寂に包まれる。

 貴子はベッドにばさっと仰向けに寝転んで杖をしみじみ見詰めた後にぽいっと床に追うり出す。

 妙な疲労感に襲われて、そのまま眠ってしまいそうになった時、廊下から弟の声が聞こえた。


「姉貴、風呂空いたよ」

「はーい、ありがと……」


 貴子はのたのたとベッドから降りて、クローゼットの引き出しから着替えを引っ張り出すと、よたよたと風呂場に向って階段を下りて行った。 その時、廊下で偶々(たまたま)何かしてた母親と出会い、母親は彼女の表情を見て、ちょっと怪訝な顔をする。


「何か有ったの、貴子?」

「ん、いや、別になんにも……」


 そうぽつんと呟くと後ろを振り返る事無くバスルームに姿を消した。

 母親は相変わらず怪訝な表情のままだったが、ここで突っ立ってても何の解決にはならないと感じて、後ろ髪引かれる思いでその場所を後にした。


 貴子は湯船に体を浸して天井を見上げながらぼんやりと考える。しかし、頭の中は今迄の出来事が猛スピードでぐるぐると駆け巡り、収集が付かない。苛立ちが血液となって体の隅々まで送り込まれて行く様な感覚に、何をして良いのか分からずに、空しく時間だけが流れて行った。


 そして、ふと思う、今日も長い夜になりそうだと。

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