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かんぽう恋薬(こいやく)  作者: 神夏美樹
第二話:未知との遭遇
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ACT-1

 午後十一時四十五分、貴子は薄暗いキッチンでガスコンロの前に立ち鍋の中身をじっと見つめる。ガスの炎が唯一の照明となり、キッチンのごく一部を照らし、長い影を伴う不思議な空間を演出する。

 鍋の中身は水。それが有る程度温まったところで昼間買い込んだ材料を準備して一度眼を閉じ、そしてゆっくりと開くとバニラビーンズ6個、赤い薔薇の花弁6枚を投入しシナモンスティックでゆっくりと掻き混ぜながら再び目を閉じ小さな声で呪文を唱え始める。


「サチュロス・ヴォルグ・ギルブ、サチュロス・ヴォルグ・ギルブ、サチュロス・ヴォルグ・ギルブ……」


 キッチンがバニラビーンズとシナモンスの香りで満たされて行き、沸騰する直前にガスの火を止め、余熱で中身を温めながら呪文と共にシナモンスティックで掻き回し続ける。

 そして午後十一時五十五分、鍋から空の化粧水の瓶に詰め替えると、ふうっと大きく溜息をついた。


「ま、こんなもんか……」


 化粧水の瓶を繁々と見つめてそう呟くとキッチンを片付けて出て行こうとしたのだが……


「情けないのう、近頃の若い者はこの程度の物しか作れんか……」

「だって、しょうがないじゃん、体に無害で効果有りそうな物って、これしか無かったんだもん。イモリだのヤモリだの得体の知れない物なんか使える訳……」


 そこまで言ったところで貴子の脳裏に激しい疑問が突き刺さる、自分は誰と話しているのだろうかと。

 その疑問と同時に背中を変な汗が流れ落ち顔が引き攣つり動けなくなる。


「どれ、その瓶を貸してごらん」


 貴子は振り向く事が出来ずそのままの状態で化粧水の瓶を右手で掲げ、左手で指さして見せる。


「こ、これ?」

「そうじゃ、その瓶じゃ」


 そう言われて、まるで操り人形の様にぎこちない動きで、ゆっくりと振り向くと、目に飛び込んできたのは身長約一メートルくらいで白い着物を着て、長い白髪に地面に着きそうなほどの長い髭。目は眉毛で覆われて顔形は良く分からないが、おそらくかなりの歳の老人と思われる人物がでっかい杖を持ち、貴子をじっと見詰めていた。


「うわ!誰だあんた」

「うむ、わしか?儂はこの家に住み着く悪霊じゃ」


 貴子は化粧水の瓶を棚に置くと、素早くフライパンとおたまを手に取り、攻撃態勢に入る。その姿を見た老人は、にかっと笑ってこう言った。


「と、言うのは冗談で、儂はおぬしの御先祖様じゃよ」

「はい?」

「聞いた事は有るんじゃないかね貴子、自分の十数代遡った御先祖に呪術師がいた事を」


 そうだった、だから貴子は惚れ薬なんか作る羽目になったのだ。父親からそう言う御先祖様がいる事を聞き、それを何気なく則子に話したら、じゃあ、そう言う才能は有るんだねと拝み倒されて、こんな状況に陥っているのだ。


「どれ、その瓶を貸してごらん」


謎の老人にそう言われて貴子は今一つ信じられない表情で瓶を渡すと、老人はその中身を天井に翳してみて、大きく溜息をつく。


「やはりのう、これはただの香水じゃ」

「全然効かないって事?」

「ま、気休めにはなりそうじゃがね」


 そう言いながら老人は貴子を少し下がらせて彼女の顔をちらりと見た。


「良いか、ちゃんと見ておくのじゃぞ」

「……え、う、うん」


 老人は何事かを呟くと、円を描いて、その中に複雑な文様の魔方陣を描いて見せた。そして、その中心に瓶を置く。


「これからが本番じゃ」


 貴子にちらっと振り向きながらそう言って、瓶の頭を杖でちょんと叩く。

 同時に魔方陣が眩い輝きを見せて、キッチン全体に広がって、直視できない程の眩い光を放つ。


「な、なによこれ?」


 貴子は腰が引けた状態で眩すぎる光を掌でさえぎっているが、指の隙間から光が入り込み光を遮り切れない。

 老人は何かの呪文を呟きながら、眩さを物ともせず、瓶をじっと見つめ続け、もう一度瓶の口をチョンと突く。同時に魔方陣は更に光輝いてから、何事も無かった様に、ふっと消え去った。

 キッチンに闇が戻り、老人のぼうっと光る姿だけが残る。そして、瓶を天井に翳してからニカッと笑うと、それを貴子に返してよこした。


「さ、これで完成じゃ」


 貴子は瓶をしげしげと見詰めながら、老人にこう尋ねた。


「これで、良いの?」


 見掛けは、さっきの瓶とほぼ変わらない。あえて言えば、中身の色が少し濃くなっているような気がした。

「この薬の有効期限は来週の金曜までじゃ、心して使うが良い」

 そう言いながら右掌を貴子に突き出して見せる。


「え、え~と、何でしょう?」

「今日は何時もより気合を入れて作ったから、そうじゃな、一万五千円で手を打とうかのう」


 その瞬間、貴子の怒りのスイッチが入る。


「金取るんかい!」

「ほっほっほ、冗談じゃよ、何か有ったら遠慮無く呼ぶが良い」


 そう言い残して老人は、ぽんっと姿を消した。


「待てこのくそじじい!」


 そう叫ぶ貴子に老人は声だけで答える。


「そうそう、その薬は男女訳隔て無く意中の者以外にも効くから注意するんじゃよ。下手するとパニックに成るからのう」

「なんだよそれ」

「ま、健闘を祈る、では又会おう、バイビー」


 そして老人の気配は消えた。貴子はぽつねんとその場に立ち尽くし、何かしようと思うのだが、何も思い浮かばない。


「さ、寝よっか……」


 そう呟いて、くるりと振り向き、ぺたぺたと自室に引っ込んでいく。

 明日になれば全部夢になるだろうと思ったのだが、薬瓶はしっかりと机の上に置いて有り、がっくりと肩を落とす事になるのだ。


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