朝食
翌朝……。
朝日が照らす和太郎の自宅、その家のリビングダイニングキッチンで和太郎は食事をしていた。ダイニングテーブルには白ご飯・味噌汁・ソーセージ入りの野菜炒め・緑茶が並んでいる。
「本当に昨晩のことはニュースにならないんだな……。一地方の出来事ではあるけどよ」
和太郎はテレビのニュースを眺めながら味噌汁を口に注ぐ。
「和太くん、なにか言った?」
テーブルを挟む形で座っている女性がキャベツを箸でつまんで言った。
「いや、独り言。そういや母さん。父さんは?」
和太郎の視線が隣席のテーブル上にある籠に合わさる。その籠には長方形の白紙が数十枚 入っていた。白紙の他にはボールペンが転がっている。
「仕事で忙しいみたいね。いつもならそろそろ帰ってくる時間だけど」
「ただいまー」
玄関から男性の声がした。
「あら、噂をすれば……。朝食 用意しなくちゃ」
母は椅子から立つとキッチンへと歩いていく。
しばらくすると扉が開き、ポロシャツ姿の男性が入ってきた。彼は無精ひげを生やし、銀縁の眼鏡をかけている。
「おう、和太郎、今朝は早いな」
「お帰り、父さん。今朝は体調が良かったからな。父さんは眠そうじゃねえか」
「飯 食ったら寝る。今日も浮気してきて寝不足だ!」
父は朗らかな表情で和太郎の隣に座った。一方、和太郎は無表情で玉ねぎを頬張る。
「もう少し待っててね、平助さん。今、朝食を用意してるから」
母はキッチンで、味噌汁が注がれた椀を盆に置く。
「ありがとう、静。俺は静と結婚できて幸せだ。愛してるぞ」
「浮気をしてきた人に言われても説得力ありませんよ」
母はにこやかな表情で炊飯ジャーから白ご飯を茶碗に装った。
「はっはっは。今回は正義のヒロインものだ。女の子がけしからん目に遭うから完成したらまた読んでくれ。眼福を保証する」
「楽しみにしときます」
母は盆に載った食器を父の前に並べていく。
「和太郎も読め。おかずになるぞ」
「読まねえよ。父親が描いたエロ漫画で誰が……」
「成人指定がただで読めるんだぞ。父さんはお前の年頃でエロ本の獲得に苦労したものだ。売ってくれる書店を仲間内で情報交換し合ったりしてな。自販機本が消えた頃合いだったから、ゴミ捨場のエロ本を回収したりしてたぞ。お前は新品を、その気になればお小遣いも消費せずエロ漫画を入手できるのだ! 恵まれている!」
「力説すんな! 今、飯時だ!」
和太郎はリモコンを握りボリュームボタンを押す。テレビの音量が上がった。
「それでは全国のお天気です」
テレビに指示棒を握った女性が映し出される。父は顎に指を這わせてテレビを凝視するように見つめだした。
「お天気お姉さん……、雨、ミニスカにするか」
父は籠に入った白紙を取り出すと、ボールペンで文字を書き入れた。
〝お天気お姉さん ミニスカ ノーブラ バイブ 指示棒 あそこの天気を尋ねる お股は大雨洪水警報中 痴女もの?〟と文字が走った。
父は書き終えるとポロシャツの胸ポケットに紙を折りたたんで入れる。
和太郎は半目で父を睨むように見ていた。父と視線が重なる。和太郎はそのまま強い眼差しで見つめている。
「なんだ、和太郎」
「いや、なんでもねえ」
和太郎は父から目をそらして朝食へ合わせると野菜炒めの玉ねぎを箸でつまんだ。
「メモはやめんぞ。漫画を描く上で必要だ。メモを回収し忘れて洗濯物に紙くずがこびりついた件は謝っただろう」
「そうじゃねえよ。父さんはエロ漫画を……」
「やめんぞ」
言葉が途中で重なった。和太郎は口をつぐむ。箸の動きが止まり、握っている手に力がこもる。
父は合掌すると朝食の挨拶を口にした。表情を変えずに味噌汁を飲み、豆腐を箸で口へ運んでいく。
一方、和太郎は茶碗を持ち上げるとかき入れるように口へ流し込んだ。味噌汁を一気に飲み干す。
「ごちそうさま」
和太郎は椅子から勢いよく立ち上がる。食器を一まとめにしてキッチンへ足早に歩いていく。そして、流し台のたらいに食器を浸した。
和太郎は扉へと歩き、取っ手に手を伸ばす。
「和太郎」
父の声がした。和太郎は扉を開きかけた状態で固まる。
「気をつけて行ってこい」
「……行ってきます」
和太郎は向き直ることなく扉を閉めた。
父親の職業を読者に伝えたかったので用意した場面です。
物語的には世界観の説明が前回までで終わっているので、ここから和太郎の話が始まります。