決着 ラジオのパニッカー
午後九時、通行車がなく人通りも絶えた大通り、その真ん中に二人の人影が降り立った。和太郎とみちびである。みちびは足元にオーディオプレーヤーを置いた。
「テブク、この倒し方でいいのか。一応、修業だろ」
和太郎がこめかみを指でかいて小声で言う。
「OKヨ。成功するか興味があるアル。今回は和太郎が闘気装でどれだけやれるか分かたし問題ないネ」
「まあ、いいなら構わないけどよ」
「来たわ!」
「ひゃああぁああー! 怖いー、怖いですー」
コッタが最寄りの交差点の片隅から現れた。コッタは和太郎とみちびの立つ地点へ飛びながら近づいてくる。後ろにはサーバントたちがコッタを追う形で移動していた。踊りながら、アスファルトを滑るようにである。
「やるわよ! スタート!」
みちびがオーディオプレーヤーのボタンを押すと、オーディオから音楽が流れ出した。
すると、サーバントたちの移動スピードが落ち、止まった。一斉にパチパチ パチパチと拍手が始まる。
みちびは息を吸い込んでから口を開く。
「全国の皆さん、会場の皆さん、海外でラジオをお聞きの皆さん こんばんはー」
みちびが大声を上げてにこやかな表情で手を振ると、サーバントたちから「こんばんはー」と返事が飛んできた。
「四月二十一日 木曜日 今晩の春期巡回ラジオ体操 我らの体操会は加護県加護市からお送りします! 加護市は加護県の中央部に位置し、人口は五十五万人、活火山である雄大な加護山を臨める暖かな土地柄です」
みちびは次々と整列してくるサーバントたちを見渡しながら言葉を進めていく。そして、土地柄の説明を終えるとラジオ体操の歌につなげた。
「あたーらしーい夜が来た♪ きーぼーのよーるーだ♪」
サーバントたちは声高らかに斉唱を始める。
それが終わるとみちびは肩の運動を指示し、サーバントたちはそれに従った。老若男女は肩をすくめたり下ろしたりを繰り返す。
みちびは上空をちらりと見やった。しかし、すぐに目線を落とし、サーバントたちに笑いかける。
「背筋をしっかりと伸ばした良い姿勢をおとりください。ラジオ体操第一!」
夜の大通りにピアノの音色が響いた。
夜空からはラジオのパニッカーが降下し始めていた。
十分後……。
ラジオ体操第二の深呼吸が終わり、オーディオプレーヤーからのピアノの調べは消えていた。
「今夜は加護県加護市からピアノ 聖種みちび 体操 聖種みちびで我らの体操会お送りしました! それでは皆さん、今日も健やかに眠りましょう。ごきげんよー」
みちびが両手を挙げて手を振ると、サーバントたちから拍手が沸き起こった。
和太郎とコッタがみちびの前に立ち、サーバントたちに見せるようにゴム印を提示する。
すると、紐につながれたスタンプカードがサーバントたちの首に現れてかかった。サーバントたちはそのスタンプカードを握って、和太郎とコッタのもとへ整列して集まろうとし始める。
「スタンプはこちらから押しに伺います。体操していた場所にてお待ちください」
みちびが声を発すると、サーバントたちは各自の場所へ戻っていく。和太郎とコッタは夜の大通りに並ぶ人々の列を数え出す。それからみちびに報告し、捺印の分担を決めた。
みちびもポケットからゴム印を抜き出す。
三人は押印を開始した。
みちびがスタンプカードに印を押すとサーバントは倒れた。目を閉じてそのまま動かない。和太郎とコッタがスタンプを押しても同様に倒れていく。一時の間、捺印するとサーバントがその場で倒れるという行動が繰り返された。
和太郎は髪の薄い男性サーバントにスタンプを押し終えると隣に歩いた。
次に待っていたのは人ではない。ラジオのパニッカーだ。パニッカーはスタンプカードを両手で握りしめていた。スピーカーと一体型のオーディオプレーヤーの顔が和太郎を捉えている。
和太郎は差し出されているスタンプカードに手を伸ばした。
しかし、スタンプカードに触る間際に手が透明な壁に弾かれてしまう。次に和太郎は手を添えずにゴム印をカードに下ろした。それも上方へ跳ね上がる。
「押せねえ。ごめんな」
和太郎の眉が八の字になる。それから、和太郎は朱肉にゴム印を押しつけると、隣へ一歩 足を歩ませる。
すると、ラジオのパニッカーからシュゥウゥッゥと空気が抜けるような音が響いた。
「ん?」
和太郎が向き直る。
ラジオのパニッカーは和太郎にスタンプカードを見せつけるように手で持ち上げると、スタンプカードのマス目を指さした。マス目に何度も指を突く。
「もう一度押せってか?」
ラジオのパニッカーが頷いた。
和太郎はラジオのパニッカーの正面に戻ると、スタンプカードへ手をかけた。スタンプカードの余白部分を指でつまむ。
「お、今度は押せそうだな」
ラジオのパニッカーの頭が数回振り下ろされた。
和太郎は一度スタンプカードから手を離すと、朱肉にゴム印を押し当ててインクを塗り込ませた。
和太郎はマス目の四月二十一日の欄にゴム印を押す。空欄には赤丸で閉じられた滝のマークが埋まった。四月二十一日は最終欄であった。
ラジオのパニッカーはスタンプカードを両手で掲げて振り仰ぐ。
「ごきげんよー」
ラジオのパニッカーのスピーカーから突然 男性の声が飛び出した。
同時にパニッカーの黒い宝石のような物体から光の粒子が立ち昇り、パニッカーは消えてしまう。
静寂が一帯を包んだ。
やがて、周りからはばたばたと音がした。サーバントたちが一斉に倒れたのだ。
「やりましたよー。討伐完了ですー」
コッタが尻尾を振りながら叫んだ。
和太郎は胸を撫で下ろす。
「緊張したぞおい! 指示通りだし、前例通りに周囲が動いてたから大丈夫だろうと信じてやってたけど、やってみるとそれでも緊張した」
そこへ、みちびが眉をつり上げながら歩いてきた。
「あんたはまだマシよ! あたしは解説入りで踊らなきゃいけなかったんだから! 平然を装うの大変だったのよ!」
「結構、自然な感じだったがな。びっくりしたぞ。大衆の前に出るの慣れてるって感じさえ」
「うるさい! 慣れてない!」
「そんなに怒んなよ。褒めてんじゃねえか。っていうかこれで終わりか。前置きがあったが、たしかにアホっぽすぎる! 夏でもねぇのに体操カードかよ」
「ワタシは好きかもしれなイ。こんなアホぽいのもありと思たアル。戦いで敵の気概を緩ませるコツを学べそうネ」
「そうかあ?」
コッタがふわふわと寄ってくる。
「前回は真冬で しかも雪降る夜にやったらしいですよー。さてー、これからおいらは忙しくなりますー。リセットの準備をしなきゃですー。今晩の0時になると思いますー」
コッタはポンと消えた。
「リセット?」
和太郎がみちびの顔を見つめる。
「パニッカーが乱したこの数時間をなかったことにする改変作業よ」
「そんなことすんのか」
「そうしなきゃ、神力の存在がバレるでしょ! 人々の記憶や意識を操作して都合良く忘れてもらうの!」
「おいおい、そんなこと毎回やってんのか」
「そうよ」
「そもそもなんで神力を隠す必要が……、神力を使えた方が便利だろうに」
「大神が決めたことだから分かんないわよ! 気まぐれって説が最有力だけど!」
「気まぐれ!?」
和太郎が身を乗り出すとみちびは掌を和太郎へ向けた。こめかみを指で押さえ目をつぶる。
「あー、今日は疲れたわ。そういった話はまた次にしましょ! 一応、神勅によりテブクとは共闘してもいいって形になってるから、パニッカーが現れたらまた会うだろうし……。あんた、えっと滝 和太郎だったかしら、滝でいいわね!」
「いいぞ」
「あたしは聖種みちび、聖種さんと呼びなさい!」
「聖種でいいだろ。人を呼び捨てにすんだから」
「あら言うじゃない。……まあいいわ。断っておくけど、あんたはもう普通の人間じゃないから そこんとこだけは自覚持ちなさいよ! 神や神力のこととか禁句だから!」
「分かったよ」
「じゃ、あたし行くわね」
みちびは背を向けて大通りを歩き出した。だが、一歩歩くと地面に寝転がっている人々を見回して振り返る。
「この元サーバントたちは放っておいて大丈夫だから! コッタがどうにかするわ!」
みちびはまた和太郎に背を向けて大通りに足を踏みだした。
「あ、そうそう最後に!」
再度、立ち止まる。今度は背中越しに和太郎を見つめた。
「あたし同じ神守高校だけど、学校で話しかけないでね!」
「なんでだよ」
「あんた、その見苦しい格好で高校の生徒に遭遇したでしょ。その中の一人、おしゃべりだから変人としてあんた有名になるわよ。あたし、普段はあまり目立ちたくないの! だから話しかけないでよね!」
みちびはすたすたと交差点の方へ歩いていった。やがて鞭を近隣のビルに伸ばすと、吸い込まれるようにその場から去った。
「な、なんだと!」
和太郎は夜の大通りで立ちすくむ。
「和太郎、もっこりん戦闘仕様を解除しとくヨ」
和太郎の股の膨らみがしぼんだ。
和太郎から歯ぎしりの音が聞こえる。拳は握りしめられ、肩が小刻みに震えていた。
「ん? 闘気装を消した方がいいカ?」
和太郎は素っ裸になる。和太郎の額の青筋が際立った。
「お前、わざとやってるだろ!」
青いトランクスが空から舞ってきて街路樹の枝に引っかかった。
夏休みにある朝のラジオ体操で指導者が具体的にどんな内容をしゃべっているか失念していたので、改めて聞き直してそれを参考にみちびに話させました。
この倒し方はバカっぽくてお気に入りです。
今後、シリーズ化した場合もこのような滑稽な倒し方を用意しようと思います。