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ひーろーっぽいの  作者: 武ナガト
6/31

対決 ラジオのパニッカー

 夜の街灯に照らされた十字路。そこの光に二組の小さな影が走った。

 息を(はず)ませて走るのは二人の子どもだ。身長は男の子が一二〇センチほど、女の子は一〇〇といったところ。

「急いで」

 男の子は女の子の手を引きながら()けている。

「あっ」

 女の子は転んだ。男の子が女の子に駆け寄る。女の子の膝には血がにじんでいた。

「イチ、ニッ、サン、シッ、ゴー、ロク……」

 掛け声とピアノの旋律(せんりつ)が流れてくる。二人が逃げてきた方角の暗闇から発信源が現れた。

 それは人型であり、スピーカーと一体型のオーディオが人の頭部に置き換わってついていた。頭部の中央には黒い宝石のような物体が埋まっている。それから白帽子・白い半袖Tシャツ・紺のハーフパンツ・白い靴下・白の運動靴が人型のラジオを(かざ)っていた。簡単に表現すれば小学生の体育服姿である。

「世の中に良き体操をザザ! 良き体操万歳だザザ」

 CD収容口がカパカパ出し入れされるのと同時に声が聞こえる。

「逃げなきゃ。立って」

 二人の子どもはすぐ近くの民家の敷地へ走り入る。(へい)に囲まれた一軒家だ。

「助けて。開けてー」

 扉を拳で叩いて叫ぶ二人。しかし、返事はなかった。

「お兄ちゃん、どうして開けてくれないの」

「わからないよ。たまたま会った人たちはラジオの化物に踊らされちゃうし……。とにかく逃げよう」

 兄妹は入ってきた場所から外へ走ろうとした。だが、そこにラジオの化物が立ちふさがる。

 二人の表情が引きつった。

 ラジオの化物は手を広げる。掌サイズの長方形の物体が出現するとそれを握った。

「オーディオが操作される時代は終わったザザ。これからはリモコンでオーディオが人を操るザザ。ラジオ体操の指示に従うザザ」

 ラジオの化物はリモコンを二人に向ける。

 男の子は女の子を抱え込むように引き寄せた。

 そのとき

「この野郎ッ!」

 ラジオの化物が側面に吹き飛んだ。

 ラジオの化物が立っていた地点には闘気装姿の和太郎がゲンコツを前に突き出した体勢で立っている。肩を上下させながら呼吸していた。

「大丈夫か」

 和太郎は二人に目線だけ向けて話しかけた。

 二人の兄妹はおそるおそるといった感じで和太郎を見た。男の子は人差し指で和太郎を指さす。

「今度は白い化物だ!」

「なに!」

「和太郎、もっこりん戦闘仕様ヨ」

 和太郎の股間(こかん)が膨らむ。丸さが際立(きわだ)った。

「へ、変態だあ!」

 兄妹から悲鳴じみた大声が上がる。

「テブク、おま、このタイミングで!」

「前ヨ、前、前!」

 和太郎はラジオの化物の体当たりをモロに受けてはじき飛んだ。アスファルトを転がる。

 その後、和太郎は()き込みながらも立ち上がった。

「痛っててて」

 胸を押さえながら前方を見つめる和太郎。

 ラジオの化物は民家の敷地に向き直っていた。再度、リモコンを敷地内へ向けている。

「くそ。やらせるか」

 和太郎が片足で地面を()ると、その勢いのまま路上に添うように水平に飛び、ラジオの化物に身体がぶつかる。ラジオの化物を下敷きにする形で両名は倒れ込んだ。

「勝手がわからねえ! とにかく押さえつけとくか」

 和太郎は手でラジオの化物の頭を地面に押しつけた。

「そこの二人、早く逃げろ」

 和太郎はラジオの化物から眼を離さず叫んだ。民家の敷地から兄妹は飛び出す。

「ごふっ」

 ところが、和太郎はラジオの化物の肘打(ひじう)ちを喰らい退けられた。

 化物は兄妹を追いかけると女の子を捕らえる。女の子は化物の腕に抱えられながらジタバタともがいた。

「離して。お兄ちゃん。助けてー」

「まゆを離せ」

 男の子はラジオの化物に殴りかかり、何度も拳をぶつける。が、化物はビクともしない。リモコンを握った手で男の子は払い除けられてしまった。男の子はぐったりと動かなくなる。

 ラジオの化物は女の子の(わき)を持ち上げて顔の前で止めた。女の子は目に涙を浮かべながら硬直している。

「うーむ。健康そうな身体ザザ。よい動きをしてくれそうザザ」

「てめえ!」

 和太郎は駆け寄ると右拳を放つ。

「危ないザザ」

 ラジオの化物は女の子を(たて)にするように和太郎の前に差し出した。和太郎の拳は女の子の顔の寸前で止まる。

 次の瞬間、和太郎の顔面にラジオの化物の回し蹴りが入った。和太郎は塀に叩きつけられる。

「これはいいザザ。よい盾を見つけたザザ」

 動きが固まっている女の子を両手で(かか)げるラジオの化物。片足を(じく)にくるくると回った。

 和太郎は立ち上がり、(つば)を吐き捨てた。血が溶け込んでいる。

 ラジオの化物の回転が終わる。

「お前 邪魔そうザザ。お前から始末するザザ。抵抗したらこの娘はただじゃすまないザザ」

 ラジオの化物はリモコンを和太郎に向け、押した。リモコンからは黄色いジグザグ模様の光線が放たれた。

「ぐわッ」

 和太郎は避けずにそれを受ける。バチバチと火花を飛ばして和太郎は発光した。和太郎は片膝をついてその場にしゃがんだ。

「ん? おかしいザザ。なぜ踊らない」

 ラジオの化物は再度リモコンを押す。光線が発生して和太郎に直撃する。和太郎は叫びを上げるが、踊りはしなかった。

「ワタシに気の操作は効かないアル。()めてもらちゃ困るネ」

「一人から二人目の声が聞こえるザザ。なんだザザ? お前面倒くさそうザザ。踊れないやつに価値はないザザ。壊しちゃうザザ」

 ラジオの化物が和太郎へ足を一歩踏みだすと、

「えい」

 腕に女の子が()みついた。女の子の身体が化物の腕から解放される。

 女の子は腕から滑り落ちると、尻餅をついたが、すぐに立ち上がって走り出した。

 和太郎は一直線にラジオの化物に近づいていく。

「おっとザザ」

 しかし、ラジオの化物は女の子を拾い上げると、またも盾にした。和太郎はまたも拳を止め、前回同様に回し蹴りを受けて横転する。

「放してー」

 暴れる女の子。ラジオの化物は当て身を入れる。女の子は一瞬うめくと、腕を鉛直に垂らして動かなくなった。

「これで大人しくなるザザ。盾が勝手に動いちゃ困るザザ。でも、不自由もいいかもしれないザザ。操るのもいいザザが、操らない方がなんか面白そうとか思えてきたザザ。逃げる危険性もちょっとはあった方が愉快ザザ。なんか目覚めちゃいそうザザ」

 ラジオの化物はアスファルトに伏せている和太郎に光線を浴びせかける。一度、二度、三度、四度……。

 そのたびに和太郎からは苦悶(くもん)じみた声が起こる。

「悲鳴発声器の完成だザザ。楽しいザザ。人間ラジオだザザ。こういうのが欲しかったザザ。オンオフ、オンオフ、ザザザザザ」

 ラジオの化物はスイッチを一定のタイミングで押しつつ、ステップを踏み始めた。

 そのとき

「あーあ、負けちゃってるじゃない」

「だ、誰だザザ」

 民家の屋根の方向から線状のなにかがラジオの化物に伸びてきた。しなりを帯びたそれは衝突音を奏でながら化物の腕にヒットし、化物は女の子を放してしまう。

 アスファルトに寝転んだ女の子に線状のそれが巻きつく。女の子は民家の屋根へ引き上げられた。

 やがて、屋根から一人の少女が下りてきた。年齢は十代半ばといった風貌(ふうぼう)だ。

 茶色のロングヘアーとつり目が特徴的で、青と白を基調としたローブを身にまとった小柄な少女である。右手には(むち)らしきものを握っている。

「コッタ」

「あいあいー。みちび様お呼びでしょーか」

 みちびと呼ばれた少女のすぐ傍に、ポンと音を響かせて現れたのは丸く茶色い生き物だった。コッタと呼ばれたそれは尻尾らしきものがあり、タヌキのようにも見える。

神力(しんりよく)汚染はないみたい。まだサーバント化はしてないようね」

 みちびは抱えていた女の子を、足元に横たわっている男の子の隣に寝かせると呟くように言った。

「この子たちを隔離(かくり)空間へ」

「でもー、ヤッタヌキ様の許可がー……」

「あたしの空間があるでしょ。そこに収容しなさいよ。もう、気が利かないわね」

「あー。なるほどー。りょーかいしましたー」

 コッタが爪のついた手を兄妹へ向けると、幼い二人は瞬時に消えた。

 コッタはみちびを見上げる。

「あのー、おいら帰っていーですかー。ヤッタヌキ様のおやつ買いに行きたいんですけどー」

「ダメよ。囮くらいにはなるでしょ。ここにいなさい」

「そんなー」

 コッタは口元を両手で(おお)うとぷるぷると震えた。

 そこへ

「おい。お前、オイの質問に答えてないザザ。誰だザザ」

 ラジオの化物は地団駄を踏んだ。

 みちびは(あご)を上げると口を開く。

「ふん。ここで倒される奴に名乗っても仕方ないけど、かわいそうだから教えてあげる。あたしは聖種(ひじりだね)みちび。神の命令によりあんたたちパニッカーを倒すゴッドウォ――」

「ぐげごザザ」

 みちびの名乗りは途中でラジオの化物の声にかき消された。

 和太郎がラジオの化物の側頭部に右ストレートをめり込ませたからだった。ラジオの化物は塀を突き破って民家の庭へ。

「ちょ、ちょっと! まだ名乗り終わってないでしょ!」

 みちびのつり目はさらに上がった。

「うるせえ! こっちはストレスがたまってんだ。お前に構ってられっか。テブクどうすりゃいい」

「今回は好きに動いていいヨ。闘気装での身のこなしを覚えるアル。ワタシも和太郎に合わせられるように気を調整する経験が必要だシ、ちょうど良いネ。見たところ今回の混乱獣は弱そうだからファイティング宇宙拳も必要なさそうアル」

「そうか。なら好きに戦わせてもらう。だけど、闘気装はお前と出会った後の帰り道でも体験したはずなのに、どうしてこんなに勝手が違うのか」

「ワタシが気でサポートしているかどうかの違いネ。あのときは嫌がらせしたかたから助けなかただけアル」

「! お前! ホント嫌な奴だな!」

「武闘家は嫌がらせも考える必要があるヨ。相手を崩す好機を生むためにもネ。今後もそれはやめないから覚悟するアル」

「嫌だと言ってもやるんだろうな。くそ」

 和太郎の目が、塀を突き破って庭に横たわっているラジオの化物に合わさる。

「だが、意外とやれるぞ俺。ジジイに三年ぐらい喧嘩(けんか)ふっかけててよかった。ラジオ野郎は動かねえみたいだし、身体の動きを把握するために、ちょっとジャンプしてみっか」

 和太郎は夜空に跳ねた。六階建てのアパートを抜いてもまだ上昇する。

「凄えな。町の明かりが綺麗だ」

 和太郎の下方一面には人口の光、上方には星々の光が輝いていた。続いていた上昇が終わり、下降に移る。

「ジェットコースターの浮遊感! マイナスGー! うげっ。気持ち悪い」

 和太郎は口を手で押さえながら落ちていく。着地点はラジオの化物が転がっている民家の庭で、化物の胸部だった。化物に重力の()もった足が入る。化物の胸部に足が喰い込む音は鳴ったが化物から声は上がらなかった。

 和太郎の手が口から離れる。

「うげっ。おえっ」

 胃液をぶちまけた。ラジオの化物の頭にである。

「あ、悪い」

「うわっ。サイテー」

 和太郎が口を拭って後ろに顔を向けると、その先でみちびは目を細めて身体を引いてた。

 和太郎は顔を戻し、星が輝く夜空を見上げた。

「あんま高く飛ぶとマズそうだな」

「いや、飛んでいいヨ。今ので体内の流れつかめたから、次は気で修正入れるアル」

「そうなのか。本当かよ」

 和太郎はラジオの化物に視線を落とす。すると、胃液にまみれた化物の頭部からは弾けるような異音が生じた。スピーカーからは砂をこすり合わせたような音と一緒に声が流れ出してきた。

「緊急警報! 緊急警報! 集合してください! 集合してください!」

 ラジオの化物が赤く輝き出す。

「え? なんだ。おわッ」

 和太郎の身体が後方へ吹き飛ぶ。背中からみちびに突っ込み、みちびはさらにコッタを巻き込んで転倒した。つまるところ、みちびの背中の物陰から和太郎を覗くように見ていたコッタがサンドイッチの最下層になった。

「痛いですー、重いですー、苦しいですー」

「くそ、なんだったんだ」

「ちょっとこら! どこ触ってんのよ! どきなさいよ、もう!」

 和太郎はみちびの手で横へ押し退けられる。

 ラジオの化物からは赤い光が消えていた。

「あたーらしい夜が来たっ♪ きぼーのよーるーだ♪」

 ラジオの化物のスピーカーから歌が奏でられると、化物は倒れた姿勢のまま踵を起点に起き上がる。それは倒れている仏像が足元を基軸にして立たされるようだった。

 ラジオの化物はふわりと宙に浮かび、上昇していく。

「嫌な予感がするわね」

 みちびが右手に握っている鞭を振った。鞭の先は黒い宝石のような物体に襲いかかる。だが、突如生じた透明な壁のようなものに寸前で妨げられてしまった。黒い宝石のような物体に変化はない。

 みちびは三回四回と狙い続けているようだったが、破裂音が轟くばかりである。

「空気の障壁? もう! コアに届かないじゃない! 面倒なんだから! コッタ! どうすればいいのよ!」

「おいらもわからないですー。調べるために帰っていいですかー。データバンクに問い合わせなきゃですー」

「いつも思うけど、その場で調べられるようにしなさいよ! 非効率でしょ!」

「無理ですー。決まりごとですー。神奥(しんおう)でヤッタヌキ様に申請して頂かないとー」

「もう! わかったわよ。行きなさい! 早くしてよね!」

 ポンと音が響くとコッタは消えた。

 一方、ラジオの化物は闇夜で回転し始める。足は地上に向けられながら固定されつつ、正面と背中を交互にさらす形だ。緩やかに回る竹とんぼのようでもある。

 和太郎は地面にあぐらをかきながらそれを見上げていた。

「なんか回り始めたぞ、あの野郎」

 和太郎は頬をかきながらぼそりと言った。

「ジャンプするヨ 和太郎。人差し指を突き立てながらあの混乱獣に飛び込むアル」

「人差し指を突き立てながら? 何でだ。浣腸(かんちよう)でもすんのか」

「ファイティング宇宙拳の技ヨ。和太郎はただ飛び込めばいいネ。ワタシが発気するアル」

「帰りにまた吐くんじゃねえだろうな。嫌だぞ」

「行くアル。吐かせないから信じるアル」

「わかったよ」

 和太郎は腰を上げると、飛び上がった。一直線にラジオの化物へ飛び込んでいく。和太郎は両手をがっしりと組み合わせ、それから、二本の人差し指を立てた。

「違うヨ。姿勢はウルトラマンの登場ポーズぽくしつつ、突き上げている方の手、その指だけを立てとくネ」

「あ? 浣腸すんだろが。浣腸つったら二本指が定番だろ!」

「浣腸するなんて一言も言てないアル。ああ、もうそのままでいいヨ」

 夜の空を漂うラジオの化物に和太郎は接近。

「ファイティング宇宙拳 一本指 二式ィィィィィ!」

 テブクの声が夜空の大気をつんざいた。化物の尻の間近で、和太郎の二本指と見えぬ壁のようなものがぶつかっている。

 膠着状態の最中、和太郎の口が大きく開かれた。

「屈辱を味わわせてやらああああぁぁああッ!」

 和太郎の指が化物の尻にぷるぷると震えながら寄っていく。

「もう少し、あと少しだ! こんのおおぉぉおおぉッ!」

 しかし、その言葉が実ることはなかった。上昇速度はマイナスに転じる。

「チクショおぉーーッ!」

 和太郎は指を崩さずに落下していった。

 和太郎がラジオの化物から離れたとき、赤い線がラジオの化物に伸びてきた。

「レッドライン!」

 それはみちびの鞭であった。みちびはマンションの屋上に移動しており、そこから鞭を振るっている。鞭は二本に増えていて、共に炎上し、両手に一本ずつ握られていた。みちびは両腕を横から滑らせて次々と鞭を繰り出していく。鞭の連撃はラジオの化物になだれ込んでいった。

 夜空を炎の光が明るく照らす。破裂音と炎上音が辺りに轟いた。ラジオの化物は炎に姿が隠れてしまう。

「ダメ! まるで手応えがない。神力の無駄づかいだわ」

 みちびの連撃が止んだ。炎からラジオの化物が姿を現わす。化物の白い衣服に変化はない。

 和太郎はみちびの連撃が止むまでラジオの化物を路上で見上げていた。

「もう一度、行くか。今度はテブクの言った通りにやりゃ――」

「たぶん無駄アル」

 和太郎の眉根が寄った。

「和太郎ではなくワタシが放つ一本指でも無理そうネ。他の手で戦――……。ん?」

「どうした」

「……どうやら集まてきたアル」

 和太郎の目線が夜空から路上に降りる。目線は丁字路の角から現れた人間に重なった。街灯に照らされた彼らは一人二人ではなく大勢である。皆が半目、無言であった。

「体操しながら集まってきたぞ。足さばきは歩いてねえのに移動してくる。まるで空港なんかにある水平移動式のエスカレーターで運ばれてるみたいだな。気味が悪ぃ」

 和太郎は跳躍し、みちびが立つマンションの屋上へ降り立った。みちびは両腕を垂らして目をつむっていた。

「操られてる奴らが集まってきたぞ」

「でしょうね。パニッカーは一般人に影響を与える奴が結構いるから」

「パニッカー?」

「あの化物のようなやつのことよ。謎に包まれたやつらだけど、基本的には世の中の秩序を乱そうとする行動をとるわね」

 みちびは閉じていた目を薄く開けて和太郎を見た。

「なにやってんだ」

「技の準備よ。コッタが戻ってくる前にやれることはやっておかないと」

「あいつ当てにできるのかよ」

「知らないわよそんなの! 過去に事例があるかどうかの話でしょ! 言っておくけど、事例があっても華々しい勝利とか期待しちゃダメだからね!」

「ん? どういうことだ。泥まみれの勝利ってやつか」

「そうじゃないわよ! あいつらって倒し方がアホっぽいものが意外と多いのよ!」

「例えば?」

「そうね例えば……。いや、いつかあんたも肩すかし食らうべきね。教えない!」

 みちびが青白い燐光(りんこう)をまとい始めた。夜の闇に燐光は立ち昇り、みちびの身体から球状に千切れていく。

「いける!」

 みちびは二本の鞭を振り上げた。鞭が上空のパニッカーに伸びていく。鞭の先端はパニッカーの直下虚空(こくう)で交差すると絡み合った。鞭は瞬時に織り上げられ十字型で固まる。

「触われないなら寄ってきなさい! グラビティ クルスフィクション」

 ラジオのパニッカーの下方に出現した十字にパニッカーは引き寄せられていく。

「次!」

 みちびは手にしていた二本の鞭を放り、両手を広げた。そこへ新たな鞭が補充される。

 みちびは新たな鞭を握ると、自らが立つマンションの屋上を叩き始めた。二本の鞭により屋上に幾何学模様が描かれていく。

 パニッカーはその幾何学模様に降りてくる形となった。

「よし! これで上向きに仕掛ける必要はなくなったわね! どう料理してやろうかしら!」

 みちびは屋上を一度 鞭で叩き、口の端を上げる。

 一方、和太郎は胸を張っているみちびを横目で眺めていた。

「ん?」

 和太郎の目が大きく開かれ、マンション屋上の端に釘付けになる。

「踊ってる奴らが上ってきたぞ! ここ二十階ぐらいあるだろ!」

 マンションの壁伝いに皆 同じ動きをした人間たちが上ってきていた。壁に全身を這わせているのではなく、足の裏だけを接しながら地面に立つような姿勢で屋上へ滑るように進んできている。跳躍の体操のときも落ちたりはしない。

 和太郎は自らに近づいてきた老婆の首筋を叩いた。老婆は動きが止まり、その場に崩れる。

 踊りを続ける人々は和太郎とみちびに接近すると踊りを止めて飛びかかってきた。和太郎はそれらを小刻みなステップを踏みながら避けていたが、そのうちの一人に抱きしめられる。

「痛でてでぇえ!」

 和太郎がバチバチと音を立てて黄色く光る。だが、次の瞬間には飛びついてきた男を背負い投げした。

「無理アル 和太郎。正気功でしのげる数じゃないネ」

 しばらくの間、和太郎は抱きつこうとしてくる人々を身体を揺らしてフェイントを入れつつ避けていた。しかし、マンションの外へ跳ねた。

 飛び出したマンションを和太郎は上空から背中越しに見下ろす。みちびはまだ屋上に留まっているようだった。

「サーバントは思いきり叩けないから苦手なのよね!」

 みちびが鞭で人々の立つ床を叩く。すると、叩かれた床に彼らは倒れ込んだ。破裂音が鳴れば一人が倒れるといった姿が繰り返されていく。

「もう! しつこい!」

 みちびは自分の足元に二本の鞭を振り下ろす。すると、巨大な破裂音が響き、周囲の人間は皆 平伏(ひれふ)した。

 みちびもマンションの外へ飛び立つ。飛び立つと近場にある別の高層マンションに鞭を走らせる。鞭は伸びて高層マンションの壁に突き刺さった。その後、鞭は縮み、そのマンションへみちびは移動していく。

 壁に貼り付くとみちびはもう片手に握っている鞭を貼り付いているマンションの屋上へ伸ばした。鞭が屋上の付近の壁に突き刺さるとみちびは引きつけられるように加速する。

「お前の移動方法って直線的なスパイダーマンっぽいな」

 すでに降り立っていた和太郎がマンションの端で佇みながらぼそりと言った。

 みちびは立ち上がると鼻を鳴らす。

「そんなことどうだっていいでしょ! それよりどうしようかしら! あのマンション、サーバントたちの巣窟(そうくつ)になっちゃったじゃない!」

「サーバント?」

「パニッカーに操られてる人のことよ!」

 二人の見つめる先にそびえる高層マンションにはサーバントが群がっていた。屋上のみならず壁に立ちながら皆 一糸(いつし)乱れぬ動きで踊っている。

「闇夜の体操マンションだな。中の住人は大丈夫なのか」

「わからないわ。大丈夫じゃなくても命の危険は少ないんじゃない? 今回のパニッカーは人命に危害を加えるタイプじゃなさそうだから」

「まあ、そうかもな。俺以外は殺そうとしてなかったし……。ところで、お前の仲間は神なんだろ。なら進言してここら辺の住人を避難とかさせられねえのか。そうすりゃもっと安心して戦える」

 和太郎は自らの腰を両手でつかみ、言った。みちびの表情が険しくなる。

「隔離空間ってのがあって避難はさせられるけど、あいつはやらないでしょうね」

「なんでだよ」

「神査マネーがかかるからよ」

「しんさまねー?」

「簡単に言えば神さまのお金ね!」

「お金? 金がかかるから人を危険にさらすってのかよ!」

 和太郎の語気が荒ぶった。

 みちびは一つため息を吐くと和太郎に向き直る。

「神にとっては人の命なんか関係ないわ。人は金づるの一つにすぎない。神査マネーが貯まるなら神は喜んで人を殺すでしょうね。減らしすぎず増やしすぎず」

「そんなのが神なのか」

「ええ。大神(おおかみ)がこの世を造り、下々の神たちがルールに沿()って管理しているのがあたしたちの世界よ!」

「ルールってなんだよ」

「神と人は対面してはならない、大神以外の神は神査マネーを集める、人に神力を使わなせない、人に神力の存在を隠す」

「一、二番目はわかったが、神力ってなんだ」

「簡単に言えば超能力を使うための力ね。魔法の源と言ってもいいかしら。あなたも使ってるでしょ。テブクだったかしら、彼が気と呼んでいるのがそれにあたるわね」

「テブク、お前 魔法使いだってよ」

「ワタシは気功武闘家ヨ。気は気、神力じゃないアル」

「こんなこと言ってるが……」

「それでいいんじゃない? 本質は変わらないし」

「ん? 人に神力を使わせないって言ったよな。俺は使ってるんだろ。この場合どうなるんだ」

「あんたはこの世界の人じゃないわ」

「え」

「テブクと融合した時点で異世界人と認識されて、この世界の人じゃなくなってる。ハンズカバー、えっとテブクの世界のことね、そこの場合は取りつかれた人間は異世界人として扱うらしいから」

「俺 異世界人扱いなのかよ! ちょっとショックだ。あれ。ハンズカバーの場合は? もしかして、異世界ってたくさんあんのか」

「あるわよ! あたしが知ってるだけでも両手じゃ数え切れないわね」

「そうなのか。あのパニッカーってのも異世界人ってことだな」

「違うみたいよ」

「違う、みたい?」

「パニッカーの存在は極秘事項らしくって大神以外は真相を知らないみたいなのよ。主流の説では、パニッカーは大神が用意した試練要員、ね」

「試練要員?」

「話すと長くなるわ! この話はここでおしまい! 他にも色々あるけど目の前の敵を倒してからでも遅くはないでしょ! まずはあいつをどうにかしないと!」

 風になびく髪を押さえつつみちびは言った。

 二人の前方にそびえ立つマンションは今も大勢の人影で(うごめ)いている。

 和太郎は腕組みをして黙りこんでいた。

「お待たせしましたー。ありましたよー、倒しかたー」

 ぽんと音が鳴り、コッタが現れた。

 コッタはみちびの耳元へ浮かびながら近づき、手を添えてから(ささや)くように語り出す。

「え、本当にそれで終わるの!」

 みちびの顔が引きつる。

「はいー、そのときのゴッドウォーリアはそうしたってありますー」

「くっ、やりたくない!」

 みちびが唇を噛んだ。

「なんだって?」

 和太郎が首を傾げる。

 みちびは首を数回振ると、大きくため息をついてから唇を開いた。


 敵をオーディオにしたのは、ラジオ体操をこの世界の一般人に踊らせたかったからです。

 人を操るという形で世の中を乱すパニッカーを用意したかったので、ラジオ体操を選びました。

 ラジオ体操って見方によると、放送の指示に人が操られてるように見えますよね?

 自分なりにはよい選択をしたと満足してます。


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