公園にて
街頭の灯る公道に添う形で公園がある。砂場・滑り台・水飲み場・ブランコがあり、幼稚園などが運動会を催しできるぐらいの広さの公園だ。
その広場には人が集まり、等間隔に並んでいる。
皆が向いている正面にはオーディオプレーヤーが一つだけ置かれていた。スピーカーを内蔵した小型のオーディオである。
「ラジオ体操第一」
ピアノ演奏がオーディオのスピーカーから飛び出してくる。
「腕を前から上に上げて大きく背伸びの運動から」
男性の声が流れると公園に集まっている人々はリズムの掛け声に合わせて腕を動かしていく。
「おいおい。夜にラジオ体操なんて近くで踊ってたのかよ」
和太郎は公園に足を踏み入れると目を丸めた。
「誰か助けてくれ。夜に体操なんてしたくない」
「やめられないの。第一と第二を何度も繰り返しちゃうの」
体操の動作を続ける人々から声が上がる。
和太郎は首を傾げた。そのとき、体操しながら公園に入ってきた人の手とぶつかる。
「踊りながら入ってくるやつもちょこちょこいるぞ。どうなってんだ」
「彼らは混乱獣の被害者ぽいネ。強制的に踊らされてるとみたヨ」
「ラジオ止めれば終わるんじゃね」
和太郎はオーディオプレーヤーが置かれている場所へ走り寄った。スイッチを押すと音楽が止まる。
「よし、これで」
ところが
「あたーらしーい夜が来たっ♪ きぼーのよーるーだ♪」
「再起動した! 歌詞がちょっと違うぞ」
和太郎はもう一度スイッチを押した。結果は同じだった。
和太郎は体操を踊る人々を眺める。
「異様な光景だな。不平不満を嘆きながらのラジオ体操とか、ぜんぜんフレッシュじゃねえ。どうすればいいのか」
「正気功を使えば助けられそうネ」
「正気功?」
「体内に流れる気を本来の流れに戻す技ヨ。丁度いい。やてみるカ」
「俺にもできるのか」
「やり方は簡単よ。頭と首のつなぎ目を後ろからチョップで叩けばいいヨ」
「それ急所だろ。危なくね?」
「素人がしたら危険アル。よい子はまねしちゃダメな技ヨ。ワタシがサポートするからこそ可能になる技ネ。とりあえず最前列正面の時代錯誤の長ラン不良から」
「てか、テブクお前、皆の前で俺と話して大丈夫なのか。約束あんだろ」
「混乱獣が現れたら話は別よ。どうせ記憶や意識は操作されるから問題ないアル」
「記憶や意識、操作?」
「これだけの団体行動が騒ぎにつながらないのもそれが関わてるんだけど、それは今は重要じゃないネ。正気功をやてみることが今の課題ヨ」
「わかったよ」
「その前に闘気装になるアル」
和太郎は闘気装の白色に包まれた。周囲からは失笑が漏れる。
「くそ。この姿 不愉快すぎる」
和太郎の顔が赤みを帯びた。
「気を取り直して、やるぞ」
和太郎は詰襟学ラン姿の男に歩み寄ると背中側に回る。手刀の形を作る。
オーディオプレーヤーから声が流れた。
「前後に曲げる運動です」
「難度が上がった!」
学ラン男が前屈みになる前の待ち時間に和太郎は襟をつかむ。前屈みの際に和太郎は学ラン男に引っ張られる形で体勢を崩した。
「止めらんねえ」
「貴様、なに気安く触っとんじゃボケェ!」
「お前を助けんだよ。ジッとしろっての」
「ねじる運動ー」
「痛て痛てっ、やめろ俺が横チョップ受けて……。クソ。次は腕と足の運動のはずだ。そこで勝負!」
和太郎は距離を置いた。腕と足の運動が始まる。
「ここだあ!」
和太郎のチョップが学ラン男の首にヒットした。
「おい」
「なにカ」
「倒れて動かなくなったんだが」
和太郎は学ラン男を見下ろしながら呟くように言った。倒れた学ラン男はぴくりとも動かない。
「あーあ、やっちゃったカ。ミスると死ぬアル」
「ッ! テメエ、リスクを説明してから実行させろよ。お、俺のせいじゃねえぞ」
「嘘だから安心するアル。気絶しただけヨ。起きたら元に戻てるから心配なシ。上々、上々、次行くネ」
和太郎の片眉がわずかに動く。無言で隣の中年男性の後方へ移動した。
しばらく公園の人々を気絶させる作業が続いた。
「おい、キリがないぞ。どんどん集まってくるし、大本を倒さねえと解決しないんじゃ」
「よくそれに気づいたネ。でも、無駄じゃないアル。正気功は混乱獣と戦う際にはいずれ必要になるし、使用する機会はよくあるからここで学んでもらおうと思たヨ。だけど、思いの外 早く体得できたみたいアル。では、倒しに行こカ。公園をまず出るヨ」
和太郎は公園の出入り口へ走り出した。
ラジオ体操なんて高校以来まともに踊ってません。
うろ覚えになっていたので改めて動画サイトで調べました。