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ひーろーっぽいの  作者: 武ナガト
30/31

決着 猿のパニッカー

三十分後。

 和太郎は公園に戻ってきていた。

「持ってきたぞ。深夜に持ち出すと怪しまれるから父さんには無断でだが……」

 和太郎はダンボール箱を地面に置く。

 猿は十字架に固定されたままだった。身動き一つせず、重力に身を任せるように体全体がぐったりしている。手足に絡まっている光の束が彼をその場に留めていた。

 和太郎はダンボール箱を開き、エアパッキンを抜きだす。透明な袋に包まれた原稿用紙が現れた。

 和太郎は袋から原稿を取り出すと、原稿用紙を一枚ずつ保護しているトレーシングペーパーを除いていく。

「この原稿、父さんが描いたんだよな」

 和太郎は一枚目と二枚目を改めて見直し、ぽつりと呟いた。原稿を見下ろしたまま和太郎の動きは止まっている。

 原稿用紙には水色の色鉛筆でSー61との英数字が書き込まれていた。女の子の顔とその英数字は色鉛筆で線によって結ばれており、その箇所はスクリーントーンで影として表現されている。他にも、ホワイトによる修正、写植によるフキダシへの文字、それらが原稿用紙の一部となっていた。

 和太郎は顔を上げた。十字架の前へ歩いて向かう。猿がぴくりと微動した。

「ぃ」

 猿の目が薄く開かれる。和太郎はエアパッキンを地面に広げるとその上に原稿用紙を置いた。

 猿は体を前へ運ぼうとする仕草を弱々しくも始めだす。だが、遂げられない。

「近くで見たいのかもな」

 言うと和太郎はコッタを見やった。

「磔を解いても大丈夫だとは思いますがー」

 コッタはみちびへ顔を向ける。みちびは未だに耳を塞ぎながら地面で縮こまっていた。

 和太郎はため息をこぼすとみちびへと歩み寄る。

「聖種、猿の拘束を解いてくれ」

 和太郎は立て膝でしゃがみ込むとみちびの肩を揺する。

「あたしは いやしい おんなです。さわらないでください。ばいきんがうつります」

「ばい菌……。なに言ってんだ。えーと、お前は清潔感がある! 安心しろ!」

「せいけつかん」

 みちびは顔を上げた。目に精気はなくトロンとしている。その目でみちびは破れている自分の衣装をしげしげと見始めた。

「せいけつかん、せいけつかん……。あああぁあああああああああああああああぁあぁああああああああぁぁ!」

 みちびは頭を地面へガシガシと叩きつけ始めた。

「お、おい、やめろって! 逆効果になったし! テブク、元はといえばお前がいじったからこうなったんだぞ!」

「こここまでへこむとハ……。ははは、面白いアル」

「お前……」

「あたしはてんさい、あたしはしんせつ、あたしは――」

「ああもう! 聖種! 頼むから十字架を消してくれ! この件が解決したらいくらでも褒めてやる。お前は凄えんだからそれぐらいできるだろ!」

 和太郎が叫ぶと、みちびの呟きが止まった。

 しばらくすると、十字架が光の泡と化し、消滅する。猿は解放されて地面に落下し、土埃が立った。

 落ちた猿は地面に倒れ伏していた。そして動き出す。猿はゆっくりとだが確実に、ときに休みながらもずりずりと腹ばいで原稿用紙との距離を縮めていく。

 猿はエアパッキンまでほふく前進で到達すると、正座になった。それから、両手をエアパッキンに載せて、頭を深々と下げる。

「土下座……?」

 和太郎の目が丸まった。

 猿は上体を起こし、原稿用紙を手に取った。両手にそれぞれ一枚ずつ握りながら読んでいく。時折 顔を用紙に近づけまじまじと見たかと思うと、両腕を伸ばして二枚を見比べていた。

 やがて、猿の目から大粒の涙がこぼれ出し、猿は一度 原稿用紙をエアパッキンに下ろした。腕で涙を拭う。だが、拭っても拭ってもぽろぽろとあふれてくる。

 猿は涙がやむとまた原稿用紙を手に取った。しかし、涙が目にたまるとまた原稿用紙をエアパッキンへ戻す。それらの行動が幾度となく繰り返された。

 そして、最後の一枚を読み終えると原稿用紙を一束にまとめ上げて、読み始めたときと同じ状態でエアパッキンへと返却した。猿は再び深々と平伏する。

 次の瞬間、猿から光の泡が立ち昇り始めた。一つ、また一つと浮き上がってくる。

「消えそうですねー」

 コッタが嬉しそうに言った。猿から放たれる光を受けながら、和太郎は返事をせず静かに猿を眺めている。

 やがて、猿は透けるように風景に溶け込んでいき消えた。土下座の姿勢を保ったままの最後であり、猿が完全に消え去ると、猿がいた場所には父の物とは別の漫画原稿用紙が出現した。地面へと落ちる。

「やりましたー。討伐完了ですー」

 コッタが宙で万歳を繰り返す。

 和太郎は新たに現れた原稿用紙の元へ歩いた。それを拾う。

「猿が描いてあるな。父さんの絵柄に似た女の子もたくさんいる」

 鉛筆書きで、キャラクターたちが原稿用紙にひしめいていた。

「それがパニッカーの素みたいですねー。落書きでしょうかー。なかなか上手いですねー」

「そうだな」

 和太郎は猿のイラストを見下ろしながらうなずく。猿は両手を頭の頂部に突き立て、お猿のポーズをとっていた。フキダシに〝ウキッ〟と書き込まれている。

「未散の所へ行かねえと」

 和太郎は顔を上げると、父の漫画原稿用紙を回収し、後片付けを開始した。

 コッタはバッグを持ちながらピンポン球のような光球に飛んでいき、指でちょんちょんと触った。光球は光を失い、それをバッグへ収納する。

「さてー、おいらはリセットの準備を始めなきゃですー。おそらく午前八時になると思いますー」

 コッタは言うと「それではー」と和太郎に手を振り、ポンと煙の中に消えた。

 和太郎はダンボール箱に全ての物品を収容すると、みちびへと歩み寄る。

「あたしはにんきもの、あたしはすぐれてる、あたしはさわやか、あたしは――」

 状態は改善していなかった。

「聖種、悪いが俺は妹が心配なんだ。様子を見てきたら戻ってくる。それから励ましてやるからよ」

 和太郎はダンボール箱を抱えて駆け足で入口へと走っていく。

 和太郎が去り、公園にはみちび以外誰もいなくなった。魔法少女の服装をした少女が一人取り残される形となり、公園の水銀灯の光をかすかに受けながら、彼女はぶつぶつと自分を鼓舞し続けていた。

 猿との一戦に決着がつく話。

 オーバーラップ文庫の下読みの人からは、猿の倒し方に意外性があったという評価をもらいました。

 意識してなかったんだけど、そういう受け取り方もあるのかと思いました。

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