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ひーろーっぽいの  作者: 武ナガト
27/31

倉庫にて

 倉庫は廊下へ出て正面の部屋にあった。

 書棚が複数整然と並んでおり、図書館のようでもある。ダンボール箱が壁際の一画に積み上げられて置かれている。空気は停滞していて、やや埃っぽい。

「すごい量の本だな。どのくらいあるんだ」

「正確に数えたことはない。七、八千くらいか」

 和太郎は目を瞠った。漫画本に限らず、ムック本・小説・専門書・新書・児童書といった様々な種類の本が並んでいる。一部の棚にはブルーレイ・DVD・VHSも保管してあった。アダルト関連のものもある。

 父は部屋の隅へ歩くと、脚立を担いできた。一つの書棚の前へ脚立を置き、指を上げる。

「上に並んでいる雑誌がそうだ。必要になったら昇って取れ。読み終えたらきちんと元に戻せよ。俺はまだ仕事がある。なにかあったら呼べ」

 父は倉庫の出口へと足を動かした。和太郎に背中を見せたまま歩いていく。

「あの棚にはなにが入ってるんだ」

 和太郎は部屋の隅に設置してある棚を指さした。そこには暗色系の他の書棚と違い 金色の棚があった。引き出しがあり、高さは和太郎の目線ほどである。父が振り返る。

「ああ、あれか。今まで描いた漫画原稿用紙が保管してある」

 和太郎は金色の棚の近くへと足を運んだ。

「ん?」

 和太郎の視線が棚の横に置いてあるダンボール箱に下りる。ダンボール箱の中には手紙がずっしりと収まっていた。

「これはなんだ? 手紙か?」

「ああ、それか。ファンレターだ。励みになる」

 父は笑っていた。

 和太郎はそのうちの一枚を拾い上げる。便せんに手書きの文字が並んでいた。

「三回お世話になったとか書いてあんぞ」

 和太郎が身じろぎして叫んだ。父が歩き寄ってくる。

「褒め言葉だな。ファンレターにはこれからの要望・批判・イラスト・感想・色々と書かれていてどれもありがたいが、俺はその手の言葉が一番嬉しい」

 父は片膝立ての姿勢になり、一枚手にとっては置き また一枚手にとっては置くという動作を繰り返した。

「父さんはどうしてエロ漫画家でいるんだ」

 和太郎はしゃがみ、握っていた手紙をダンボール箱へ戻す。父は拾い上げをやめた。

「好きだからだ」

「そうか」

 和太郎は父から目を背けた。

 すると、父が和太郎の頭に手を置いた。わしゃわしゃと髪をかき乱す。

「やめろって」

 和太郎は父の手を払い除けた。父はにこやかに微笑む。一方、和太郎はしかめっ面で睨んでいた。だが、渋面は和らぎ口が開く。

「父さん」

「なんだ」

「なぜ近親相姦を描かなくなった」

 二人の間に沈黙が訪れた。父と子は見つめあって動かない。国道を走る車の走行音が部屋に響く。

「どこで知った?」

「どこで知ったかはどうでもいい。教えてくれ」

 父は目をそらし、ため息をこぼした。それから、和太郎を再度見やると、眼鏡をくいと上げた。

「描く気が失せた。それだけだ」

 父は膝に手をのせ、立ち上がる。

「俺と未散がいじめられたからか」

 立て膝をやめ、和太郎も立ち上がった。

 父は語らなかった。そのまま立ち去ろうする。和太郎は父の前に回り込む。

「答えてくれ」

「そうだと言ったらお前は信じるか」

 父は無表情だった。

「それは……」

 和太郎は息を呑む。父の顔から視線がずれた。

「お前にとっての父親はどういう人間だ。俺は先ほどの件に関してお前に打ち明ける気はない。勝手に想像しろ」

 立ちふさがる和太郎を避けて父はすたすたと出口へ歩いていく。

 和太郎は父を顧みた。

「父さん、最後にこれだけ教えてくれ」

 父は書棚の物陰に消える寸前で立ち止まった。

「俺と仕事 どちらかを選ぶならどっちを選択する」

父は和太郎に体を向ける。

「仕事だ」

 はっきりと通る声だった。告げると父はまた歩き始め、書棚の物陰に去っていく。

 ドアの開閉音が倉庫に響いた。和太郎は書棚に囲まれながら、一人 立ち尽くしていた。



 五分後。

 倉庫の床に和太郎はあぐらをかいていた。漫画に手はつけておらず、彼の横にはエロ漫画が八冊積んである。

「和太郎、早くしないと時間は迫てるヨ」

「わかってる。未散のためにも読まなきゃな」

 和太郎は下唇を噛んだ。漫画に手は伸びない。

「読みたくない自分がいる」

 和太郎は頭を振った。それから天井を見上げた。

「父さんが近親相姦を描かなくなったってロビンに聞かされたとき、正直 俺は嬉しかったんだ。父さんがエロ漫画をやめたわけじゃないのに、それを描かなくなったってだけでさ」

 和太郎は体を傾かせ、書棚に背を預けた。

「俺たちのことを父さんは好きでいてくれる。そう思えて喜んだ。今までだって大切に育ててもらってる。でも、疑ってる部分もあったから安心できた。そんな感じで嬉しかったんだ」

「そうカ」

「ああ。俺は父さんが好きなんだと思う。少なくとも好きになりたいんだと思う。どこが好きとかそんなとこまではわかんねえ。でもこの感情は確かにある」

「エロ漫画を選ぶと言われてもカ」

 和太郎は隣の漫画本を見下ろした。一番上の表紙にはお尻をこちらへ突き出している女性が描かれている。

「それでも好きだと思う。父さんは答えなかったけど、きっと俺たちのために父さんは近親相姦を描けなくなったとも思える。だけど、同時にそれを信じ切れない自分もいた。結局、俺は最後の質問で父さんからお前を選ぶと言われても鵜呑みにできない人間になっちまってるんだよ」

和太郎は肩を落とし、薄く笑った。それから、漫画本を一冊だけ手に取り、表紙と裏表紙を交互に見る。

「俺はこいつが嫌いだ。俺をこんな人間にした元凶。俺の嫌な過去を形作ったこいつが憎い」

和太郎はエロ漫画を床に置くと自らの頬をパシパシと叩いた。それから大きく息を吐く。

「でも、俺はこれからエロ漫画を読まなきゃならない。いいなと思えるシーンや絵があったらそこを記憶する。父さんの仕事の良さを認めてやる。だけど、これは未散のためだ。猿を興奮させるためだ。そして誓う。ぜってえ抜かねえ。俺自身は父さんの仕事を認めねえ」

 和太郎は漫画を拾い上げた。

「負けねえかんな」

 和太郎の眉が吊り上がった。表紙をめくる。

 やがて、紙がすれる音が倉庫に小さく響き始めた。

 父から改めて拒絶されて和太郎が自分の気持ちを確認する話。

 しんみりした雰囲気を感じてもらえれば目的は達成できてます。うまくいっただろうか。

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