兄妹の危機
ピンク色のレースカーテンが垂れ下がっている空間、そこに和太郎と母が現れた。
二人の目線の先、円形のベッド上では未散が胸に手を当てながら息を荒げている。
「未散ちゃん、和太くんを連れてきたわよ」
母はベッドの上に腰かけ、未散の髪をかき上げた。未散はヒューヒューと抜けるような呼吸を弾ませながら、仰向けに寝ている。
「……お母さん」
未散は寝ながら、母を見上げた。未散の瞳は赤と黒を交互に灯していた。
「キキッ」
猿がX脚の椅子から飛び跳ねて和太郎の肩に載った。和太郎の瞳は紅い。和太郎は全裸になった。
「……兄貴……なんで裸なの……」
未散は生気の乏しい目で和太郎を眺めていた。
「未散ちゃん、これから和太くんが未散ちゃんを治してくれるのよ」
「……兄貴が……? どうやって?」
未散は軽く咳き込む。
母は薄く笑みを浮かべると、未散の耳へ唇を寄せて ささやきかけた。
未散の目が大きく開いていく。
「……いや……。いやだ」
弱々しい首の振り。顔色は青ざめ、瞳の黒が強くなった。
「聞き分けのない子は嫌われますよ。昔はお兄ちゃんと結婚すると駄々をこねてたのに」
母はベッドに昇り、未散の体を抱き起こす。自らの体に寄せて、頬を優しく撫でた。
未散は母の胸元で首を振り続ける。
「絶対……いやだ」
「あらあら、反抗期は大変ね。髪型の影響かしら。ポニーテールなじゃじゃ馬さん」
そう言うと、未散の一つ結びに母は指を這わせた。束ねていたシュシュとヘアゴムが解け、未散の髪が下りた。
シュシュとヘアゴムは宙にふわりと浮き上がる。それらは漂いながら、二つに分裂した。
「お兄ちゃんっ子だった頃の未散ちゃん、昔はツインテールだったわね」
母が未散を体から離すと、ヘアゴムとシュシュは未散の側頭部の近辺で宙に浮かびながら佇んだ。未散の髪が独りでに結い上がっていく。
「あ……あ……」
未散の口は半開きになり、目の色が変わっていく。
「……いやだ……兄貴……とは……」
「兄貴だなんて粗暴な呼び方は許しませんよ。きちんとお兄ちゃんって呼ばなきゃ」
「あに……き……とは……」
「お兄ちゃん」
「あに」
「お兄ちゃん」
「おに……い」
「そうそう」
「おにい」
「その調子よ、未散ちゃん」
「おにい、おにい」
未散は弱々しく か細い声でその呼び名を繰り返した。ちゃん付けされることはなかった。
「あら、おにいで止まっちゃったわね。でも、これはこれで可愛いかしら。うふふ」
母はもう一度 未散を抱き寄せる。
未散の黒髪はシュシュが二つ飾られ、ツインテールに結われていた。口呼吸を続ける未散は母に身を任せるように体を寄せている。
「汗をかいてるわね。治療の前に綺麗になりましょうか」
母が猿を見やる。
「キキィ」
猿は和太郎の肩から飛び降りて、テーブルによじ登った。テーブルにはプラスチック製の青いバケツとタオルが置かれてあった。バケツには温水がたまっている。
猿が手足を広げて小躍りを始めると、和太郎がテーブルへ歩み寄り、バケツをベッドの近くへと運んだ。
和太郎がバケツの温水にタオルを浸す。すると、白い無地のタオルは質感が変化し、綿のような柔らかい膨らみを得た。指が埋もれ、それは石けんの泡のようにふわふわしている。
和太郎は母に柔らかいそれを手渡した。母は袖をまくると、自らの腕に当てる。
「くすぐったさと心地よさを引きだしてくれる良い肌触りね。官能を高めてくれるわ」
母は和太郎にタオルを返した。和太郎はタオルをバケツの温水に浸けてしぼる。しぼってもタオルから温水が垂れ落ちることはなかった。ソフトな質感も損なわれることはない。
「和太くん、未散ちゃんの肌を拭ってあげて。まずは肩かしら」
母は未散を抱き上げると、ベッドの横端へと移動させる。未散はベッドに座り、床に足を下ろす形になった。
母は未散のパジャマのボタンを全て外す。上着が脱げ、白と黒の縞模様のブラジャーが肌とともに露わになった。
和太郎はベッドに昇り、未散の背中に回った。
「ブラを外してあげてね」
和太郎はブラジャー後部のホックへ手を伸ばす。
ところが、ブラジャーに指が触れる寸前で手の流れが止まった。指が明らかに震えている。
未散の体も和太郎の指から逃れるように少しずつ前傾姿勢となっていく。
母の目が狭まった。
「和太くん、どうして外さないの? 未散ちゃんも逃げちゃダメよ。和太くんを呼んであげて」
未散の口がもごもごと動く。口は開かない。
「しょうがない子たちね。ちょっとだけ助けてあげる」
母は和太郎の指をブラのホックへと導いた。和太郎の指が動き、ホックが解かれる。
「おにい」
未散の声が生まれた。
次に和太郎の指はブラジャーのストラップにかかる。肩から滑り落とした。
「い……たい」
和太郎の唇が動く。
「いた……い。……い……たい」
紅い瞳のまま、和太郎は唇を噛みしめ始めた。唇には血がにじみ、それでもぎりぎりと歯を立て続ける。
和太郎はタオルを手に取り、未散の肩に当てた。
「ぁ」
未散の口から熱い吐息とともに喘ぎがこぼれる。
和太郎は未散の肩の汗をタオルでぬぐい去り、背中にタオルを移動させていった。
「ぅ、うぅ……、いぁ……、あっ、あっ」
未散の顔に甘苦両方の色が交互に現れる。未散が腕を上げて腋を開くと和太郎の手が伸びてきて、タオルで汗を拭き取った。次は腕をタオルでこすっていく。
母の指が未散の縞柄ショーツに触れた。未散の腰が浮き、母がショーツを引き下げるのを助ける形になった。
「和太くん、前も拭いてあげて」
和太郎は未散の小ぶりな胸にタオルを這わせていく。
「うぉえ」
未散が口を手で塞いだ。首を前へ突き出し、嘔吐きに耐えている。
「未散ちゃん、素直に受け入れないから、吐きたくなるのよ?」
未散が口を手で覆いながら首肯した。しかし、タオルが肌を渡るたびに嘔吐きは続いている。
母は首を横に振り、ため息を一つ漏らした。
「一度、男女の仲になった方がいいのかもしれないわね。そうすればこの時間は悦びに満ちあふれたものになるはず。和太くん、バケツをあちらへ」
和太郎は作業を中断した。ベッドから下りて、タオルをバケツに入れると、テーブルへと歩いていく。
和太郎の後ろ姿を母の目が捉えた。和太郎の背中には縫い傷があり、それは体とともに揺れていた。
「あの傷」
母は目を細めるとほくそ笑む。未散の耳元に口を寄せた。
「未散ちゃん、あの傷 覚えてるわね」
未散は一つうなずいた。
「お兄ちゃんのこと大好きよね」
未散はもう一度 首を縦に振る。
「和太くん、こっちへ来て」
和太郎が未散と母の前にやってきた。
「背中をこちらへ向けて腰を落としてちょうだい」
和太郎は二人に背を見せるとしゃがみ込む。
「未散ちゃん、お兄ちゃんの傷にキスしてあげて。そうすればきっと愛しさが込み上げてくるはずよ」
母は未散の背中に手を回して支えになりながら、未散をベッドの外へと導いた。
未散は和太郎の背を前にして両膝を床に落とす。
「さあ」
母のささやき。
和太郎の背筋が伸ばされ、未散の唇が和太郎の古傷へと迫っていく。未散はそのまま口づけをした。和太郎の肩甲骨周辺に斜めについている古傷にキスをした。
未散の唇が和太郎の肌から離れる。
すると、和太郎の傷口がかすかに光を帯びだした。
「え?」
母の目が丸まる。和太郎の体がびくびくと痙攣し始めた。
「あっ、ぐあ」
和太郎の体が反り、全身に血管が浮き出てくる。
「ぐああぁああぁっぁぁあぁっぁあぁっぁぁああああぁああぁぁぁ!」
次の瞬間、和太郎の傷から猛烈な閃光がほとばしった。その閃光は周囲を照らし続け、光の中へと溶け込ませていく。
やがて、絶叫が終わり、放たれていた輝きは失われていった。それぞれの造形が明確化していく。和太郎はカーペットが敷かれた床に倒れ伏していた。
「今のは……?」
母は目を覆っていた腕を下げると、和太郎を見下ろす。
うつぶせだった和太郎が勢いよく飛び起きた。
「傷にキスしたカ! 正気功が働いたアル!」
和太郎は闘気装の姿になった。
「和太くん?」
「残念でしタ。テブク参上ネ。まさかワタシのみならず和太郎の意識も閉じ込める力だたとハ……。ハハハ、和太郎め、よほど未散とセックスするのが嫌だたのネ。唇が痛い痛い」
テブクは破れている唇に指を這わせた。
テブクは母へ一瞬で詰め寄ると、首筋に正気功を叩き入れる。母はうめき声を上げてベッドからカーペットの上へ崩れた。カーペットでアヒル座りをしていた未散にもテブクは正気功を打ち込む。
「ん? 未散には手応えがなイ」
「ウキキキキ!」
今までテーブルの上で静観していた猿が顔を左右に振って落ち着きのない挙動をとり始める。
「キィ! キキキッ!」
桃色のレースカーテンの一部に紫色の渦が生じた。その渦は直径一メートルほどの大きさで、バチバチと時折 電流が走っている。
猿は広がった紫色の渦に飛び込んだ。
「あ、逃げたアル」
テブクはレースカーテンに生じている渦へ駆け寄った。しかし、踵を返し、未散と母の元へ戻ってくる。
「どこへ通じてるかはわからないけど、連れていくべきネ」
テブクは倒れている二人を両肩に担ぎ上げると渦へ走った。そして渦へと飛び込み、レースカーテンが垂れ下がっている空間には誰もいなくなった。
ディスプレイの外、診察室でみちびは鞭を手に携えていた。握っている鞭は以前に使用していた物に比べて全長が短く、叩く部分の穂が複数本に枝分かれしている。
診察室にはみちびとコッタ以外にドクター初浄がおり、彼は部屋の隅で壁に寄りかかりながらぐったりとしていた。
診察室の天井部分は穴が開いていた。穴には水のように揺らめく空間の歪みがあり、そこからは夜空が覗いている。
「ディスプレイを破壊してくださいよー。ヤッタヌキ様の命令ですー。パニッカーが出てきちゃいますってー」
ふわふわと浮いているコッタがみちびの耳元で言った。
「嫌よ! 絶対に壊さない!」
みちびの表情に険しさが増す。
「壊せばここで終わらせられるかもしれないのにー」
「なにか出て来たわ!」
ディスプレイから野球ボールほどの光球が四つ飛び出した。それらの光球は宙で蛇行し、やがて床に着地する。
「キキィ!」
光球は猿の姿になった。他の光球もテブク・未散・母に変じる。
みちびは猿へ向けて鞭を振るった。鞭の穂が伸び、猿に横から迫る。
「キィ!」
猿は上へジャンプした。そのまま天井の穴へ消えていく。
「ああー、逃げられましたー。追わなきゃですー」
コッタが天井の穴を見上げた。
「追うわよ!」
みちびは穴の真下へ走り、跳躍。みちびが穴に消えると、テブクの体がぴくりと動く。
「前例もなかったからこれからまた暗中模索ですよー。壊してみればよかったのにー」
コッタもみちびの後に続いて穴に消えた。
二人が診察室から去ると、テブクの上体がゆっくりと起き上がる。彼は頭に手を当てて首を振っていた。
「外に出られたカ」
テブクは周囲を見回す。それから視線が下がり、隣で仰向けに倒れている未散に注がれる。
未散の顔は赤く、息は荒かった。
「この娘はさきの正気功でなぜ改善しなかタ。もう一度 入れてみようかネ」
テブクは未散の上半身を立たせると、首へ後ろから手刀を振り下ろした。未散の呼吸の乱れは収まらない。
「髪を縛ってるモコモコのせいだろうカ」
テブクは未散の髪を束ねているシュシュに手を伸ばした。しかし、手は途中で止まり、指がシュシュに触れられることなく寸前にて震えている。
「つかめなイ。これが原因ぽいネ。少し荒療治でいくアル」
テブクは右手の指を折り曲げて かぎ爪の形を作ると、それを未散のシュシュへと近づけた。
「あ、ぐがっ」
未散の表情が変わった。大口を開け、白目をむき、引きつけを起こし始めた。
「これ以上はちょと危険すぎル。救うには猿を倒すしかないカ」
テブクは手を離す。それからベッドへ歩くと白いシーツを引き抜き、裸の未散へかぶせた。そして、未散を抱きかかえるとベッドに寝かせる。
「さて、ここからは時間との戦いネ。ファイティング宇宙拳を色々と試すか、それとも和太郎にエロ漫画を読ませて性欲興奮拳に賭けるかの二択になル。大切な選択ヨ。これは和太郎に選ばせるべきネ」
テブクはベッドを背もたれにして床に座りこんだ。目を閉じる。
「あれ? ここは……」
「和太郎」
「テブクか、どうなった!」
テブクはここまでの経緯を説明した。
「お前でも、相手の気を防げなかったのか」
「すまないネ」
「いや、失敗の可能性は説明してもらってたし、納得できる。結果的には未散たちを外へ連れだしてくれた。感謝してるよ」
「で、どうするアル?」
和太郎は立ち上がり、ベッドに仰向けになっている未散を見下ろした。
「未散を救うためには……」
和太郎は目を閉じてため息をついた。キッと目が開く。
「俺、エロ漫画読むわ」
言いよどみのない言葉だった。はっきりと響く、強い語調の言葉。
「それが、現在一番成功しそうな方法ネ」
「一番いいのは聖種が倒してくれることなんだが……」
「それは期待できなさそうヨ。先ほど前例はなかたとか聞こえたから聖種も苦戦して時間がかかると思うアル」
「そうか。前例あればよかったのにな」
和太郎は首を振ってから天井の穴の下へ歩く。
「時間は限られてる。行くか」
「どこへ行くアル」
「決まってる。父さんの所だ」
和太郎は星々が煌めく穴に飛びたち、診察室を後にした。
和太郎と未散が嫌っている事態に陥る精神的なクライマックスです。
生まれる子供に悪影響がでないという条件があれば、近親相姦はありなんでしょうね。
実際にはそうじゃないから問題視されるのでしょう。




