被害1
「ウキ」
なだらかな傾斜の下り坂を猿は駆け下りていた。片道一車線の公道、そこに添う形で歩道があり、その歩道を四つ足で走り下りていく。尻尾は拳銃をつかみながら揺れていた。
前方の横道から三人の学生が現れた。男二人に女一人だ。男は詰襟、女はセーラー服を着用している。
「どうしても真顔って作りにくいんっすよ」
身長が低い方の男子が髪をかきつつぼやくように言った。表情は笑みが混じっている。
「弁論でへらへらしちゃまずい。訓練するしかない」
身長が高い方の男子は身長が低い男子を見下ろしつつ語りかけた。
「そうそう。和田くんは顔立ちは整ってるんだから、へらへら顔をどうにかすれば様になるって」
癖毛の女子は身長が低い男子を覗きこむように見るとにんまり笑う。
「そうっすかね」
身長が低い男子は相づちを打った。それから、もう一人の男子を見上げた。
「先輩はいいっすね。強面だから引き締まって見えますもん」
「よくはない。逆にそれ以外が出来ないのが悩みだ。この前 弟を保育園に迎えに行ったら、園児に泣かれた」
「そうなんすか。なら、表情のコツを伝授しあいましょうよ。先輩は真顔を俺は笑顔を教えるってのはどうっすか」
「教えあう? 果たしてできるだろうか。だが、やってみよう」
「へえ、ちょっと面白そう!」
三人は足を止めた。男子二人が向かいあう。
「じゃあ、まずは真顔を教えて欲しいっす」
「いいだろう。しかし、いつも自然にしていることだから教えるとなると難しい」
身長が高い男子は眉根を寄せて首を傾げた。
猿が駆け寄ってきた。三人が気づくそぶりはない。猿は立ち止まると、拳銃を尻尾から手に運んだ。猿は拳銃のボタンをかちゃかちゃといじりだす。
「真顔か……。そうだな。試しにお前の妹について考えてみたらどうだ。妹が難病に冒され、治療費として高額なお金が必要になった。お前は援助を募るために皆に嘆願しなければならない」
「なるほどっす。考えてみるっす」
身長が低い男子は目をつむり、軽く息を整えた。
「ウキ」
猿は身長が低い男子に拳銃を向ける。引き金を引いた。
「どうっすか? 俺の顔」
身長が低い男子は二人に尋ねた。
「お前、本当に想像したのか?」
「ひどい。和田くん、その顔はないよ」
背が高い男子は睨みつけ、癖毛の女子は身を引いてあっけにとられている。
「これってあれだよね。アヘ顔ってやつ」
癖毛の女子はにやつき始める。
「え?」
背が低い男子は自分の顔をぺたぺたと触った。彼の目は上向いていた。白目が大部分を占め、口は小さく開かれ舌が飛びだしている。
「自分で見てみなよ」
女子はコンパクトミラーをポケットから取りだすと、背が低い男子に手渡した。
「俺、こんな顔さらしてんすか!」
背が低い男子は一歩後ずさる。
「え、見えるの? 目は上向いてるのに?」
「ホントっすね。なぜかわかるっす!」
背が低い男子は学生鞄を地面へ落とすと、手で顔に触れて肌を伸ばしたり寄せたりした。
「お前、いつまでその顔を続けるつもりだ」
背が高い男子の片方の眉が上がる。
「え、いや……」
背が低い男子は言いよどむ。
「ああ、なるほど! 和田くんは大山くんを笑わせようとしてくれてるんだよ」
女子は頷きを繰り返した。隣に立つ背が高い男子を見やる。
「大山くん、誠意に応えないと!」
「そうか。納得した。和田はユーモアがある。俺には足りない一面だ。俺も笑顔を作ってみよう」
身長が高い男子は学生鞄を地面へ置いた。両手を軽く広げて深呼吸を繰り返す。そして、顔を両手で隠した。
身長が高い男子は閉じていた手を開く。
「どうだ」
「ぷっ!」
明かされた顔を見て、二人は失笑した。
「あははははは」
大爆笑がつんざいた。
「先輩のアヘ顔! すげえっす」
「きもーい。だめ! おなかがよじれる!」
背が低い男子はアヘ顔のまま太ももをバシバシ叩き、癖毛の女子はおなかを抱えて大笑いした。
「アヘ顔? そんな馬鹿な」
身長が高い男子は差し出されたコンパクトミラーを借りて、覗きこんだ。
「なんてことだ」
身長が高い男子は首を横に振った。
「あん」
突如 癖毛の女子が体をひくつかせ、声を上げた。瞳が紅く染まっていく。
同時に男子二人の瞳も同色に変化した。
「二人のアヘ顔 素敵……。来て……、私にもちょうだい」
癖毛の女子はアスファルトの地面に腰を落とす。足をくの字にそろえながら男子二人へ流し目を送った。スカートをちらちらとめくる。
二人の男子は左右から女子を挟み込み、首筋に鼻を寄せて匂いをかき始めた。
「そんなに嗅いじゃだめ。アヘ顔 移る。移っちゃう。感染しちゃう! くる、くるっ!」
女子の顔はだらしなく変容した。男子二人を自らの体に押しつけさせつつ、桃色に上気していく。
「真顔も笑顔もいらない。アヘ顔があればいいのお!」
癖毛の女子はアスファルトに男子二人を抱き寄せながら寝転んだ。
「待てや、こらあ!」
和太郎の声が上空から飛んできた。
「キィ」
猿は夕空と三人の学生を交互に見返すと、四つ足で走り去っていく。
和太郎が上空から着地した。
「ん?」
膝を曲げた着地姿勢のまま、和太郎の目が見開かれた。
アスファルトの上でセーラー服の女子が男二人に全身をまさぐられている。和太郎の目は女子の顔に釘付けになる。
「これがアヘ顔ってやつか! リアルだと引くな」
男子学生二人が振り返り、和太郎と顔が向きあった。
「男もかよ! どん引きだ!」
白目をむいている男子二人の表情に和太郎は顔色を曇らせる。それから、二人に飛びこみ、それぞれの首に手刀を振り下ろした。男子二人は女子の体に倒れこみ、動かなくなる。
和太郎に女子の顔が向いた。
「次はあなたがアヘ顔になってくれるの?」
女子は男子二人を払い除け、よろよろと立ち上がる。
「ふざけんな」
和太郎は、飛びかかってきた女子の背後に回り込み、首の付け根に正気功を叩き入れた。
「アヘぇ」
女子は奇声を上げて、地面に崩れ落ちる。
決着がつくと、和太郎は倒れている三人全員を見渡せる位置に移動した。それからしばらく佇む。
「和太郎、どうしたヨ」
「いや、ちゃんと元に戻ったのかなって、メイドは正気功入れてもダメだったことがあるだろ」
和太郎は倒れている三人を睨んでいた。
「確かにネ。でも、妖しい気は彼らからはほぼ消えたアル。残りかすはあるけど、もう大丈夫だと思うヨ。推測だけど、あのときはカチューシャが原因で効きにくかたたのと違うカ」
「そうかもな。ま、大丈夫ならそれでいい。それよっかやべえぞ。早く猿を退治しねえと変人が増えるじゃねえか」
「大いにあり得るネ」
「急がねえと」
和太郎は呟くと、猿が下っていった坂道を跳躍で下り始めた。
猿が悪さをする話。
ラノベで書いていいのだろうか。配慮しつつも書いてみた話。
完全にアウトと判断しなければ書く、と意識してました。




