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ひーろーっぽいの  作者: 武ナガト
15/31

決着 メイド戦

 三十分後……。

「ようやく、猿とあと一人か……」

 倒れているロビンに背を向けながら和太郎は二メートル級メイドと対峙していた。戦場である応接間には裸の女性たちがばらけながら、時に重なりながら寝転がっている。

「猿は逃げ回るし、メイドたちは妙に強ぇし、やっとって感じだ」

「和太郎にしては頑張たネ。特にメイド長には容赦なかたのが笑えたアル。落下を利用した、脳天への踵落としは痛快だたヨ」

 テブクは「シシシ」と皮肉っぽく笑うような声を上げた。

「うるせえ! それよりも、このでかい人を倒したら、ロビンとリリィさんを介抱しねえと」

「その件だけどネ」

 言葉の途中で二メートル級メイドが飛び込んできた。

 拳打の応酬が始まった。和太郎は拳を放ちながらも上下左右に身体を揺らしつつフットワークにて避け続け、二メートル級メイドはガードよりも攻撃を優先するファイトスタイルで繰り広げられた。

 和太郎の肉体は時に二メートル級メイドの一撃を受け、ゴンっと重たい音を響かせる。それでも追撃を許さず、次の一撃は確実にさばいていった。

 一方の二メートル級メイドは和太郎のジャブの応酬には反応せず、強力なストレート系の一撃のみを避わしていた。

 やがて、決着の時がきた。拳打により二メートル級メイドの体勢が崩れると、和太郎は二メートル級メイドの背部に身体を滑り込ませる。片側の背がお互いに向き合っているなか二メートル級メイドのふくらはぎに踵を入れ、彼女の上体を垂直に落とさせた。そして、自分の身を旋回させると下りてきた二メートル級メイドの頭部を上から手で押し込み、床へ叩きつけたのである。

 和太郎は捉えたカチューシャをそのまま砕く。カチューシャはバキッと破砕音を鳴らして光の粒子となった。同じく二メートル級メイドの筋肉質の肢体も露わになる。

「ふう……」

 和太郎は一息ついた。それから、部屋の隅で和太郎を眺めている猿を睨みながら、リリィの元へ駆け寄る。

 リリィは痙攣が治まり、目を閉じて仰向けに倒れていた。黒いメイド服はいまだ着用している。

「この娘から嫌な気が漂てるヨ」

 テブクの声はくぐもっていた。

「メイド服が原因だろうな」

 和太郎は立て膝になり、カチューシャへと手を伸ばす。

「……ぅうん」

 リリィのまぶたがうっすらと開いた。リリィと和太郎の瞳が出会う。紅と黒の瞳が遭遇する。

「ぐっ!」

 和太郎の表情が歪み、伸ばしていた手が自分のこめかみに当てられる。

「こんにちは。滝様」

 リリィが上体を起こした。紅い瞳が煌々と輝いている。

「ご機嫌いかがでしょうか。性処理はできておられますか」

 和太郎は重心を後方へ移し、飛び退こうとした。それをリリィが阻む。リリィは和太郎に飛びかかり、絨毯に押し倒した。

「滝様、いえ、和太郎様、私の新たなご主人様……。お慕いしております」

 リリィは和太郎の腹部に頬をすりつけた。

「え? なっ! あんたの主人はロビンだろ!」

「あの方は元主人でございます。今後は和太郎様の専属メイドとして生涯お仕え致します」

「ちょっ、待て! どうなってんだ!」

 和太郎の声は裏返っている。

「愛しております。私の肉体を味わって頂きたく思います」

「と、とにかくカチューシャぶっ壊せばいいはず。他のやつらもそれでいけた」

 和太郎はリリィのカチューシャへ手を走らせた。

 それに対して、伸びてきた和太郎の手をリリィはパシリとつかむ。そして、つかんだまま体勢を変え、和太郎の腹にまたがった。

 和太郎の顔はスカートの影で覆われる。上がっているスカートは内部をありありと和太郎に見せつける形で手招きするように波打っていた。

「和太郎様、裸におなり頂けますか。ご奉仕致します」

「やらなくていいから!」

 ひらついているスカートが舞い降りて、二人の顔が再会する。

 リリィの眼光が増した。

「痛ッ!」

 和太郎は残った手で額を押さえる。

「どうなってんだ。力も出ねえ」

 和太郎は身体を起こそうとするが、頭だけ上がって胴体がついてこない。

「この女、さきから気を送り込んできてるアル。どうにか処理できてるけど、苦戦中ヨ。まさかこれほどとハ……。けこうな手練れネ」

 テブクから舌打ちのような音が聞こえた。

「先ほどから聞こえるその声はなんでしょう。和太郎様とはどのような関係ですか」

「アナタに教える必要はないネ」

 テブクの語気は荒かった。リリィは目を細める。

「取り憑いている、または生じたといったところでしょうか。どちらにせよ、邪魔ですね。和太郎様と私の間にあなたは必要ない。あなたのせいで和太郎様は私の魅力に溺れてくださらない。解放して差し上げねばなりません」

 リリィは「和太郎様以外に見られるのは(しやく)に障りますが……」と口ずさみ、空いている手で桃色のブラジャーを覆った。手と腕で両胸を隠すような構えになる。

 手と腕で押しつけているブラジャーが淡桃色に発光した。それは拡散し、生地を消した。肌の色が表へ出る。

 リリィは隠している手を離した。

「和太郎、目を閉じるアル」

 和太郎は目を閉じる。

「抵抗なさるのですね。下半身はこんなに膨らんでいらっしゃるのに……」

 リリィはもっこりん戦闘仕様を指でなぞった。

「もっこりん戦闘仕様は絶対に破らせないから安心するヨ」

「それ、俺を安心させるための言葉じゃねえだろ。んなこと報告せずに俺の身体をどうにかしてくれ。マジで動けねえんだ」

「動けなくても大丈夫ですよ。身をゆだねてください」

 リリィは和太郎の両手に自分の両手を重ねた。がっしりと組み合わせ、五指を絡ませあう。

「恋人つなぎ、やってみたかったのです。嬉しい!」

 リリィは和太郎の指を味わうようにこすり合わせる。人差し指だけを揺すったり、五指を波のように打たせたり、指の間で震わせたりする。

「さあ、目をお開けください」

 リリィの瞳がまた紅く光った。指からはピンクの光が立ち昇る。

 和太郎のまぶたがひくつき始めた。

「まぶた 起っき、がんばれがんばれ」

 リリィは猫なで声で歌い始める。

「ごほうびあるぞ、がんばれがんばれ」

「男が廃るぞ、がんばれがんばれ」

「愛しあえるぞ、がんばれがんばれ」

 微笑みながら恋人つなぎの手を上下させつつリズムを刻む。

「ぐっ、ぐぬぬぬ」

 和太郎は歯を食いしばる。まぶたの痙攣は激しさを増していた。

 だが、開いてしまう。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 リリィの瞳が眼前にあった。顔は鼻と鼻が触れあう直前の距離。瞳の紅が花開いた。

「ぐぉう」

 和太郎は顎を上げて痙攣を起こす。

 リリィは震える和太郎の肌に唇をあて、顔にキスしていく。

 和太郎の震えが止まった。半目の状態でリリィを見つめる。

「やりました。ついに、ついに!」

 リリィは恋人つなぎのまま、和太郎の手を自らの腰に導く。和太郎がリリィの腰をつかんだ。そして、メイド服から飛び出ている胸に和太郎の目が合う。

「……きれいだ」

 和太郎の口が開いた。リリィは頬に両手をあてて嬉しそうに顔を揺らす。

「和太郎! 和太郎! あちゃあ。呑まれちゃたネ。この女、気の使い方が罠張りまくりで質が悪いアル。性格悪いんじゃないカ」

 テブクの声にリリィの目が鋭くなった。

「あなたはどうすれば消えますか?」

 リリィは見下ろす。声のトーンが下がり、冷たく変わっている。

「おお、怖々ネ。本性を現わしたか。仕方なイ。奥の手を出すヨ」

 テブクは「せーの」と小声で言い、ためをつくった。

「未散が泣いてるヨ! がんばれお兄ちゃん!」

 和太郎の目に光彩が蘇り、精気が戻る。

「え? そんな……」

 リリィは瞠目した。すかさず和太郎の目を覗きこむ。

「この色……。和太郎様になにかが住んでる。これを追い出さないと」

「あ、ぐぐ」

 和太郎の目が充血していく。瞳の光彩は浮沈を繰り返している。

「未散……」

 和太郎の口から名前がこぼれた。リリィは目を瞬かせる。

「なに?」

 リリィが言った。

「俺は……お前が……心配……なんだ……。守って……やらなきゃ……捨てられても……俺だけ……は」

 途切れ途切れの押し出すような声。

「大丈夫……心配しないで」

 リリィは囁いた。目は笑っていない。

「探らなくては、どこ? どこ?」

 リリィは和太郎の瞳を見据えて口ずさんでいる。

「……お前を守って……くれる……やつが現れる……まで……」

和太郎のかすれた細々とした声はそこで止まった。

 リリィの額には汗がにじみ始めた。眉根が寄り、表情が歪む。

「見つけました」

 ほくそ笑んだ。

「安心して」

 リリィは和太郎の頬を撫でる。

「本当に……大丈夫……なのか」

「うん……頼りになる人ができたよ」

 リリィの瞳の紅が強まる。和太郎の光彩は薄まった。

「そうか。よかった」

 和太郎の身体の緊張がほぐれ、絨毯(じゅうたん)に身を任せる。リリィは息を吐き出した。薄く笑い、汗を手で拭う。

「もう、一人でも大丈夫だよ。だから、リリィさんと仲良く……ね」

 和太郎は頷いた。

「じゃあね、ばいばい。今までありがとう。大好きだよ、お兄ちゃん」

 和太郎の身体がぴくりと反応した。

「お兄ちゃん?」

 和太郎が呟くように言った。

 リリィは垂れた髪を耳元へかき上げる。

「どうしたの?」

「呼ばないって言ったのに……? お兄ちゃん? 未散が?」

 リリィの目は細まり、紅く輝く。その後、リリィはハッとする表情を見せた。「兄貴」と呼び直す。

 和太郎の上体は勢いよく起き上がった。

「きゃ」

 またがっていたリリィは床に倒れる。和太郎は仰向けに倒れたリリィに覆い被さり、首を締めた。

「てめえ、誰だ! 未散を返せ! どこにやった!」

 和太郎の目は血走り、口の端からは泡が漏れ出ている。リリィの首に爪が食い込み、押しつける指は肌をくぼませている。

「わた……さ……ま」

 リリィは和太郎の腕をつかんだ。しかし、それをやめ、リリィは和太郎の背中に手を回す。強く引き寄せ、抱きしめた。首を押し込む反動で上へ持ち上がりそうになる和太郎を抱き寄せて放さない。

 リリィの顔には血の色がたまっていった。それでもリリィの顔は安らかな笑みに彩られていた。

「ふーっ、ふーっ」

 和太郎は息を荒げ、なおも締め上げた。

 リリィの手はそれでも和太郎の背で組み合わされている。

「和太郎、やり過ぎネ。このままじゃ死ぬアル」

「どこへやった! 言え! 言え!」

「それじゃ、言えないヨ」

 和太郎は体重をかけて首への押し込みを強めている。

「正気を失てるアル。仕方がなイ。無理やり止めるカ」

 次の瞬間、和太郎がリリィに倒れ伏した。握力は失われ、リリィの首は解放される。リリィは大きく呼吸し、咳き込んだ。

 和太郎はリリィから飛び退く。バク宙した後に両足で着地した。

「さあて、ここからはワタシの出番アル」

 和太郎は飛び退いた先で肩を回した。

 リリィが喉を押さえながら立ち上がる。

「和太郎様の声……でも……和太郎様ではありませんね」

 リリィは胸に手を当てた。桃色のブラジャーが現れて、胸を覆った。

「私の愛しい人を返してもらいます。やっと巡りあえた大切な人。幼い頃から憧れていた、お金を捨ててでも、不幸に陥ってでも、世界を敵に回してでも選びたい運命の人」

 空気をゆがめるオーラがリリィから立ち昇った。金髪が揺らめき、浮き上がる。

「悔しかたら、お得意の精神操作でワタシの意識を和太郎の奥にでも閉じこめてみたらどうアル」

「言われなくとも」

 リリィの瞳が煌めいた。

「どうしタ? そんなものカ? それじゃダメヨ。しょうがない、ヒントをあげようかネ。体力を奪えば精神力も衰えるアル。かかてこイ。舐めた真似しくさて、この盛りに盛った発情ギツネが。力の差を思い知らせてやル」

 テブクは中指を立て、そのまま手招きした。

「和太郎様を傷つけたくない……。でも、やらなければ救えない」

 リリィの掌に銀色の円形トレイが出現した。そのトレイはリリィの半身ほどの大きさがある。

 リリィはトレイを片手にテブクへ駆けた。

 戦いが始まった。それは一方的な流れだった。テブクの優勢揺るぎなく、リリィが攻勢に出ても、その全ては難なくいなされた。足を払われ、トレイを指で弾かれる。テブクが放つ蹴撃と拳撃はリリィにあたる直前で何度も寸止めされた。

「弱イ。弱イ弱イ弱イ! その弱さを称えてやりたくなるアル。ワタシ悪役やらせたら はまり役ヨ。ほら愛の戦士、愛しき人に取り憑いた悪魔を祓てみせるネ」

 テブクは高らかに笑った。

 リリィは渋面を築きながら、トレイを振った。避けられても体を駒のように回転させ、握っているトレイで薙ぐ。それはテブクの顔面に迫る。

 ガッ。テブクの顔が揺らいだ。

「しまった。勢い余って顔に……。え……? まさか、そんな……」

 リリィの顔から血の気が引いた。

 リリィのトレイはテブクのとある箇所で受け止められていた。それは睫毛(まつげ)だった。薄く開いている右目の上睫毛、その黒き防護毛に勢いを奪われていた。

「くく……。はーはっは! ぬるいアル」

 テブクは目を勢いよく開いた。

 トレイを握るリリィの腕が跳ね上がり、トレイが天井へ飛び去った。天井のシャンデリアに直撃し、破片のシャワーが二人に注ぐ。トレイを逃したリリィの手は小刻みに震えていた。

 テブクはリリィに前蹴りを放つ。リリィはトレイを新たに生み出し、それで受けた。だが、勢いを殺せず壁まで一緒に吹き飛ばされる。背中から壁に激突し、横向きに沈んだ。

 テブクがシャンデリアのガラス片を踏み鳴らし、歩いてきた。起き上がれないリリィの元へ歩み寄ると、リリィのこめかみを足で踏みつけた。

「実力差がわかたか堕落下女」

 リリィの頬に足を移し、ぐりぐりと押しつける。

「惜しかたネ。お兄ちゃんと呼ばなきゃ、和太郎はアナタにメロメロになたのに……。残念でしタ」

 リリィの目に涙が浮かぶ。テブクは頬から足を持ち上げた。リリィはテブクをすがめながら言う。

「あの一言は大きな過ちでした。愛しあいたかった」

涙が目頭から鼻元を抜け、別の涙と合流して床を湿らせた。

 リリィはごほごほと咳き込む。

「たった一撃なのに、力を乱されて動けません。私の負けです。これほど歴然とした力の差があるとは……」

 力のない声がしぼりだされた。

「でも、おかげで和太郎様を傷つけずに済みました。よかった」

 リリィは目を閉じる。テブクはリリィを見下ろしながら足を止めていた。

「ふーん。操られてるとはいえ、それほどまでに想えるのは見上げたものネ」

 テブクは足を落とした。カチューシャは潰れ、消え去った。リリィのメイド服もカチューシャに同伴する。

「さて、次ハ……」

 テブクは顧みた。猿はテブクと目が合うと背中を見せ、飛び跳ねながら壁をかいてキーキーわめき出す。

「往生際が悪いヨ。虐待時間の始まりネ」

 テブクはパキポキと指を鳴らして猿に歩いていく。

「ファイティング宇宙拳のどれを試そうカ」

 テブクは白い歯を覗かせた。


 メイドとの決着がつく話。

 リリィは好みが分かれそうなキャラですね。好き嫌いはあると思いますが、おそらくこの物語ではインパクトが一番強いキャラかもしれません。

 話は変わりますが、テブク強ぇ、と思ってもらえれば今回の話を書いた甲斐があります。どうだったでしょうか。

 文章量が少なくても強さが伝わったのならば嬉しく思います。無駄に長いのは嫌いです。

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