ロビンが好きな漫画家
それから十分後……。
「ロビンは好色一代と火野豪煙って漫画家のファンなのか」
和太郎は紅茶を飲むとティーカップをソーサーの上へ置いた。
ロビンはケーキを切り分けて食べると首肯する。
「火野豪煙、ギャップ好き」
「ギャップ?」
「萌え絵ハード内容」
「ま、まあ、表紙では確かにそんな感じだな」
和太郎はテーブルに目線を落とす。火野豪煙のエロ漫画は三冊並べられており、いずれも幼さを感じさせる女の子が表紙の中心に描かれていた。彼女たちは拘束具や猿ぐつわを身につけていたり、鞭の青あざがあったり、ロウソクの蝋にまみれたりしている。
「もしかしてお前もこういうことしてみたいのか」
「現実、漫画、別。混同なしりんご」
「ま、だよな。じゃ、じゃあよ……」
和太郎はテーブルから目をそらす。口がわずかに開いた。しかし、次の言葉が出ることなく口を結んでしまう。
「滝タロ?」
ロビンは首を傾げた。
和太郎は息を吸う。それからテーブルに載っている一冊の本に向けて人差し指を下ろした。
「好色一代って漫画家はどこが好きなんだ」
漫画を指さしている手がかすかに揺れている。目は瞬きが繰り返された。
ロビンは和太郎から漫画本へ視線を移した。
「アヘ顔の神」
「アヘ顔? な、なんだそれ」
ロビンは隣に立つリリィを見上げた。
「表情表現の一つでございます。女性が見せる性的絶頂を表わす手段として用いられ、快楽に心奪われて正気を失っている状態とでも言えるでしょうか。白目をむき 口をだらしなく開いて舌を垂らす、そのような表情です」
「そうなのか……。ゴミ捨場に捨てられてる漫画本にそんな顔があったな。変な顔だと思ってたが、確立された表現の一つだったのか」
「滝タロ、ゴミ捨場?」
「朝 ゴミ捨てをするときそういう本が時たま捨てられてたんだよ。そうか。アヘ顔か……。それが魅力なのか……」
和太郎は唇に指を這わした。
「アヘ顔、難し。バランス重要、崩れやすっぽ。オレ、修業チューインガム」
「お前の漫画ではそういう顔がなかったな。練習中か」
「うい。白目配分、舌 出し方、調整中学校」
ロビンはソーサーとともにティーカップをリリィへ差し出す。リリィはティーカップに紅茶を注いだ。
「ロビン様は好色一代様の生原稿を見たいと最近は口癖のようにおっしゃっていまして、この前はお昼寝時に寝言で」
「リリィ!」
ロビンがリリィを睨む。リリィは唇に手を合わせた。
「生原稿を見たい? 漫画本じゃダメなのか」
和太郎とロビンの視線が重なる。
「雰囲気 味わいたぁ」
ロビンはわずかに俯いた。リリィはそんなロビンを穏やかな目で見下ろしている。
「以前、別の作家様の原画展にロビン様は足を運ばれたのですが、そのときとても感動しておられました。技術的なことはもちろん、一人のファンとして好色一代様の原画もぜひ見てみたいとのことでございます」
「そうか。好きなんだな」
和太郎は紅茶を飲み干した。
「大好き!」
ロビンの頬にえくぼが浮かぶ。
和太郎はそんなロビンを黙って見つめていた。
「火野も好色も女の子可愛い! でも、タイプ別。火野 ダーク系、好色 ライト系」
「ダーク系にライト系?」
ロビンの切り出しに和太郎の語尾が上がった。
「火野 強姦や監禁 危険系中心な暗め話、好色 和姦やギャグ コミカル中心な明るめ話」
「ふーん、エロも一般と同じで作家によって描く方向性が別れるんだな」
「傾向あり! でもでも好色 五年前から雰囲気チェンジった」
「雰囲気が変わった? どう変わったんだ」
「背徳系が消滅った」
「背徳系? 例えば?」
「近親相姦」
和太郎はぴくりと反応した。ロビンはテーブル上の漫画を見下ろしている。
「それまで父と娘 兄と妹 親族での組み合わせ変更ってそこそこ登場。どろどろエッチ大賑わい。今はなし。今の好色 女性が楽しみエッチング ビッチ祭りのカラッとモード」
「そうなのか……。好色一代って漫画家は近親相姦を描かなくなったんだな」
和太郎は漫画を見下ろしながらぽつりと言った。ロビンは頷く。
「近親相姦 消失モードで登場せず。好色が飽きたかもかも。残念系」
「そうか」
和太郎はテーブルに視線を落とす。それからしばらく好色一代の漫画を眺めていた。やがてリリィを見やる。リリィは和太郎へ歩いて近づくと、ティーカップへ紅茶を注ぎ入れた。和太郎はそれを飲んで席を立つ。
「ちょっと、トイレ借りるな」
和太郎は二メートル級メイドが塞いでいる扉へと歩みを進めていく。
「滝タロ」
背後からの声に和太郎は立ち止まって振り返る。
「大丈夫だって、逃げやしねえよ」
和太郎は再度歩き出す。和太郎がやってくると二メートル級メイドは扉を開けた。和太郎は室外にいるメイドの一人に先導されながら廊下を進んだ。
ロビンは和太郎の父親が描くエロ漫画のファンだったと読者に説明する話です。




