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ひーろーっぽいの  作者: 武ナガト
11/31

昔の二人

 その日の夜、和太郎は未散と二人だけの夕食を済ませた。味噌汁は作り置きがあったので和太郎が高菜ピラフ・麻婆豆腐・鶏肉の唐揚げ・簡単な野菜サラダを用意し、それを食べた。

 その後、夜は深まり、時計の短針が十一を指す頃合いになる。その時間、和太郎宅のリビングには照明が灯っていた。

 〝『〟型のソファには未散と和太郎が少し距離を置いて腰掛けていて、二人の視線はテレビに合わさっている。テレビからはしんみりとした曲調の歌が流れていた。エンディングクレジットが画面には次々と映し出されていく。

 和太郎はテーブルに載っていた炭酸飲料を口に含むと元の場所へ戻し、未散を見やった。

「未散はこういう映画嫌いなはずだろ? 兄と妹の許されざる関係的な話……。なんで見たんだ?」

 和太郎が尋ねると、未散はカバのキャラクターが描かれたクッションを抱きしめながら頬を膨らませる。

「友達に面白いって勧められたんだよ」

「で、どうだった?」

「気持ち悪かった。もう最悪」

 未散はソファの背もたれに寄りかかりながら首を横に振った。

「入院中に行うあれ、(せい)(しき)っていうのかな、清潔さを保つために身体をタオルで拭くやつ。あれを兄が妹のためにやるけどさ、そこが特に引いちゃった」

「ちょっとした見せ場になってた場面か」

 未散は一つ頷く。

「親愛を表現するつもりだったんだろうけど、それがしつこい感じがして嫌だった。普通の兄妹関係なら不快感はなかったんだろうけどなあ」

 未散の抱いているクッションに力がこもった。未散は更に語り出す。

「兄が妹を異性として意識してるってのは、兄が妹似の女性とばかり交際してきた過去で前もって臭わせてるし、兄は妹に近寄る男に対抗心を燃やして妹に自分の優秀さをアピールしようとしてたりで、直接 兄が語らないんだけど妹を恋愛対象として見てる表現をしてたから、兄弟愛が異性愛を含んでいる感じがしてとてもとっても不純に思えた」

 未散は深くため息をつき、クッションに顔を(うず)めた。

「まあ、そう思えるよな。恋愛を含んだ感情を好意的に受け入れるかどうかがこの映画の好き嫌いにつながる気がする」

 和太郎の言葉が終わると未散はクッションから顔を持ち上げ、和太郎を見つめる。

「兄弟愛と恋心が一緒になるとかないない、絶対ない! 私が交通事故で植物状態になったら兄貴は私に触っちゃダメだよ! ああ、今回で本当に鳥肌が立っちゃった。お父さんとお母さんがいなかったら看護師さんにお願いして!」

「そこまで言われると悲しい気持ちになるんだが……」

「去勢すべきだよ兄貴は!」

「はは。可愛い妹の頼みでもそれは聞きたくねえや」

「もしもだけどさ、わたしが映画みたいに肉体関係を迫ったらどうする? 拒むよね?」

 和太郎はテーブルに伸ばしかけていた手が止まる。

「なんで即答しないの! ここはしないって言い切る場所だよ!」

 未散の目は鋭くなった。

「未散の質問は俺らの間では起こりえないことだろ。わかり切ってること質問すんなよ。有り得なさすぎてびっくりした」

「ひどい。兄貴、今わたしを馬鹿にしたでしょ!」

「馬鹿にはしてねえぞ。怒った顔も可愛いな。兄妹で近親相姦とか、俺らが小学生の頃にいじめられた理由だろ」

「それはそうだけど……」

 未散は両足をソファに上げてクッションを抱き込んだ。そのままじっと動かない。しかし、目尻が上がり、やがて壁を睨み出した。

「兄妹でやましいことなんかなかったのに言いがかりでいじめられたんだよね。お父さんがエロ漫画家でそういうの描いてるからとか、当時は兄妹で一緒にお風呂に入ってたとかそんな理由であいつら危害を加えてきて、だめだ、思い出すと腹が立ってきた。あいつらを思い浮かべるだけで不幸になってくのがわかる」

 未散は目を閉じて深呼吸を二度三度と繰り返す。

 和太郎はそんな未散をただ黙って見続けていた。それから口を開く。

「いじめがなければ、父さんが俺たちよりエロ漫画をとるなんて知らずに済んだんだけどな。知ろうが知るまいが根本的な父さんの考えは変わらないんだろうけど、それを知らずに過ごせて心の安寧は保てただろうし、そういう意味では幸せだったはずだ。父さんの気持ちを知ってからというもの、いつか捨てられるとマジでびびってた」

 和太郎はスナック菓子の袋を未散の座る方へ寄せた。ソファに座っている未散は寄せられたスナック菓子の元へ、わずかにお尻を浮かせたり座ったりを繰り返しながら横移動で近づいていく。スナック菓子を拾い上げて口へ入れた。

「あれから、少しの間だけお菓子や非常食をお互い自分の部屋に貯め込みだしたんだっけ。兄貴がキッチンで備蓄の仕入れをしてるところに出くわして、これはわたしの分でこれは兄貴の分って配分したなあ」

 未散は薄く笑みを浮かべて和太郎を見つめる。和太郎はあったあったと笑いながら頷いた。

「そういや、食べ物が消えるってことで母さんが怪しみだしたんだったな。まあ、当たり前だよな。カップラーメンや缶詰を買ってきたら翌日にはそこにねえんだもん。結局、俺ら二人して貯め込んでるってバレて、理由が明るみに出て、捨てないから安心しろって父さんが直々になだめようとしてくれたけど、俺らがエロ漫画描かないでって再度その場で願ったら断られて不完全燃焼で終わったっていうグダグダなことに……」

「あの頃はきつかったよねー。いじめだけでも苦しいのに、同時に親からはわたしたち要らない子宣言のダブルパンチだったから」

「今考えれば、よくグレなかったな。俺ら」

「わたしは兄貴のおかげだよ」

「? 俺のおかげ?」

 未散はスナック菓子を飲み下すとティッシュペーパーを引き抜いた。手を拭ってテーブルの上に転がす。

「わたしさ、一時期 兄貴と仲がいいからいじめられるんだって考えるようになったでしょ。それで兄貴を避けるようになった。覚えてる?」

 和太郎は斜めを見上げて腕を組んだ。その姿勢で固まってしまう。

「覚えてないか。本当に短かったからね」

 未散は目線を落とすとぽつりと言った。

「そのときはさ、わたしの不自然さに兄貴は気づいてくれて、それで私は避ける理由を兄貴に打ち明けたの。兄貴と仲がいいといじめられる、だから避けるって」

 未散はソファの背もたれに体を預けると足を浮かせて交互にぶらつかせた。和太郎は腕組みを解く。

「そんなことあったかな。俺の中の未散はいつも俺のことを大好きなんだが……」

「それは都合良く解釈しすぎじゃない?」

「え、そうか」

「好きではあるけど、時折うざく感じるよ」

「よく聞こえなかった。前半だけ何度も言ってくれ」

「…………。まあ、とにかく、避けようとした時期があったんだよ。そしたらさ、兄貴は俺のことを嫌いになったのかって尋ねてきたの」

「ふむ」

「わたしはその質問に違うって答えた。すると、叱られた」

「叱られた?」

 和太郎は目を瞬かせる。未散はソファの背もたれから背中をはがすとスナック菓子に手を伸ばした。

「嫌いな奴らに屈して自分を曲げんなって叱られた。避けるならそんな理由じゃなく、わたしが本当に兄貴を嫌いになったって理由でそうしろって」

「いいこと言うじゃねえか」

 和太郎はテーブルのコップを手に取り、口を湿らせた。

 未散はスナック菓子で汚れた手をティッシュで拭く。

「さらにそのあと兄貴はこう付け足したの。未散を好きな俺の気持ちは今も変わらない。それはあいつらが言う父さんの漫画みたいな好きじゃない。そこは安心しろって」

「へえ。言ったっけな」

「断言したよ。はっきりと。そのあと励ましてくれた。俺は未散を嫌いにならないし絶対守ってやる、だから負けんなって」

「やるじゃねえか俺。惚れちまいそうだ」

 未散は窓を見やる。庭ではストロンガーVマックスが舌を出しながら尻尾を振ってリビングを眺めていた。

「信じなかったけどね」

「え?」

「だって、人間不信になりかけてたもんわたし。信じるわけないじゃん」

「そ、そうか」

 和太郎の肩は下がり、声のトーンが落ちた。未散はそんな和太郎を横目でチラ見する。

「だけど、後日 兄貴が公園でジャガ板と殴り合いになったときに信じたんだよね」

 未散はクッションを両手で持ち上げると傍らにのけた。それを片手でぽんぽんと叩き、頬を緩ませ、言葉を続ける。

「兄貴は砂場のガラス片が背中に刺さったのにカス子にわたしへの謝罪を何度も要求してくれたじゃん。そのとき実感できた。ああ、これは本物だって」

 未散の目線がクッションから上がり和太郎を捉えた。

「ありがとね」

 和太郎を見つめながらの一言だった。穏やかな笑みから送られた一言。

 和太郎は未散を見つめ返し、それから「おう」と頷くと胸を張った。

「わたしはさ、兄貴とは純粋に兄妹でいたいんだよ。わたしと兄貴にしかわかり合えない感情、お父さんとお母さんのことは好きだけど盲目的に好きになりきれない もどかしさや寂しさを分かってくれる理解者・共感者、わたしはそうありたいし、兄貴にもそうあって欲しいと思ってる」

 未散はティッシュを一枚引き抜いてテーブルに広げた。広げられた純白がテーブルを飾る。リビングの照明がその白を照らしていた。

「理解者・共感者か」

「そこにさ、恋愛が絡まっちゃダメだと思うんだ」

「そうだな。そりゃダメだ」

「うん。エロ漫画の近親相姦を再現してどうすんのって感じ? わたしたちはそうじゃないって反抗した結果そうなっちゃったら本末転倒でしょ」

「まあな」

 和太郎は相づちを打つと立ち上がった。キッチンへと歩いていき、冷蔵庫を開けてオレンジジュースをコップについで持ってくる。未散に片方のジュースを手渡して、自分も飲む。

 そのとき、部屋の外から錠が開く音がした。

「ただいまー」

「あ、お母さんだ」

 玄関からの声に未散は顔を振り向ける。だが、すぐに和太郎へ戻し、人差し指を口の前で立てると囁くように言った。

「お母さんに聞かれるとまずいから、この話はここまでね」

 和太郎は顔を縦に下ろし、それからテレビに視線を合わせた。

 テレビにはコマーシャルが流れていた。不動産のコマーシャルで、父・母・息子・娘の家族四人が新居を背景に写真撮影をしている。

 和太郎はしばらくの間、座りながらそれを静観していた。

和太郎と未散の過去を説明する場面です。

近親相姦に抵抗感があると強調するつもりで書きました。

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