第3話 Umai Booooooy!!
「一時限目に続いて数学ー……のはずだったんだがな」
一時限目が終わった後、二時限目に入る前の五分休み中。教師にとって見慣れた影があった。
見たのは三日前が最初だが、あの巨大な影とチープな仮面を見間違えようはずもない。校庭の中心で、風が発生させる砂塵をものともせず佇んでいる巨大な竜と痩躯の人間は、輸送中のうまいBoyを奪おうとしたドラゴニック・マスクと丹下だった。
マスクの手には拡声器が握られており、彼はそれを口の部分にあてがって話し始める。
「あーあー! まいくてすっ! まいくてすっ! どうもみなさん、おはよーございまーーーす!!」
休み時間にかこつけて、校舎の中で好き勝手している生徒たちを窓辺に集めるには充分な声量。ほとんどの生徒は校庭にいるバカを視認し、ぎょっとしていた。あそこまで巨大なゲニウスを持っている者はそうそういない。かと言って、見慣れていないかと言えばそうでもない。物珍しさに写真を撮ったりする生徒は一人もいなかった。
「この前、この学園の用心棒に強盗を阻止されたドラゴニック・マスクという者なんですがー!! この学園に琴石蜜という人はいらっしゃいますでしょうかー! 再戦を希望したいんですけどもー!」
「先生。あの不審者という文字が辞書からそのまんま躍り出て来たような人は一体どなた?」
蒼井が窓の外を見ながら教師に訊く。教師は、同じようにマスクを見ながら答えた。
「何となく察しは付いてんじゃねぇ? アイツだよ。三日前に琴石と戦ったお菓子泥棒」
「ああ、やっぱり……どうします?」
「どうしますもこうしますも、放っておくわけにはいかんしなぁ」
そう言って教師は踵を返し、ドアを開けた。
「先生?」
蒼井が振り返ると、教師は教室を一瞥する。
「俺が話付けてくらァ。お前らは教室の外出るなよ」
「日子ちゃん呼んできましょうか?」
「攻撃してこないと思うけど一応頼むァ」
気怠そうに教師は外へと繰り出していく。一年C組はその背中を見て、相変わらず飄々としていると思っただろう。だが、その実彼は心の中で冷や汗を流していた。
(……まっじィな)
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「……おや。あなたは、ドライバーではなかったのですか?」
「本業はこっちだよ。一応ゲニウスリンカーでもあるから、琴石の予備として輸送トラックを運転してたんだ」
動揺を隠し、できるだけ平静を装うために教師は煙草に火を付けた。
彼が一番恐れているのは、ドラゴニック・マスクが理屈の通じない相手だった場合のことだ。そのときになったら、教師に戦う力は一切ない。彼のゲニウスは戦闘向きの能力ではなかった。
ドラゴニック・マスクは冷静な挙動で回りを見渡している。また空から降ってくるんじゃないかと警戒しているように見えた。
「で。琴石さんはどこですか? 姿が見当たらないんですよねぇ」
「今日は休みだよ」
「休み?」
「……よっぽどショックだったんだろうなぁ。まさか夢にも思わなかったんだろうよ」
教師は煙草を吸って、煙を吐き、ゆっくりと目線をドラゴニック・マスクと合わせた。
「ギリギリとは言え、負けるだなんてさ。アイツ一応、この学園の戦闘班で最強だったんだぜ?」
「……結果的にうまいBoyは死守されたわけだから、俺たちの負けと言ってもいいんだけどさ」
敬語はキャラを作っているだけのようで、マスクは気が抜けるとこのように気の抜けた喋り方をする。怒ってはいないようだ、と教師は判断した。軽い世間話から『帰ってくれ』の一言に持って行こうと、頭の中で計略を巡らせる。
マスクは肩を落として、落胆の色を示してみせた。
「残念だなぁ。せっかくここまで来たのに。なあ丹下」
「がおる……」
呼びかけられた丹下の方も、ドラゴンとは思えない程に残念さを表現していた。目を伏せて、その鳴き声にも元気がない。
教師はふと、思いついたように提案する。
「そんなに会いたいなら高尾山に行ってみればどうだ?」
「え。高尾山?」
「今なら武者修行中のアイツに会えるかも、な」
「高尾山ってそんなサムライ的な修行スポットじゃなかったよね!?」
現在の高尾山に、危険なゲニウスは生息していないはずだ。今はゲニウス出現以前の観光、登山スポットとして一般にも公開されている。
「少なくともどこかの山に閉じこもって修行していることは確かだぞ。琴石のお母さんの話では、昨日リュックと弁当と水筒と雨合羽、敷物に三百円分のお菓子にゴミ袋を用意していたらしいからな」
「それやっぱり武者修行じゃなくって単なるピクニックじゃない!?」
「どっちにしろ学校サボることはないとは思うがな。はー……」
青い空と、照りつける太陽を仰ぎ見ながら教師は煙を吐いた。
「……で。どうする? 別に今はお前を討伐しろだとか、捕まえろって依頼は入ってないから、戦う理由は特にないんだけど」
法も、それを敷く政府も、真っ先にゲニウスに襲撃されたため現在は存在していない。その後もゲニウスリンカーや野生のゲニウスの影響で価値観が大幅に揺れ動いたため、今現在もまともな指導者が現れない。
そんな状態で、戦う意志もなければ戦う理由もない強敵と、一瞬でも顔を合わせていたくはなかった。この時代においては生き残ることだけが重要なのだ。
「うーん……彼女がいない学園を襲撃しても面白くないしなぁ。わかりました。出直します」
「……ん」
――待てよ。
マスクの目的が、うまいBoyを強奪することではなく、琴石と戦うことに変化しているということに教師は気付いた。目的と手段が完全に入れ替わっている。
「お前さ。もしかしてもう、輸送トラックを襲う気無くなってるんじゃね?」
「ええ」
あっさりマスクは肯定した。
「昨日からあの会社に詫び入れて、損害分キッチリ働くことに決めたんです。そうすればご飯確保できるもんなー、丹下。ちょっと少ないけど」
「がお」
丹下は頭を垂れて、大人しくマスクに頭を撫でられ、眼を細めた。
平和そのものの光景を見て、教師の頭の中に一つの案が浮かぶ。彼をこのまま帰す気は、教師の中からなくなっていた。
「……そのドラゴンのエサ、お菓子なら何でもいいのか?」
「うまいBoyが一番! なんですが……まあ、はい。基本何でも。いっぱい食べないと全力出せなくって……」
「ふーん」
このご時世、何が起こるかわからない以上、全力が出せないというのは致命的な欠陥になりかねない。
それでも彼は輸送トラックの襲撃をやめ、まともに働いてお菓子を確保する方法に出た。彼の方も琴石との戦いで、思うところがあったのだろう。
今の彼は危険ではない。敵ですらない。
「一つお願いがあるんだが」
「?」
その直後、マスクはあっさりと教師の願いを聞き入れた。
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北村が学園に帰ってきたのは、三時限目も終わろうかというくらいの時間だった。日が高く昇り、あと少しで今日一番の日差しが降り注ごうかという時間帯。
北村の傍らには、興味深げに校門を覗くゲニウスの少女がいる。
「ここが杉並区のゲニウス組織、蒼前学園……」
「大災害が起こったときはここに避難しろっていう、広域避難場所だった影響でね。ゲニウス災害が終わって三年経った今では、教師も用務員も生徒も前の倍以上になってるよ」
他の区のゲニウス組織がどういう成り立ちなのかは知らないが、蒼前学園に関して言うと北村は当事者だった。これまで様々なことが起こりすぎて、もうとても昔のことのように思えてしまう。
「連絡はしてあるよ。一緒に入っても大丈夫」
「うん……」
ついさっき酷い目にあったばかりのせいか、彼女には元気がない。ゲニウスの人間型は、通常の人間よりも身体能力が高めの傾向にあるが、流石にあそこまで派手に攻撃されたら当然だろう。
心配になった北村は彼女の顔色を窺がいながら続けざまに質問する。
「中に入ったらどうする? 食事? 睡眠? 風呂? 服が必要なら購買部でジャージ買ってこようか?」
「……お節介」
「は、はは……」
厚意はあっさりと突っぱねられてしまった。実際、風呂と服のことに関して言えば異性の北村に口出しできることはない。この後のことは蒼井か保健委員あたりに任せると北村は決めた。
「悪いようにはならないと思うからさ。そこら辺は安心して。肩の力抜いてくれてていいよ――」
「委員長ォーーー!!」
校舎を背にして少女に説明をしていた故に、その不意打ちは完璧に北村の背中に入った。誰が一番槍を突き付けたのかは定かではない。何故なら彼に攻撃を加えたのは、一年C組の全員だったからだ。
「おぽっさむっ!!」
北村は間抜けな叫び声を上げて呆気なく崩れ落ち、地面に頬を擦りつける。それをギラギラした目で見下すクラスメートたちのオーラは、殺人鬼の愛用ナイフよりも鋭利で物騒なものだった。
「な、何をするんだキミたちは……これがクラスメートのために授業をサボった英雄への仕打ちなのか……」
「手ぶらで帰ってきた挙句に激マブな彼女を連れてきたヤツが言う台詞じゃないなぁ!!」
「……」
――れ、連絡が回ってなーーーい!
人間型のゲニウスを連れ帰ることはキチンと職員室に電話で報告をした。しかし、その報告は一切合財クラスメートへと伝わっていないようだ。よって、彼らは状況証拠のみで私刑を下すという暴挙に出たのだ。
心の中で悲鳴を上げる北村は、痛みと焦燥感で上手く舌が回らない。
「おい! コイツついさっき彼女に『食事にする? 睡眠にする? それともお・ふ・ろ?』とかベッタベタな新婚テンプレートを口にしてたぞ!!」
「それだけじゃない! 服を買ってあげようとか何だとかも!」
「援助交際ってヤツ!? 北村くんサイッテー!!」
――誤解だーーー!!
そう叫ぼうにも蹴りで、学生鞄で、何故かパイ投げで痛めつけられる北村にはどうしようもない。仮に叫べたとしてもこの怒号の中、自分の声が届いたかどうか。
クラスメートに言葉と物理で責め立てられた北村は、いつの間にやら男子集団に担ぎ上げられ、教室へと強制連行された。
女子が教室のドアを開け、男子集団が傷と痣とパイだらけになった北村を乱暴に中へと放り出す。
「連れてきたぞ広田先生!」
「……おい。何で既にボロッボロになってんだ?」
数学教師、広田明は顔を顰めて北村を見下ろす。クラスメートは異口同音、打ち合わせでもしていたのかというほどピッタリと口をそろえて言った。
「わかりません」
「お前ら全員いつか絶対にぶっ殺してやるからな!!」
一瞬の内に立ちあがった北村はクラスメート全員に指を突き付けて涙混じりにがなりたてる。
事情を察した広田は肩を叩き、同情のトーンで語りかけた。
「アレだな……お前、人望がありすぎてイジリやすすぎるんだよ。蒼井とかをもうちょっと見習ったらどうだ?」
「……考えときます。授業サボってすいませんでした」
「罰は与える。泣きっ面に蜂の形になっちまうが、今すぐだ」
「ん?」
広田の含みがある物言いに片眉を上げ、彼の方を向く北村。
彼は教室の窓の方を親指で指し示していた。北村が外を見ると、校庭にはドラゴニック・マスクと丹下がいる。初見の北村は当然眼を丸くしていた。
「大きなゲニウスですね……誰?」
「お前の対戦相手」
「ん? 今何て?」
聞き間違いかと北村は聞き返す。広田は学園生活史上、例を見ない程の笑顔で北村に言ってのけた。
「お前、アイツと、戦え」
「……ゑ?」
わけがわからなかった。