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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ささやかな友情編(王子復活)
94/213

94日目 剣と花ちゃんと僕の油断




「という訳で試合じゃ」


「僕にはジイちゃんの言葉の意味が理解できない!」


背景、先輩。

いかがお過ごしでしょうか?

僕は今、実戦形式で試合を組まれようとしています。


のどかな光景だった。

ジイちゃんの友人であるトシちゃん氏宅にある板張りの剣道場。

そこには、剣道着に身を包んだ二人の姉妹が居る。

その手には竹刀が握られていた。


腕を組み、微笑みながら僕らを眺めるトシちゃん氏。

いそいそと僕に準備をさせるジイちゃん。

そして、妙に薄手の()()と防具を身に付けさせらた僕。

一体何が起きようとしているのか? 

僕は疑問を感じずにはいられなかった。


「ちょっとジイちゃん!? 僕、剣道は授業とかで齧っただけだよ!?」


いきなり試合なんて出来ない、と言外に含めて僕は言った。

自宅に剣道場を持ち、毎日練習してそうな人と試合とかしたく無い。

そもそも試合の時点で論外だし、もっと言えば剣を教わりたいとも思っていなかった。

流されるままジイちゃんに連れてこられたここで、僕は何故か窮地に立たされていたのである。


抗議の声を上げる僕に、ジイちゃんは応える事は無かった。

無言のまま僕に竹刀を差し出しながら、(おごそ)かな声で言った。


「実戦こそが剣の腕を磨くのじゃ。ワシも若い頃はそうしておった」


「練習も無しに無茶だよ!? 何考えてるのさ!?」


「獅子はな、千尋の谷に我が子を突き落とすのじゃ……!」


「それを現代では虐待と呼ぶんだ! ちょっとターイム! すみませーん!」


剣を捨てたくせに妙に大物ぶるジイちゃんを尻目に、僕はトシちゃん氏へと近寄った。

悠然と佇むトシちゃん氏。そんな彼に向かって、僕は頭を下げつつ言った。


「すみません、試合とか無理です。実は僕、まともに剣道とか教わって無いんですよ」


「はっはっは。その手は食わないぞ」


「えっ?」


「奴が若い頃によく使った手だな。戦う前にデタラメな事を言い、相手の気勢を削ぐ技。奴はその頃、イカサマ野郎と呼ばれていた」


「ジイちゃん!?」


「ほっほっほ。さすがトシちゃん、よくぞ我が孫の策を見抜いた……!」


「ちょっとジイちゃん! 誤解を招くような発言はやめて!」


誤解を増長させようとするジイちゃんに僕は悲鳴を上げる。

クソッ、このロクデナシが!

思わず心の中でジイちゃんを罵る僕だった。




「準備はいいのか? 毒のニーちゃん」


「毒!?」


「あたしの事は花でいいよ。家印に桜を使ってるからそう呼ばれてるんだ。妹は菊な」


「それよりも僕の呼び方の訂正を願います!」


とうとう僕はトシちゃんの孫の一人と、道場の中央で対峙していた。

二人居る姉妹の内、姉の方が僕の相手をするようだった。

前回来た時のジイちゃんの毒キノコ発言により、僕は毒のニーちゃんと呼ばれていたらしい。

密かにショックを受けつつ、前回から気になっていた事を花ちゃんに訊いた。


「僕は高一なんだけどさ、花ちゃんは何年生?」


「中学三年生。妹も同じだよ。分かるっしょ? 双子なんだあたし達」


手品の種を明かす奇術師のような笑みを浮かべながら、花ちゃんは言った。

その言葉に促されるように、僕は二人の姉妹の顔を見比べる。

確かに年恰好は同じくらいだし、見た目も姉妹だけあって似ていた。

しかし姉妹で明らかに異なるその性格を前にして、僕は緩やかに微笑みながら指摘した。


「ああ、二卵性なんだ」


「妹ぉ!? なんでいっつも二卵性だと見抜かれるんだぁ!?」


「当たり前でしょ、全然似てないんだから」


愕然とする姉に向かい、妹である菊ちゃんは冷たく返した。

恐らく以前から似たようなやり取りが何度もあったのだろう。

あるいは姉の性格を否定しているのだろうか?

その口調には、「似てたまるか」という意思が薄っすらと窺えた。


対する花ちゃんは、どこか悔しそうな表情を浮かべた。

果たしてそれは、クイズの答えを先に見抜かれた事に起因するのか。

それとも、妹に対するある種のコンプレックスなのか。

答えを模索する僕に向かって、花ちゃんは気持ちを改めるようにして言った。


「まあいい! 毒のニーちゃん、あたしの七音剣の完成への(いしずえ)になってもらうよ!」


「未完成だったんだそれ」


花ちゃんが妹に放った技を思い出しながら呟く僕。

そんな僕らにトシちゃん氏が近づいて来る。


「じゃあそろそろ始めようか」


「最初の礼はどの位置でするんですか?」


「いや、そういう堅苦しいのは抜きだ。適当に離れて二人が構えたら、私が試合開始を告げよう」


「さいですか」


僕が授業で習った剣道と違う、と心の中で思いながら花ちゃんと距離を取る。

花ちゃんも同時に僕から距離を取り、ゆるりと竹刀を構えた。

僕もそれを真似するように竹刀を掲げる。

一拍の静寂。やがてトシちゃんの「始め!」という声が道場に響いた。


「油断するなよ。その少年は、(かた)()しと呼ばれた男の孫だ。デタラメな位置からでも打ち込んで来るぞ」


対峙する僕らに向かって、トシちゃんが声を上げる。

恐らくは彼の孫に対して放たれた忠告だろう。

かつてのジイちゃんの剣を指してのその言葉は、しかし杞憂に過ぎない。

何故なら僕はジイちゃんから剣を教わった事は無かったからだ。


それでも、知らぬ者にとっては意味ある言葉だったのだろう。

花ちゃんは視線を厳しくすると、一気に気合を高めた。


「先手必勝ー!!」


その言葉と共に、花ちゃんは僕に突進してきた。

乱打、乱打、乱打。

我武者羅に竹刀を打ち付けてくる彼女に、僕は防戦一方だった。


「うおっ!? ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとー!!」


防具はほぼ無し。

当たると即痛いという状況で、僕は必死に花ちゃんの剣を捌く。

危機的状況にある僕に対して、ジイちゃんが暢気に声をかけてくる。


「のう、分かるか? やり辛いじゃろう? それはな、坊が嬢ちゃんのペースに巻き込まれておるからじゃ」


「今それどころじゃない!」


決死の思いで剣を捌きながら僕は叫んだ。

しかしそれもどこ吹く風。

ジイちゃんは構わずに話しかけてくる。


「剣に答えは無い。じゃがの、答えに近づく方法はあるんじゃ。相手の嫌がる事を目指せ、坊」


飄々とした口調で僕に剣を語るジイちゃん。

ようやく疲労しきった花ちゃんから距離を取りつつ、僕はジイちゃんに向かって叫んだ。


「銃が欲しい!」


「ほっほ。人はな、ある物で間に合わせるしか無いんじゃ……!」


「お前らな……」


頭痛が痛い、とでも言いたげな様子で顔に手を当てるトシちゃん。

しかしやおら(おもて)を上げると、やっぱりな、と呟きながら言った。


「間合いも取れてるし、剣もちゃんと体幹近くに構えているじゃないか」


剣を知らないとは嘘だろう? とトシちゃんは続けて言った。

しかしそれは全くの誤解だった。

間合いの取り方に関しては、日頃の行いで身に付いたとしか言えない。

剣の構え方に関しては、全くの買いかぶりとしか思えなかった。


返答に困って曖昧な笑みを浮かべる僕。

一人ジイちゃんだけが、胸の前で腕を組み瞳を閉じながら言った。


「剣の才は、持って生まれるか持っていないかじゃ。鳥が空を飛ぶように、獅子が肉を()むように、剣客はただ剣を振るうのじゃ」


訳の分からない事を語り出すジイちゃん。

閉ざしていた瞳を開くと、僕に向かって問いかけて来た。


「のう。嬢ちゃんの七音剣とかいう技は、どこがダメじゃったと思う?」


花ちゃんが開発している必殺技、七音剣。

その技は妹の前にあっさりと打ち破られていた。

何でジイちゃんが突然そんな話を振ってくるのかよく分からなかったが、とりあえず僕は答えた。


「未完成だったから?」


「そうじゃ無いんじゃ」


僕の目を真っ直ぐに見つめながら、ジイちゃんは言葉を続ける。


「あの技にも見るべき所はある。連続で攻撃を出せば、相手の気勢を奪えるしのう。しかし最も肝心な点が抜けておるんじゃ」


「肝心な点?」


「相手を見る事じゃ。嬢ちゃんは技にこだわるあまり、対峙する相手を無視しておる。よいか坊、剣筋に答えは無い。立ち向かう相手により、その弱点は千差万別だからじゃ。相手を見て、相手の考えを読み、相手の弱点を突くのじゃ、坊」


「それが簡単に出来れば苦労しないんだがな……」


ジイちゃんの語りを聞いていたトシちゃんが、嘆息を吐く様にして言った。


「貴様は昔から、相手の弱点を突くことが得意だったな」


「ほっほ。ワシ、人の嫌がる事が好きじゃからのう」


「だから絶対、性質悪いってそれ」


とりあえずジイちゃんにツッコミを入れておく僕。

そんな中、花ちゃんの雄叫びが響いた。


「隙ありぃー!!」


「痛いっ!!」


バシン、と音を上げて僕の背中に打ち付けられた花ちゃんの竹刀。

無情にも「勝負有り」と宣言するトシちゃん氏の声が聞こえた。

なにこれ? 余所見してる間に三振を取られたバッターの気分だ。

もやもやした気持ちを抱える僕に、ジイちゃんは胸の前で腕を組みながら言った。


「うむ。油断大敵じゃ」


「ジイちゃんが話しかけてくるから生まれた隙だよ!?」


「最大の敵は身内にあり、じゃ」


アーハッハッハ! と豪快に笑うジイちゃんを前にして。

僕はとりあえず、身内という名の弱点を抱えている事に気付くのだった。





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