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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
ささやかな友情編(王子復活)
92/213

92日目 夢

作者はコメディは何でもありだと思ってます。

夢。夢を見ていた。

まどろむ意識の中、何故かこれが夢であるという事だけが意識に突き刺さるように自覚出来た。

夢だと自覚する夢。

そんな夢の風景の中に、小さな男の子と女の子が見えた。


「星と星を繋いでも、天秤とかサソリとかに見えねーよ!」


叫んでいるの男の子は僕だった。

何がそんなに気に障るのか、大声を出して抗議していた。


「大人の言葉に騙されるな! 星座なんて、星と星を繋げただけのデッチ上げだ!」


僕は、まるで大人達のルールに反抗するように強弁を続けた。

周りからの非難も恐れずに。

孤立を物ともせず、自由を目指していた。

そんな中、一人の女の子が僕に同調するように言った。


「わ、私は大人になんて騙されない!」


バカな子なんだろう。

そして幼きバカな僕と幼きバカな女の子――先輩――は、共に走り出した。

背後から大人達の絶叫が響くのが聞こえる。

手を繋ぎながら。僕らは笑いながら駆け抜けた。



――思い出すな。



心の中で誰かが忠告してくる。

そうだ、僕は記憶を封印しなければいけない。

どうしてそうしなければいけないのか思い出せないけど。

砂をかけるように思い出を埋めようとする僕の耳に、鋭い声がかけられた。



「いいや、お前は思い出すさ。そうだろう?」



夢。これは夢だ。

僕の目の前に、僕が立っていた。

僕の前に立つ、もう一人の僕。

彼はスラックスのポケットに腕を突っ込み、悠然と笑みを浮かべていた。

そしてゆっくりと口を開いた。


「なあ、また楽しくやろうぜ? あの頃は上手くやってただろ?」


もう一人の僕が、意味深に笑みを深める。

夢だ。これは夢なんだ。

(えん)(げつ)の形に笑みを作る僕を前にして。

もう一人の自分などというありえない物を、僕は呆然と見つめた。




いつの間にか舞台は板張りの道場に変わっていた。

ここはどこだっただろうか?

握り締めていた竹刀を床に置く。

よく思い出せないまま、子供の頃の僕は父から怒られていた。


「何故あんな事をした?」


あんな事の示す事がよく理解できない僕は、ただジッと父の目を見返していた。

父は苦虫を噛み潰したような顔で、ゆっくりと咀嚼するように言った。


「どうして、相手の目を狙ったりしたんだ?」


僕にはその言葉の意味が理解出来なかった。

どうして? どうして目を狙ってはいけないのか?

そこが弱点だから狙ったのだ。相手の弱点を狙う事の何が悪いのか?

困惑を顔に浮かべながら座り込む僕に、ジイちゃんの笑い声が聞こえた。


「ふわーはっはっは! 坊はワシによく似ておるのう!」


「黙れゾウリ虫!!」


笑い声を上げるジイちゃんに向かい、父が恫喝の声を上げる。

そんな言葉に寸分も怯む事無く、ジイちゃんは嬉しそうに笑っていた。

どこか剣呑な物を漂わせながら。

ジイちゃんは無上の喜びに溢れた瞳で、僕を見つめた。


「剣に生きる者は、ついつい相手の急所を攻めてしまうもんじゃ。お前が()がなんだワシの血を――剣客の血を、坊は引いておるようじゃの?」


「黙れ! あんたのその性分のせいで、俺がどれだけ迷惑したと思ってるんだ!? クソッ忌々しい! ゾウリ虫より性質が悪いわ!」


言い争う父とジイちゃん。

そんな姿を前にしていたからだろうか?

僕がジイちゃんに似ているという、その言葉に。

喜べば良いのか、それとも悲しめば良いのか、僕にはよく分からなかった。



――とりあえず背負いなさい。宿命を



酷く耳に馴染んだ声がどこからとも無く聞こえた。

そんな言葉に反応するように。

いつの間にか僕の背後に立っていたもう一人の僕が、薄ら笑いを浮かべながら言った。



「お前はいつか誰かを傷付けるよ。分かってるだろう?」



それが運命だと(さえず)りながら、もう一人の僕は風の中に消えて行った。

一陣の風はいつしか雪へと変わり、辺りは一面の雪化粧に変貌した。

そんな中、僕は黒く染まったコートを身に纏いながら佇む。

薄汚れた手の中には、僕が唯一誇れそうな純白が――清らかなコスモスの花束が輝いていた。


今はいつだろう?

まだ知らない昨日と、あるかどうか分からない明日の狭間で。

巨大な何かに飲み込まれながら立ち竦む僕に、先輩の声が聞こえた。


「少年。君は私には勝てない」


勝利を確信する先輩。

幼き日の少女。たった一人の僕の理解者。

そんな先輩に、僕は花束を差し出そうとして――()める。


運命を、宿命を背負いながら。

果たして僕が諦めた物とは何だったのだろうか?

幼い頃に誓った夢。交わした約束。願い。

僕は何を諦め、そして何を掴むのだろうか?


手にしていた白く清らかな花弁が、巨大な空に飲み込まれて行く。

幾千、幾万の願いにも似た白き輝き。

渡すことの出来なかった想い。

それは切ない音を上げながら、冷たい大気の中を舞った。




「ねえ、覚えてる? 二人でプラネタリウムに行った時の事。」




海のような静寂に包まれた喫茶店の中。

音も無く流れる白雲を見つめながら、僕は先輩の言葉を聞いていた。

ごめん。ちょっと思い出せないや。

僕は先輩の深く沈むような瞳を見つめながら謝る。

そして、続けるようにして言った。


「まあいずれ、また一緒に行く事になるでしょ? 僕と先輩は、暇な時は大概一緒にいますし」


やれやれと肩を竦すくめる僕に対し、先輩は少し寂しそうな顔になった。

何かを諦めるように、苦く笑いながら僕へと告げる。


「きっと、もう行けないよ」


呆然と先輩を見返す僕。

苦く甘い想いが、胸の中にいつまでも残った。

先輩の発した言葉の余韻が、僕を惑わせる。

ふらつく頭を振ると、目の前にあったはずのテーブルやイスは消えていた。


見上げれば、(ぼう)(よう)と浮かぶ白光。

どこまでの広がる青空と、錆びたフェンス。

(そび)そびえる給水塔を背後にして、学園の屋上に立ちながら風の王が言った。


「敵には一緒に向かわなきゃね。だって、ワタシはあなたの部下でしょう?」


何故か僕の部下であるらしい風の王。

そんな少女は、僕に向かって誇らしげに力こぶを作ってみせる。

いつの間にかそこには大阪さんも居た。

少女の隣に立つようにして、僕に向かって言葉を投げかける。


「坊主、坊主は剣に憧れるんか?」


答えに言いよどむ僕。

頭の中には、エアーソードを構える先輩の姿が浮かんだ。

剣を構えながら、先輩は凛として佇む。その姿はまるで深窓の令嬢のようだった。

黙り込む僕に、大阪さんはゆっくりと言葉を続けた。


「人間は元々矛盾しとるんや。いつまでも悩むがええ。俺らは、天使やないからな」


人間らしく生きればええんや。

そんな事を言いながら、やおら大阪さんはニンマリと笑った。


「ははーん、その顔はあれやろ? 恋の悩みやろ? いつでも聞いたるで」


あなたにだけは絶対相談しません、と僕は心の中で呟いた。

呟きは風の中に消え、大阪さんと風の王の姿も掻き消えていく。

視界が再び白銀に覆われる。

雪とコスモスの花弁が舞い散り、世界は純白に包まれていた。


花束を手放したその手に、僕は剣を掴む。

果たして僕は何を諦め、そして剣を掴んだのだろうか?

黒衣に身を包む僕の前に、無貌(むぼう)の仮面を身に付けた少女が剣を構えながら立っていた。

無言で対峙する僕ら。仮面から窺える少女の瞳は、海のように静かだった。


「敗北主義、ね。勝利を諦めた者の強がり。少年、勝ちを諦めたの?」


静かに語る目の前の少女に、僕は言葉を返した。


「僕が諦めたのは――」


何を望めば良いと言うのか? こんな世界に生まれて……。

手にした花束は散り、捧げた祈りは届かない。

それでも、漂う花弁は美しかった。

白く、白く――純白に輝く、僕の祈り。


「僕が諦めたのは勝利ではありません。きっと、もっと他の物だから――」


覚悟を決めながら、僕は無貌(むぼう)の少女に相対する。

大人達のルールを超えた所に価値があると信じた。

ささやかなる友情と、ちっぽけな決意を込めて。

それを守る為だけに、僕は全てをかけて、そして失っていく。


戯言よ――。

そう呟く少女に向かって。

無くした花束の代わりに、剣をかざした。




「ねえ!? あなた一体何がしたいの!?」


倒れ伏す僕の傍らに、寄り添うようにしてしゃがみ込む冷蔵子さん。

そんな彼女に、僕はニヒルな笑みを返した。


「世界が何だかおかしいんだ……」


「おかしいのは確実にあなたの方よ!?」


視界に映る世界は、(こぼ)れるほどに美しかった。

冴えた月のように輝く冷蔵子さんの顔が、目の前いっぱいに広がる。

震える(まつげ)。大きな瞳が揺れている。


「ふふ……そうかもしれないね。君はいつものように微笑んでいるのに……なんだか、僕は世界に取り残されているんだ」


床に倒れながら、僕はそっと彼女の顔に手を伸ばした。

拒まれるかと思ったが、指先はそのまま彼女の頬に触れた。


現実を確かめるように、そっと彼女の頬を撫でる。

指先に、柔らかな彼女の感触だけが残った。

夢見るようなまどろみの中で。

僕は吐息を吐くようにして呟いた。


「君を守ろうと思ったんだ。本当だよ」


「その為に人を傷つけるの? それじゃ、バカよ……」


彼女の瞳から溢れ出す物があった。

それはとめどなく降り注ぎ、僕の頬を打つ。

温かなこの水滴は、きっと塩味がするだろう。

そんな事を僕は考えた。


「ごめん。僕にはこんな方法しか思いつかなかったんだ」


力無く謝罪の言葉を告げる僕に、彼女は(かぶり)を振ってみせた。

美しい彼女のそんな仕草が、まるで映画の一シーンのように僕の目に焼き付く。

彼女の周りの時間だけがスロー・モーションで流れていた。

光の残滓(ざんし)のような軌跡を描く髪を振り乱しながら、彼女はか細い声で言った。


「私は、貴方が傷付く事がイヤなのよ……!」


眉根を寄せながら冷蔵子さんは僕を見つめた。

大地に横たわる僕の目に、彼女の頭上から差す光が見える。

光を背にした彼女は、まるでそう――天使のようだった。


祝福されるように照らされながら。

僕の薄汚れた手が、彼女の頬をさする。

そんな僕らの姿を見下ろしている男が居た。

自らを()(ぐら)と名乗るその男は、慇懃な態度で僕らの傍らに立っていた。


「我々に必要なのは親睦ではありやせん」


凍えるような声音でそう告げる。

サングラスに隠された瞳がどんな色を浮かべているのか。

僕には読み取ることが出来なかった。

()(ぐら)は彼の信条通りに、本心を隠しながら言葉を続ける。


「むしろそれは、我々の意思を濁らせる。自由とは、実に孤独な物でしてね」


薄ら笑いを消し。真剣な表情を浮かべながら。

()(ぐら)は僕と冷蔵子さんを見下ろして言った。


「実を言うとですね。我々の間では、ダンナこそが危険であると言う主張もありやした。我々の意思を、願いを。否定するだけの物を、ダンナがお持ちですかねぇ?」


だからそれは、一体どういう基準なんだ?

薄暗い面持ちで語る()(ぐら)に答えを聞く暇も無いまま。

夢は唐突に終りを告げ、僕は寝ぼけ(まなこ)を擦りながらゆっくりと起き上がるのだった。





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